第9話 説得 襲撃

不意に背中に寒気を感じる。視界の端、ショップのガラス戸にはカミハラさんの絶対零度の視線がうつっていた。なんでだ。


「あなたたち、のんびり話している時間はないのよ。もうすぐだから急ぎなさい」

「そう言われても、俺たちはなんのためにどこへ連れて行かれるのかさっぱり分からないんですけどね」

「着いたら話すわ。難しいことじゃないから、安心してついてきなさい」


有無を言わさぬ口調で告げると、カミハラさんはひとりでどんどん歩いて行ってしまった。

神田明神から伸びる道と中央通りの交差点。カミハラさんはそこで俺たちを待っていた。中心におよそ1kmにわたって立ち入り禁止にされているらしい。


「クロイさんには、集まってくる異世界の者たちをここで迎撃してもらいます」

「あの、警察の人たちは手助けとかしてくれないんですか?」

「警察の仕事は国民を守ることにあります。残念ながらクロイさんはこの世界の住人ではありませんので、警察としては守るうちに入りません」

「はあ?ちょっと意味分かんないんですけど。あの娘一人に軍隊と戦わせるってんですか?ならなんでここまで連れてきたっていうんだよ」

「クロイさんは異世界人であり、襲ってくるのも異世界の住人です。なら問題は異世界の住人同士で解決すべきでしょう。本来ならご自分の世界にすぐにでも帰っていただきたいくらいです」

「そんな言い方ないんじゃないですかね。こいつだって来たくて来たわけじゃないですし」

「私は自ら望んでここに来ました。そして来れてよかったと思っています」

「クロイはちょっと黙っててくれないか?いま大事な話をしてるところだから」


そう話している間にも、中央通りの向こうから数匹の獣がかけてくるのが見えた。


「中型四足獣ですね。では行ってまいります」


クロイは槍を持って走って行った。


「話しの続きはこちらでしましょう」


カミハラさんに案内されたのは、すぐ近くのビルの三階にだった。ガラス張りの窓の近くに席が用意してあり、そこからさっきクロイと別れた交差点が見える。

イスに座るように言われたが、断って窓のそばに立った。クロイが俺のために頑張っているのに、俺だけ気楽に座っているのは気が引ける。


「ではさっそくだけど、クロイさんについてキミが知っていることを教えてもらえる?」

「えーと、あいつとは今日……というか実は会ってからまだ数時間くらいしか経ってないんですよ」


カミハラさんは腕を組んで立っている。鋭い目つきでおれのことを見据えている。これじゃあまるで尋問だ。

俺がクロイから言われたこと、俺が自分の目で見たことを、一つ一つ思い出しながら伝えていく。


「総勢三百の軍ですか。彼女一人でそれだけの相手をするなんて、そんなゲームみたいなことができると思っているの、キミは?」

「クロイならできると思いますよ。現に今までかなりの数を倒してますし」


確かに、一対三百だと不可能に近いかもしれない。でも少しずつ倒していけば無茶ではなさそうだ。さっきも三人一組で向かってきた奴隷兵を翻弄し、その手に持っていた武器を奪ってトドメを刺していた。


「あの娘は人殺しをしても平気なようですね。相当な訓練を積んできたのでしょう。それも普通ではありえないような。クロイさんは特殊な技能を持っているのではないですか?だから多数を相手に戦えているのでは?」


クロイの魔法のことを言っているのだろうか。道具を取り込んで再現する魔法。それがあるからクロイは武器の損耗を気にせず延々と使い続けられる。


「そうですね。俺も最初に聞いた時は驚いたんですが……」

「やっぱり。だから彼女は狙われているんですよ」

「え?」

「クロイさんはこちらの世界にあってはならない知識を持っている。なので相手の軍はそれを広めないためにクロイさんを回収しようとしている。つまりそういうことなのよ」


何を言っているんだこの人は。


「今まで説明してきましたよね?あいつらの狙いは俺なんです。俺一人を殺すために、奴隷を兵士として異世界から送り込んできているんです」

「ですから、それはクロイさんの嘘でキミはただ巻き込まれただけです。異世界の争いをこっちに来てまでするなんて、迷惑きわまりないわ」

「違う!アイツは俺を助けにやってきたんだ。敵が俺を狙ってきたからこそ、アイツは世界を渡ってきた。アイツはちっとも悪くない!そうだ、さっき魔獣兵に襲われたんだ。クロイじゃなくて俺の方に向かってきたんだよ本当なんだ」


証拠である腕の傷を見せるが、ほぼ完全に治っていた。服が破けてはいるが、危機感はイマイチ伝わりにくい。

案の定、カミハラさんはため息をついて首を横に振るだけだった。


この人は自分の考えしか見えていない。俺の言葉がぜんぜん頭に届いていないんだ。

クロイの正しさをどうやって証明すればいい?俺を助けてくれたあいつが信用されないのはすごくムカつく。説明を繰り返してもたぶん無駄だ。さっきから何度も言っているのにこれなんだから。じゃあどうすればいい。

考えてもいいアイデアが浮かばない。こんな時にイマイチな自分の頭が憎い。


「不満そうですね。なら、試してみましょう」

「え、試す?」


カミハラさんが声をかけると、隣の部屋から黒服の男たちがペット用のキャリーバッグを持ってきた。中には大きなネコくらいの黄色いワニが窮屈そうに入っている。


「これはキミたちが魔獣兵と呼んでいる異世界の獣です。小さくて大人しいので、こんなものでも捕まえておけます」

「ちょっ、なに持ってきてるんですか。暴れたら危ないですよ」

「大丈夫よ、ここにクロイさんはいないわ。ほらよく見ると可愛いわよ」


自信満々なカミハラさんがキャリーバッグの扉を開けると、黄色いワニもどきが這い出してきた。そして俺を見つけるとのそのそと這い寄ってくると、あくびをするように大きく口を開けた。のどの奥から空気を吸い込むような音が聞こえてくる。


「あら、あなたのことが気に入……」


イヤな予感がしてとっさにしゃがむ。

空気を揺るがす重低音とともに頭上を何かが通り過ぎ、後ろの方でガラスが割れる音が聞こえた。振り返れば窓が枠ごと吹き飛んでいた。

予想通りすぎて苦笑いしかできない。カミハラさんを見上げれば、驚いたというように口を手でふさいでいた。


「えっ、今までこんなことは一度もなかったのに」

「狙いは俺なんだから、それ以外には興味がなくてもおかしくないでしょう。それより早く、そいつを捕まえてくださいよ」

「これは、そう、何かの間違いよ。もういちど真正面から向き合えば、きっと心を開いてくれるはずだわ」

「こいつらは契約杭ステークスとかいう杭で縛られているんだよ。説明しただろうが。それがあるから強制的に俺を狙ってくるんだ。心とか理解とかいう問題じゃないんだよ」

「そんなの聞いてませんよ!」

「事実だよ。そいつの首のどっかに、変なの出っ張ってるだろ。よく見て確かめろよ」


言い合っている間にも、ワニもどきは再び俺に向けて口を開く。転がって避けると、直前まで俺がいた場所に大きな穴が空いた。


「ほら、また俺を撃ってきた!これで俺狙いってのが証明されたろ!」

「そんな、こんなの聞いてない!話が違うわ。シンシア!」


カミハラさんが隣の部屋へと呼びかける。悲鳴に近い怒鳴り声。冷静そうなカミハラさんらしくない。

「そんなことありませんわ。だって、勝手に勘違いしたのは貴女の方ではなくて?ねえ、あたくし?」


隣の部屋の入り口から、カミハラさんによく似た女性が現れた。その人は、白を基調とした鎧を着ている。

女騎士とでも言えばいいのか、こいつはホーリーキングダム軍の人間だろう。

シンシアと呼ばれた女騎士は、ワニもどきを片腕で抱え上げた。そしてほうり上げると腰の剣を抜き、ワニもどきを串刺しにした。


「あの距離で二度も失敗するなんて、使えない子ね。砲撃ワニシェリンゲータ―なんて連れて来るんじゃなかったわ。仕方ありませんね。このシンシア・アークが直々に殺して差し上げましょう」

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