第7話 にげる たたかう 魔獣兵

体の痛みをこらえながら通路を進み、奥にあった階段を駆け上がる。あの魔獣兵の狙いは俺のはずだ。邪魔しない限り、他の人に襲いかかったりはしないはずだ。なんて考えている間にもう、背後から魔獣兵の声が聞こえてきた。あの巨体なら階段を登るのは難しいはず……。


「……って速いし!」


手すりのすき間から覗くと、走るように階段を登ってくるのが見えた。そういえば、猫は頭が入るすき間さえあれば、狭い場所にも入り込めるとか聞いたことがある。このままじゃすぐに追いつかれる!考えてたよりも階を上がれてないが、仕方なくフロアへ駆け込んだ。

エレベーターは……上から降りてきている!

祈りを込めて下ボタンを連打する。意味がないと知っているけど、気分的に落ち着いていられない。エレベーターは一つ上で止まった。誰でもいいから早くして欲しい。


「早く、はやく来てくれ」


無意味に足踏みしていると、やっとエレベーターが動き出した。よし、あとはあの魔獣兵が近くにいなければ……。


「ガウ」

「!?」


いたーーー!すぐ目の前に黒い頭があった!!こころなしか、こいつ何やってんだって顔で俺を見ている気がする。

同時にエレベーターが開く。中にいた男女2人が魔獣兵を見て、悲鳴をあげて抱きしめ合う。そのままドアが閉まり、エレベーターは下へ。今のは両方ともマイクカゴを持ってたし、どっちもヒトカラしてたんじゃないだろうか。これが縁でカップル成立したらおめでとうございます爆発しろ。


「ガウ」

「ああそうだったお前がいたなあ!」


廊下の奥へと逃げる。ここの先は部屋しかない行き止まり。まさしく袋のネズミだ。


「俺が何したってんだよ。並列存在ってやつがたまたま魔王だったってだけだろ。別世界まで出張ってくることないだろ」


獣に文句を言っても分からないだろうが、つい口から出てしまう。俺はごく普通の高校生だ。異世界の事情なんて何も知らない。それが何でこんなことになっているんだ。そもそも俺は魔王なんかとソウルリンクとやらをした覚えは全くない。クロイはわざわざ合う必要がないくらい魂の波長が合っているとか言っていたけど、俺は本当に魔王とつながってる自覚がないんだ。そもそも魔王と繋がっているのなら、魔法とかバンバン使えるはずだろう。でもそんなものを使った記憶は一度もない。そもそも魔法が使えたら、休日にゲーセンに行くようなゲームオタクにはなってないだろう。


「お前も好きでここに来たわけじゃないだろ。異世界に帰れる方法を探すからさ、ちょっと待ってくれよ」


必死な俺の言葉に反応せずに、魔獣兵は不機嫌そうに唸りながら距離を詰めてくる。まるで何に苛まれているように、ピクピクとヒゲが動いている。反抗心のようなものが見えるのは気のせいだろうか。俺を見ているようで、他のものにいら立っているような気がする。

他人の顔色を気にしながら生きてきたせいか、いつの間にか考えていることがなんとなくわかるようになっていた。このでっかい獣も、生き物なんだから感情があるに決まっている。心を落ち着けて集中する。こいつは、何に対していら立っている?それを見つけ出すことが、俺が生き残ることに繋がる気がする。 


静かなにらみ合いは長くは続かなかった。まるで何かに弾かれたかのよう、魔獣兵が牙をむいて飛びかかってきた。とっさに左腕を魔獣兵の口の中につき入れる。鋭い牙が服を貫通し、二の腕を切り裂いた。


「ぐうっ!」


痛い!だが生きている!手を動かして、魔獣兵の舌をつかむ。こうすれば獣は俺の手を離すことができなくなる。そのまま右腕で魔獣兵の首を抑え込みにいくが、体格差がありすぎてとても抑えきれない。振り落とされないように捕まっているだけで精一杯だ。

無事な右手で魔獣兵の毛皮をつかむ。それは予想以上に硬く丈夫で触り心地が良く、こんな状態でなければ存分に撫で回したかった。その毛皮の下から伝わる感触に違和感があった。首の下、人間で例えると鎖骨のあたりに何か異常なでっぱりがある。病気か何かかと思ったが、それは何やら熱をもって脈動している。それをつかむと、右手にビリビリとした痛みが走った。まるで電流が走りぬけたかのような痛みに驚くが、その直後に魔獣兵がいきなり暴れ出した。必死にしがみついて、落ち着くまで耐える。どうやら魔獣兵はこれに反応しているようだ。ならば……!


「いま抜いてやるから、大人しくしてろよ!」


手に力を込めて、でっぱりをつかむ。それに反抗するように腕に痛みが走るが、大したことじゃない。暴れる魔獣兵にしがみついている方がよっぽど大変だ。右に左に揺さぶられるが、魔獣兵が反応しているのはビリビリに対してだけみたいだ。でっぱりが動いても、反応は大きく変わっていない。ビリビリが収まると、魔獣兵も暴れるのを止めている。

それと、今のででっぱりがどんな風に刺さっているのか概ね理解できた。簡単に抜けないように返しがついた、打ち込んだ相手のことを考えない乱暴な構造だ。


「けっこう痛いが、我慢しろよ!」


でっぱりを引き抜こうとすると、思ったとおりビリビリくる。でももう、この痛みには慣れた。魔獣兵が暴れる勢いも利用して左右にゆさぶり、力を込めて一気に引き抜く。勢いあまって暴れる魔獣兵から吹き飛ばされた俺は、奥の部屋の扉にぶち当たった。


「ーーー!」


背中の痛みにしばし悶絶する。右手はしびれているし左腕はズキズキと痛むが、呼吸がちょっと止まったのが一番苦しかったりする。荒い呼吸で復活してから顔を上げると、魔獣兵が穏やかな顔で床に伏せていた。


「よう、痛かったろ。よく頑張ったな」


そう声をかけると、ゆらりと尻尾が持ち上がって返応した。やっぱりいいヤツだった。

なんとか立ち上がって魔獣兵の前まで行く。目の前にしゃがむが、襲ってくる様子はない。鼻を鳴らして俺の匂いを嗅いだあと、左腕にある噛み傷をざらついた舌で舐められた。


「ちょっ、痛いからやめてくれ。気持ちは分かったから。トゲを乱暴に抜いて悪かったな」


顎の下を撫でてやると、わずかに目を細めてじっとしていた。じっくり撫でていたいが、道路で襲われたクロイが心配だ。


「俺はもう行かなくちゃならない。いっしょに来るか?」


魔獣兵は振り返って鼻を鳴らしたあと、ゆっくり首を振った。それから首を俺の胸にこすりつけてから、一声鳴いた。


「そうか、帰るのか。向こうでも元気でな」


こちらの存在価とやらがなくなってはいないので、こいつは帰っても無事だろう。

俺が離れると魔獣兵は光る砂になって短い廊下を飛び、階段から外へ飛んで行った。俺はそれを見送った。

カラオケ店から出ると、そこでは映画の撮影でもしているような光景が広がっていた。歩道には野次馬があふれ、車道にスマホを向けてシャッターを切っている。その先では、壊れかけの車が何台も不揃いに止まっていて、たくさんの警察官が忙しく働いている。その中心で、クロイが一体の魔獣兵に即席の槍でトドメを刺していた。

クロイの周囲には、すでに数本の光の柱が立っている。そして今その足元から、また新たな光の柱が空へと昇っていった。


クロイが槍から血を落とすように振ると、野次馬が感嘆の声と同時にシャッターを切る。あまりの悪目立ちっぷりに頭を抱えたくなるが、彼女を放っておくわけにはいかないだろう。

野次馬の外側から手を振ると、クロイは俺に気づいたようだ。こちらに歩いて来ようとして、近くにいた警察官に止められた。


まあ、そうなるな。

野次馬をかき分けて車道に出る。警察官に止められるが、彼女の関係者だと伝えると表情を固くしながらも通してくれた。


「クロイ、無事だったか」

「はい。アスタロウ様もご無事なようで何よりです」

「死にかけたけど、なんとか生きてるよ」

「御冗談を。アスタ様はめったなことで死ぬようなお方ではありません。あのような魔獣兵に後れをとるようなことはないと、私は信じておりました」


俺が魔獣兵に飛ばされたのは見えてたけど、信頼してたから助けに来なかったと。怒るべきなのか、喜ぶべきなのか判断に悩む。


「その腕は……」

「ああ、さっきの魔獣兵に噛まれて……ってもう治りかけてる?」

「ソウルリンクもありますが、原初の治癒魔術の気配がありますね」


もしかしてあいつが舐めてくれたのは、そういうことだったのか。


「少しずつですが、敵の数が増えてきています。これからはまとまった数と戦う機会が増えることになるでしょう。できることなら、もう少し武器の拡充を図りたいのですが」

「武器屋はちょっと遠いな。そうだ、これ使えるか?さっき魔獣兵から抜き取ったやつなんだけど」


魔獣兵に刺さっていた長めの釘みたいな物を渡す。


「奴隷兵を従えるための契約杭ステークスですね。ホーリーキングダムは、これを使って兵士を管理しています」

「それを抜き取った魔獣兵は、自分から元の世界に帰って行ったよ。他のやつらも契約がなくなれば戦いをやめるかもしれない」

「殺す必要はないとおっしゃるのですね。分かりました、アスタロウ様の意に沿えるように全力で解析いたします。そうすれば、契約を強制解除するキーコードを見つけ出せるでしょう。一日ほどお時間をいただければ、きっと解析しきってみせます」

「いや、クロイの傷が減らせればそれでいい。徹夜とかすると失敗が増えるし。怪我すると痛いんだから、あまり無理しないでくれよ」

「もったいないお言葉です」


クロイはうなずいてから契約杭をジャンパーの中にしまった。


「それじゃあ次は武器屋に行こうか」

「それがいいと思うのですが、アスタ様の後ろになにやら話したそうにしている人がいますよ」

「えっ」


振り返れば、恐らくずっと待ち構えていたであろう警察官が声をかけてきた。


「ちょっと署まで来てもらえるかな?」

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