第12話 ぎゃくてん 決着
力任せに大剣を振り回すシンシアに対し、クロイはネコのように身軽に動いて斬りつける。シロウトの俺にはその動きを目で追うのが精一杯で、どっちが優勢だかは分からなかった。
金属と金属が何度も打ち合わされ、火花が幾つも散る。お互いの体にも剣先が当たるが、致命的なダメージにはなっていないようだった。
勝負を焦ったのかシンシアが大振りになった隙を見逃さず、クロイは鋭い突きを放つ。
シンシアはそれを剣の腹で受け止め、そのまま力での押し合いになった。
体格で勝るシンシアが有利かと思ったが、細い体にもかかわらずクロイも負けていない。
互角ともいえる状況に、シンシアはイラだっているようだった。
「ちょこまか動き回って面倒ですね。大人しく、あたくしに斬られなさい」
「お断りします。ところであなたは動き辛そうですね。武器が合ってないのではないですか?もっと扱い易いものの方がいいのではないでしょうか」
「あたくしの愛剣を奪っておいて、どの口が言ってるのかしら」
「さあ、この口かもしれませんよ」
押し合いが続く剣の下、クロイのお腹に描かれた口の模様から、黒く染まったダガーが飛び出た。
「なっ」
ダガーはシンシアの膝に向かって飛び、鎧の隙間にその刃をすべり込ませた。
「くっ、離れなさい!」
シンシアが強引に大剣を振りぬき、クロイを押しのける。
クロイはその勢いをネコのように転がっていなし、素早く体勢を立て直した。
「ふ、不意打ちとは卑怯ですのよ……」
「正面きっての戦闘で、不意打ちもなにもないでしょう。それとも貴女は、自分が負った傷の全てを不意打ちだとおっしゃるのですか?だとすれば戦士に向いていませんね」
「ぐぅ、何を生意気な……」
シンシアはよろめきながら下がり、足に刺さったダガーに手をかける。力を込めて抜こうとしているが、びくともしていないようだった。
「それには契約杭の能力を掛け合わせてあります。ですので解呪キーを使用しない限り、抜けることはありませんよ?」
「あら、手品のタネを教えてくれるなんて親切ですのね。あたくしは討伐軍の指揮官ですのよ。解呪キーくらい存じておりますわ」
シンシアの指先から白い光が伸びて、ダガーに模様を描きながら巻き付く。光が消えるとダガーはポロリと落ちた。
「よくもやってくれましたわね。しかし、今度こそ油断はありませんわ。先ほどの打ち合いで分かりましたが、冷静になればあなた程度なら倒せますわ。ですが、これ以上ケガを負うなんて馬鹿らしいですわ。なので奴隷を使いましょう」
シンシアが空へ向けて手をあげると、そこから光が打ち上がった。
それを合図に、屋上の入り口から何十人もの奴隷兵が駆け込んでくる。周囲のビルから、奴隷兵たちが武器を構えて睨んでくる。空には羽の生えた魔獣兵と、それにまたがる奴隷兵がいる。
絶体絶命のピンチってやつだ。
焦る気持ちを抑えながらクロイに視線を向けると、力強くうなずいてくれた。
「なあシンシア。もうこんなことを止めて、帰るつもりはないか。ケガをしたくないんだろ?大人しく帰ってくれるなら、俺はうれしいんだけど」
「今さら命乞いですか?それを私が聞くとでも思っていらっしゃる?ご冗談を。笑う価値もありませんわ。貴方ができることは、そちらの下僕共々その首を差し出すことだけですのよ」
「俺はそっちの世界のことなんか関係ない。俺のことなんか放っておいた方が、余計な被害を出さずに済むだろ」
「魔王は生きているだけで罪。魔王の平行存在である貴方は魔王と等しい。そしてその眷属もまた、我らがホーリーキングダムには不要です。わたくしは、魔王などに決して屈したりしませんわ」
そうか。意思は固いようだ。
狂信者に理性的な話は通じない。わかってはいたが、罪悪感を少し感じてしまう。
だが仕方がない。これは生存競争だ。俺たちが生きるためには、敵は倒さなくてはならない。
「交渉決裂か。なら仕方ない。クロイ、やれ」
「はい。仰せの通りに」
クロイが右手を上に向ける。するとそこから、シンシアがやったのと同じように光が打ち上げられた。
光は上空で拡散し、波紋のようなものが見えた気がした。
それを見た奴隷兵たちの様子が変わった。何が起こったのか戸惑ったような、不思議そうな表情で周囲と顔を見合わせている。
「今のは何をいたしましたの?いいえ、関係ありませんわね。では奴隷ども、今すぐその反逆者を殺しなさい。最初に殺した者、いいえ、攻撃を加えた者には、あたくしが特別にご褒美をあげますわよ」
シンシアが号令をかける。だが、それに応える者はいなかった。
「どうしてですの!何をしましたの!?」
「簡単な事だよ。契約杭を解呪したのさ」
「なぜそれを、解呪キーも知らない貴方ができますの。例え魔王のごとき魔力があったとしても、全員分のものを同時に解呪するなんて不可能ですわ」
「解呪キーなら、今さっきシンシアさんが使ってたじゃないか」
「まさか、あのダガーが!?」
シンシアが足下に落ちたはずのダガーを探すが、もうそこには影も形もない。
「あの剣は私の魔力で編んだもの。あらかじめ術式を組み込んでおけば、それに流された術式を写し取ることなど、造作もありません」
「術式を写し取るですって!?つまり、わたくしの使った契約杭の解除コードを……?そんな、ありえませんわ。ど、奴隷ども!ボーっとしていないで、魔王の配下どもを攻撃なさい!さあ、早く!!」
シンシアの声に応える者はいない。
奴隷兵たちは自由になったことを悟ると、ひとりふたりと手を空に掲げ始めた。
転移魔術による、元いた場所への帰還。契約杭が解除されれば、見知らぬ土地で走り回る意味などひとつも無い。
奴隷兵たちが帰還する光が、そこかしこから立ち上り始めた。
「お前の負けだシンシア。大人しく武器を捨てろ。それか、尻尾を巻いて国へ帰るんだな」
「ありえない、認めない。わたくしが失敗するだなんて、そんなことありえない」
「これ以上ケガをする前に帰った方がいいと思うけど」
「そんなこと、できるわけがありませんわ。そう、お前さえ死ねば、すべて丸く収まりますわ。わたくしのために、死んでくださいまし!!」
大剣を振り上げ、鬼気迫る表情でシンシアが走ってくる。
だから俺は、言った。
「クロイ、頼んだ」
「はい、お任せ下さい」
クロイはシンシアの邪魔をするように、両腕を大きく広げて立った。
「『我が内に住まう暴食の悪魔よ、汝の力を今こそ示す時である……』」
「そこをお退きなさい!いいえ、もろともぶった切りますわ!!」
シンシアが迫るがクロイは動じない。まっすぐ構えられたその大剣が届く刹那、クロイから大きな力が解き放たれた。
「『……我が力を喰らい、我が前に立つ全てを蹂躙せよ。
クロイから、いや正確にはクロイのお腹の口から、黒いビームが放たれた。
それは真正面にいたシンシアを飲み込み、その後ろに建っていたビルの屋上をかすめて消えていった。
ビームを至近距離でまともに食らったシンシアは前のめりに倒れ、クロイが避けたので顔面から屋上にキスをした。
うめき声が聞こえたので、生きてはいるようだ。
「アスタロウ様、終わりました」
「今のビーム撃つ必要あった?」
「はい。防具は衝撃どころか魔力耐性のある一級品のようだったので、防御力を上回る一撃で倒すのが最適と判断しました」
「ああ、そうなのね。それはそうと、髪型変わってない?」
ビームを撃つ前はお尻くらいまであったクロイの長い髪が、ビームを撃った一瞬で背中の中程くらいにまで短くなっていた。
「はい、髪には魔力を蓄えてあるので、強力な魔術を使う時には消費します。まだ十分あるので、同じ敵が何度来ようとも戦えます」
「そうなの?でも、なるべく使わない方がいいね」
「アスタロウ様は髪が長い方がお好きですか?」
「そ、そういうわけじゃない。ただ、髪ってとっても大切だろ?それに負担も大きいだろうし……。そう、必殺技は、もったいぶるものだからだ。最後の最後でトドメに使うのがカッコイイんだ。うん」
「必殺技はもったいぶるもの、なのですね?わかりました。次からはそのようにいたします」
クロイがうなずいた。
カミハラさんに連絡して数分後、多数の警察官を連れてやってきた。
俺はクロイとともに警察署へ連れていかれ、起こったことを苦労しながら説明した。
信じられないような内容ばかりのはずなのに、対応した警察官は理解してくれたようだった。さすがアキバの警察だ。
カミハラさんは納得がいってないようだったが、この人がうまく説明してくれるだろう。
「そういえばクロイさんはこの後すぐ帰還するのかしら?アスタロウ君を狙ってきた連中が帰ったなら、もうここに残る理由はないでしょう」
カミハラさんの質問に、クロイは首を横に振った。
「いいえ、まだ終わっていません」
「それはどういう意味かしら。また別の部隊がこっちへやって来るとでも?」
「それはわかりません。私が帰らない理由のひとつは、まだアスタロウ様を狙う者が残っているからです」
「シンシアなら私たちの方で厳重に確保しているから、もうアスタロウ君を襲ったりさせないわ」
「いいえ、こちらへ来た部隊には、4人の指揮官がいました。そのうちシンシアともう一人はすでに倒しましたが、まだ2人がこちらに残っています」
「まだいるの?」
思わず横からツッコミを入れてしまった。
「はい。指揮官は奴隷兵とは違い、契約杭に縛られていません。そのため独自の判断で行動することができます。私が倒した2人は直接向かって来たので即対応できましたが、残りの2人が今になっても来ない理由は恐らく、解決したと油断させて隙をうかがっているのではないかと愚考します」
なるほど、その可能性はかなり高いと思う。
近似存在を見つけられれば、この世界のことを理解できるだろう。そうやって準備を整えてから攻撃してくることも考えられる。
俺の身を守るために、クロイは残ろうとしているようだ。
「そうすると、住む場所が必要だよな。俺の家に来れれば一番いいんだけど……」
警察的には大丈夫なのか視線で問いかけると、カミハラさんはため息をついた。
「まあ、そうなる可能性も考えていたわ。できればすぐに帰って欲しかったけれど、人命を守るためには背に腹は代えられないものね。いいでしょう。これから提示する条件を飲むのであれば、我々はクロイさんの日本での滞在を認めます」
「よかった。それにしても準備いいですね。もしかして最初から手続き進めてました?」
「余計な詮索はやめた方がいいわよ。それで話は戻るけれど、クロイさんとアスタロウ君は、我々が指定する病院で精密検査を受けてもらいます」
「俺もですか?」
「そうよ。キミは異世界の人たちと一番接しているのだもの。もし彼らが危険な病気を持っていたりしたら、キミが拡散させることになりかねないわ。この後すぐに病院へ行ってそこから3日は待機してもらいます。マジですか」
「ご両親にはこちらから説明しておきます。なので安心してご協力くださいね」
「俺の人生、どうなっちゃうんだろう」
パラレルられている~平凡な僕を異世界魔王の美少女従者が助けに来た件~ 天坂 クリオ @ko-ki_amasaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。パラレルられている~平凡な僕を異世界魔王の美少女従者が助けに来た件~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます