第6話 たたかう 不意打ちバックアタック
「では、行って参ります」
クロイはそう言うと、先ほど奴隷兵から手に入れたナイフを取り出した。
その横を、遅れてきた魔獣兵が通り過ぎる。先行した2匹と同じようにデンキ街口へ向かおうとし、そこにクロイがナイフを投げつけた。魔獣兵は何が起こったか理解できなかったろう。ナイフが突き刺さると同時に、クロイは棒を握って飛びかかっていた。完全な不意打ちからの、流れるような連撃で魔獣兵を打ちのめす。
俺が遅れて駆けつけた時には、魔獣兵は砂になって天へと昇っていくところだった。
「すごいな。クロイがいれば無敵じゃないか」
「いいえ、今までは不意打ちだからこうも簡単に済んだだけです。正面から戦ったなら、もう少し手間取ってたでしょう」
クロイが持っていた棒を見ると、先の方が折れていた。あれだけ頑丈な棒が折れるとなると、かなりの力を持っているのだろう。この細い体のどこにそんな力が秘められているのだろうか。目の前で見ていても信じられない。
「私はあらゆる面でアスタロウ様のお役に立てるよう研鑽を積んでいます。まだまだ未熟ではありますが、この程度では後れをとることはできません」
クロイの体をまじまじと見ていたから、そう言われてデリカシーが無かったと恥ずかしくなった。
クロイはそんな俺のことを気にせずに、折れた棒をジャンパーにしまっていた。
「クロイが来てくれてなければ、俺は簡単に殺されてるだろうな。ありがとう、感謝してるよ」
「もったいないお言葉です。アスタロウ様を守ることが私の役目。当然のことをしたまでです」
まっ直ぐすぎる視線が怖い。でも、ふと思う。クロイが本当に従属しているのは俺じゃないんだ。こんな風に信頼されるなんて、俺の並列存在とやらはよっぽどすごいヤツなんだろう。俺はたぶん今、そいつにちょっと嫉妬している。俺もいつか、クロイにここまで信頼される人間になりたい。
「アスタ様、何か問題でもありましたか?」
「いや何でもないよ何でも。えっと、こんなデカイ獣ばっかりだと、クロイが戦うのが大変じゃないかなって思ってたんだ」
「はい。こちらへ来ている魔獣兵は戦闘に特化した種類ばかりです。複数同時に戦うことになれば、苦戦は必至でしょう」
誤魔化したつもりが、重い返事が返ってきた。負けるとは言ってないが、それでも大変なのは間違いない。
俺一人を殺すためだけにそんなヤツらを送り込んでくるなんて、ホーリーキングダムの人間は臆病なのか慎重なのか、それとももっと何か別の考えでもあるのだろうか。
「兵隊は総勢300って言ってたよな。つまり、2匹倒したから残りは298か。まだそんなにいるのか」
「私の体調は万全ですが、武器が少ないのが問題です。店で買えると思っていたのですが、この世界では規制があるためそれは不可能なようですね。敵兵から奪うにしても、種類が限られてしまうでしょう」
「武器屋か。あっても切れないと意味無いよな」
「切れない武器ですか?鈍器の類いなら悪くないと思いますが」
「そうじゃなくて、怪我をしかねないものは規制が厳しいんだよ」
アキバには武器屋はあるのだが、売っているのは刃のついてないイミテーションや、見た目だけのコレクション用のものばかりだ。危険のない物じゃないと、そもそも店に出せない。だからそういう店を探しても、実用的な武器は期待できないだろう。
「あとは量販店行って自作するしかないか」
「自作ですか?」
「そうそう。映画とかでよくあるだろ?ありふれてる道具を組み合わせて、使える武器を作るんだよ」
イメージしているのは、ゾンビと戦うあのゲームや、クリスマスに少年が家を守るあの映画だ。どんな道具も使い方次第で強力な武器になる。
「そうでした、その方法がありました。流石はアスタロウ様です」
「いやあ、それほどでもないよ」
思いついたことを言っただけなのに、意外といい反応が返ってきた。本気で感動しているのか、わずかに目を見開いている。
「さっそくやってみましょう。組み合わせは少ないですが、今までよりずっと戦いやすくなるはずです」
そう言ってジャンパーの中に手を入れると、棒とナイフを取り出した。その棒はどう見ても、俺が持っているのと同じ物だった。
「なあクロイ、その棒はさっき折れてなかったか?」
「はい、先ほどのは折れてしまいましたが、最初に回収した時は折れていなかったので大丈夫です」
うん、意味がわからない。
「さっきのと同じ棒だよな?」
「そうです。破損したので、返還して魔力を回収してから再生成しました」
「魔力」
「魔力です」
えっと、つまり、その、あれか。
「ひょっとしてクロイは武器を作り出せるのか?」
「武器に限定しませんが、その物を一度取り込みさえすれば、わたしの魔力の続く限りいくらでも作り出すことができます」
まさかとは思ったがアッサリ肯定されるとは。どうりで、あんな長い木の棒をいくつも取り出せたわけだ。
よく考えたら、そもそも初めて会った時のクロイの姿では、棒を隠せる場所なんてどこにもなかった。魔法って便利すぎだろ。
「もう質問はよろしいですか?」
「ああ、謎は全て解けた。それで、これからどうするんだっけか」
「この棒とダガーをくっつけます。私の魔力で生成されているので、こうやって簡単に合せ……!?」
風をまとった黒い影が、目の前を横切る。それが通り過ぎた時、そこにクロイはいなかった。誰かの悲鳴、ブレーキ音。遅れて顔を向けるとそこには、車道でもつれ合っているクロイと魔獣兵がいた。
「クロイ!」
追って車道に出ようとするが、通り過ぎる車にクラクションを鳴らされ我に帰る。クロイは魔獣兵の牙を棒で受け止めていた。魔力で作られているからか、かなり頑丈なようだ。
一台の車が魔獣兵の前に止まり、クラクションを強く鳴らす。クロイから注意を逸らそうとしてくれているんだろう。さらにハイビームをチカチカと点滅させ始めた。
さすがに無視できなくなった魔獣兵が、車に向けて一声吠えた。車の動きはなくなったが、少しでも注意を引いてくれただけありがたい。そのおかげで、クロイが魔獣兵から離れられた。
俺もすぐ助けに行かないと。
車が通らないタイミングで車道に入ろうとしたまさにその時、俺の前に大きな生き物が降ってきた。また別の魔獣兵が来たようだ。
デカイ獣が敵意むき出しで、正面から睨みつけてくる。息をのむというか、息をすることが難しく感じてしまう。ヘビに睨まれたカエルってのは、こういう状態のことを言うのだろう。足がすくんで動けない。ヤバイ、俺、死ぬ。生物としての圧倒的な力の差を感じて、どうやっても逃げられないことを体が理解してしまった。
魔獣兵が片足を上げる。怖い!反射的に目を閉じて、腕と棒で頭を守る。
強烈な衝撃。何かが折れるにぶい音。後ろ向きに吹っ飛ばされる。背中が硬いものに辺り、それを突き破った。甲高い破砕音。床に叩き付けられる俺。細かいものがパラパラと体に当たる。色んな人が何かを言っていて騒がしい。体の痛みに耐えながら目を開けると、割れたガラスとその向こうから歩いてくる魔獣兵が見えた。
ここは、カラオケハウスか。店員がカウンターの中から飛び出してきた。
「お、お客さん、大丈夫ですか?」
「はい、たぶん大丈夫、です」
立ち上がりながら発した返事は、自分が思っているよりも掠れていた。
攻撃を受け止めた腕を見る。ズキズキ痛むが折れてはいないようだ。道路の方を見れば、防御に使った木の棒が真っ二つに折れていた。どうやらあれが俺の腕の代わりに折れてくれたようだ。またクロイに助けられたな。
でもピンチは終わってはいないみたいだ。割れたガラスを踏みしめながら、さっきの魔獣兵がのしのしと歩いてくる。
「ヒエッ、なんでこんなところにクロヒョウが……」
「隠れててください、俺は上へ行きます。あいつは俺を狙ってるみたいなんで」
「え?いったい何が起こっているんですか?」
「じゃあそういうことで!」
余裕がないので会話を打ち切り、店の奥へと逃げ込んだ。
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