第8話 はなす 警察官
アキバの警察署、万世橋署はすぐ近くにあった。警察官に連れられて到着すると、女性の刑事が待ち構えていた。
「そちらのお嬢さんが異世界から来たグラトニーさんかしら。こちらで確保した異世界人から話は聞いているわ。隣のキミはどなたかしら」
「異世界のこと知ってるんですか⁉」
「そうね。こちらにも事情があるのよ。アタシは
グレーのスーツの刑事さんは、手帳を開いて見せながら言った。
テレビで見たのとそっくりだ。再現度が高い。って、こっちが本物なんだから、よくできているのはテレビの方か。
「俺は王島明日太郎です。こっちは、えーとクロイマーレ・グラトニー。異世界の兵隊から俺の命を守りに来てくれたんです」
「クロイマーレさん、でいいのかしら。それともグラトニーさんの方が?どうして貴女はこちらの世界に来たのかしら?」
「クロイマーレと呼んでいただいてけっこうです。グラトニーは悪魔名であり、私の性質を示すもの。個人を呼称するものではありません」
「そうですか。ではクロイマーレさん、オウシマ君はこちらの世界の人よね。わざわざ貴女が異世界から来る必要はなかったんじゃないの?」
カミハラさんは、クロイのことが気に入らないのだろうか。口調も視線もかなりきつい。ここは俺がクロイを守らないと。
「あの、ですから彼女は俺が異世界の軍……」
「私はクロイさんに聞いているのです。キミは黙ってなさい」
「あっ、はい」
怖え。
「私はアスタロウ様をホーリーキングダムの軍から守るために参りました。単独での戦闘に向いていて、かつアスタロウ様の近くに近似存在がいる私が最適だからと判断されたからです」
「その判断は誰がしたのですか」
「私が提案し、我が主が承認しました」
クロイの言葉を聞いたカミハラさんは、腕組みをしてからため息をついた。
「貴女の主人という人は、国際問題というものを知らないようですね。現状、貴女たちがこの国にどれだけの被害と混乱をもたらしているのか知っていますか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。被害者はこっちですよ!クロイは俺を狙ってくるヤツを退治してるだけです。悪いのはホーリーキングダムのヤツラじゃないですか」
割り込んだ言葉に、カミハラさんは首を振る。
「そもそもキミが狙われているというのは本当なのかしら」
「えっ?」
「今まで明確に、キミが標的だと言われたことは何回あるのかしら?」
「それは、……クロイに説明された時くらいですけど」
「やっぱり。そもそも異世界の軍の狙いはキミではなく、クロイさんなのではないかしら。アスタロウ君はクロイさんの近くにいたから、たまたま巻き込まれただけ。そうじゃない?」
違う、そう言いたかったが、一瞬言葉に詰まってしまった。たしかに直接相手に言われたことはない。あの奴隷兵の言葉はそもそもなんとなくそう言ってる気がしただけだし。
「で、でも、魔獣兵に襲われたのは俺とクロイだけだろ。直接的な被害者は他にはいないんじゃないか?」
「そうでもありませんよ。例えば上野の方では、大型の獣による被害の報告が多数上がっています。それから……」
カミハラさんは被害情報を次々と挙げていく。御茶ノ水、両国、東京。スマホの地図アプリで確認すると、明らかにここアキバを中心とした円の範囲内だ。
「アスタロウ様、私にも見せていただけますか?」
「ちょっと待ってくれ」
スマホを渡そうと差し出すと、その腕を捕まえてのぞき込んできた。
顔が近い、頭がすぐそこ。いい香り……いや、若干血生臭い。でも女の子に手をつかまれたことなんて当然ないので、かなりドキドキしてしまう。
そんな俺たちを気にしていないように、カミハラさんが話を続ける。
「クロイさんが降り立ったのもここ、アキバなのでは?であるならば、クロイさんを追いかけて異世界の軍がやってきたことになるのではないかしら」
「……っ、クロイ。異世界転移は近似存在を目指して来るものなんじゃなかったのか」
「目標の設定さえできれば、近似存在がいなくても世界を渡ることは可能です。近似存在がいないものの方が多いですから」
「ほら見なさい。やっぱりクロイさんを目指して来たんじゃないの」
勝ち誇るカミハラさんに、クロイは静かに首を振る。
「それはあり得ません。私はホーリーキングダムの軍が転移した際、それに紛れてこちらへ来ました。順番が逆です」
「それが貴女の嘘でないと証明する方法はあるの?」
「あります」
淡々とした断定に、俺も驚いた。
「先ほども言った通り、異世界転移は魂の波長を辿って行われます。そしてその波長の情報が正確であればあるほど、転移も正確なものになるのです。今回の場合、転移の目標になったアスタロウ様の情報は3年以上前の古いものです。そのため、転移してきた軍はこのような広い範囲に散ることになったのでしょう」
「それのどこが証明なんですか。そんなの……」
「対して、私はアスタロウ様のより詳しい魂の波長を知っていました。転移の直前まで御傍にいたので当然です。その結果、私はアスタロウ様の下まで誰よりも早く駆け付けることができたのです」
「……」
カミハラさんは反論の言葉がすぐには出てこないようだった。
「まあいいわ。なんにしろキミたちはこの騒動の原因なのだから、解決に協力してもらいますからね」
カミハラさんの言葉には拒否を許さない圧力があった。
カミハラさんの案内で、アキバの街を歩く。街ではすでに警察官たちが一般人の避難を進めていて、土曜のアキバとは思えないくらい閑散としていた。
広い道路を歩いていると、遠くから魔獣兵や奴隷兵がやってくるのがよく見える。それらが近づいてくるとクロイが次々と退治していった。
「あの娘の主人とやらは、相当な人でなしですね。あんな少女に戦い方を教えて、たった一人で異郷の地へ送り込むなんて何を考えているんだか」
「はあ、そうですね」
それは、そうせざるをえない状況だったんじゃないですかね。例えば理不尽に襲撃されるから、身を守るためには戦闘技術を身につけなければならなかったとか。
俺はクロイを送ってもらえてなければ、自分の命を狙われていることに気づけなかった。たぶん自分の身を守るなんて考える間もなく、あっさりと殺されていただろう。
クロイ一人だけなのも、敵の儀式の真っ最中に大人数で潜入するのは無理だったんじゃないだろうか。数が少ない方が見つかりにくいのは当たり前だ、伝説の傭兵みたいに一人でも強い人物はいる。その証拠にクロイは、顔色ひとつ変えずに戦闘を終えて戻ってきていじゃないか。
だからそんな無茶でも非道でもないと言いたかったけど、この人は俺の言葉など聞きはしないだろう。
「アスタロウ様、終わりました」
「おつかれ。ありがとうなクロイ」
戻ってきたクロイは、特に問題があるようには見えなかった。相変わらずの無表情。だけど今はそれが頼もしく思える。
そんな彼女に何かしてやりたくて、乱れた髪を手櫛で整えてやった。
「あの、アスタロウ様。別に私は頭を打ってはいませんが」
「いや、せっかくの可愛い髪型が乱れてたから直してるんだよ」
「可愛い、ですか?」
「ああ、クロイは可愛いよ。……うん、これでいいかな。あまり無茶はしないでくれよ。俺を守ってくれるのはクロイだけなんだからな」
「安心してください。貴方様は私が必ずお守りします」
力のこもった目で言われる。可愛いのに頼もしい。この件が片付いたなら、なにか買ってあげようと心に決めた。
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