第11話 ぴんち たたかう
起き上がって見えたのは、クロイのお腹に長い剣が、真正面から突き刺さっている光景だった。
「あらあら、また外れてしまいましたわね。つくづく運のいいことです。これも邪法のたまものなのでしょうか。神王陛下の御意思にこれほど逆らうなど、罪深いにもほどがあります」
そう言って現れたのは、白い鎧を着た女騎士、シンシアだった。
「シンシア、なんでお前が、ここに」
「ユキでしたら置いてきましたわ。あの子の技は面倒なものばかりで、まともに相手をしていたら時間がいくらあっても足りませんわ。あんな回りくどい戦い方をするなんて、本当にあたくしの近似存在なのかしら」
そんな事を聞いたんじゃない。そもそも話しなんてしてる場合じゃない。早くクロイを助けないと。でもどうやって?剣を抜いた方がいいのか?いや、刺し傷の場合、刃物を抜くと傷が開くとか聞いたことがある。
そんな事を考えている間に、シンシアがクロイと俺の間に立ち塞がった。
「さて、異端者アスター・ロウ、正義のため、そして人々の平和のための殉教者として、その命を終える覚悟をして下さいね」
「それはおかしいだろ。平和ってのは人が死ななくてもいいことだ。平和のために人を殺すとかとか話が通らない」
「いいえ、平和とは我々貴族が心穏やかにすごせることですわ。そのために、それ以外の者が犠牲になるのは仕方のないこと。平和とは限りあるものですから、選ばれないものには与えられないのは当然でしょう?」
「この世界でそれを何て言うか教えてやろうか?選民思想によるテロ行為って言うんだよ。そこをどいてくれ。俺はクロイを病院へ連れて行く」
シンシアはクロイを見て、そのお腹に刺さった剣に手を置いた。それによって、クロイが小さくうめく。
それを見たシンシアは満足そうに微笑んだ。
「あたくしの世界ではいつものことですわ。虫にまで平和を与える必要はありませでしょ」
「国を支えているのは国民だ。その国民をないがしろにしてると国が傾くぞ」
「我々貴族が国を動かしているのですよ?国民はあたくしたちが命令しなければ何もできない愚鈍な者達ばかりですわ。そんな者達を気にしろだなんて、あなた方が理解できません」
「気が合うね。俺もあんたらを理解できそうにないよ」
「このような空気も汚れた世界の常識など、我々の清浄な世界に比べれば取るに足らないものでしょう。さて、そろそろ覚悟はよろしいかしら?大人しく死んでくださいね」
「イヤだね」
「貴方に拒否権はありません。生きる権利も、許される権利もない。なのであたくしが処刑して差し上げますわ」
シンシアが剣を握った。クロイが苦しそうな声を出す。いたぶるように剣をぐいぐい動かし、クロイはそれに抵抗しようと剣を掴む。
それから俺を見て、逃げろと目で訴えてきた。
「今すぐクロイから離れろ!離れないなら、さ、刺してやる」
クロイからもらった黒い剣を振り上げて、シンシアへ突撃する。必要なのは勇気だ。だから腹から声を出して自分を鼓舞する。
無謀なのは分かってる。でもクロイをこのまま放ってはおけない。
今までさんざん助けられてきたんだ。俺を助けてくれたクロイを、今度は俺が助けるんだ。
全力で走る。無謀や無茶かもしれないけれど、助けられる可能性があるならやってやる。
シンシアがそんな俺を見て笑い、手に力を入れるのが見えた。シンシアは異世界軍を率いる実力者で、軍人で、人を人とも思わなないで殺せる女だ。クロイに刺さった剣を抜き、返す刀で俺を斬る。きっとそうするつもりだろう。
そんな勝利を確信しているシンシアの笑いが、次の瞬間固まった。
剣を引き抜こうとしたが、ビクともしていない。何度か力を込めてくり返すが、抜ける気配はない。
その間に俺は、シンシアの目の前まで走り込んでいた。
「たまとったらー!」
「チィッ」
体当たりするぐらいの勢いで、黒い剣ごとシンシアに突っ込む。が、簡単に避けられた。
距離を取ってこちらを睨むシンシア。その手には何も握られていない。
思った通り、うまくクロイから引き離すことはできた。
「クロイ、無事か?」
「はい、アスタロウ様。クロイは無事にございます」
思ってた以上に平然とした声が返ってきた。痛みとか感じてないの?逆に怖いんだけど。
まあ、さっきも苦しそうな声を出してはいたが、意識はしっかりしてると思ってはいたんだ。
「やせ我慢とかしないで、正直に答えて欲しいんだけど。死にそうだったりしないの?」
「お疑いであるのなら、どうぞご覧ください。アスタロウ様に隠すものなど、このクロイには何一つありません」
クロイは、勢いよく音を立ててジャンパーの前を開いた。
「ちょ、クロイさんいきなりこんなところでそんな恥ずかしいことを……って、それは!」
開かれたジャンパーの下、剣が刺さった場所は、クロイのお腹にある黒い模様の上だった。模様が、最初に見た時よりも大きくなって剣を受け止めている。
刺さっている剣が、俺の見ている前ですぶずぶと、牙のような黒い模様――つまりクロイのお腹の中――に沈んでいく。剣が柄まで全て沈むと、黒い模様がゴクンと大きく動いた。
「良い錬鉄を使っているようですが、魔術加工はほとんどされていませんね。これならすぐに消化できます」
「く、食えるんだ。鉄の剣も」
「はい。これこそが私が生きるための力、ロウ様が教えてくださった私の力です」
クロイはこうやって、木の棒やナイフを自分のものにしていたんだろう。感心しながら見ていたが、それがクロイのお腹だと急に気がついた。
慌てて顔をそらして咳払いをする。
「す、すごいな、クロイは。それにしても、怪我がなくてよかったよかった」
「アスタロウ様に気遣っていただけるとは、ありがたく思います。そのお心には、私の全力で応えましょう」
クロイは自然な動作で、右手を黒い模様、つまりは自分のお腹へと突き込んだ。手首まで埋まったそこで、かき回すようにして何かを探している。そして目的の物が見つかったのだろう。手をそこから引き抜いた。
「んんっ」
悩ましい声とともにクロイのお腹から出てきたそれは、ひとふりのショートソードだった。肉厚で少し長めの、黒い刀身。柄まで真っ黒でよくわからないが、元はとても豪華な装飾がついていたのだろう。なんかゴテゴテしてるからたぶんそう。
それを見たシンシアの顔色が変わった。
「貴様、それをどこで手に入れた!それはホーリーキングダムの聖印が刻まれし宝剣。お前のような魔の者が持つべきものではない!」
「こんなもの、ただの模様です。先ほど見つけた、偉そうにしている男からいただきました。ホーリーキングダムではあのような軟弱者が指揮官になれるほどだらしない国なのですね」
「貴様ァ!その首をはねた上で切り刻み、さらしあげてくれる!」
シンシアが小手についた模様をなぞると宙に黒い穴が空き、そこから大きな剣が出てきた。
その剣を乱暴に引き抜くと、勢いをつけて飛びかかってきた。
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