第5話 はなす クロイの紹介
「アスタロウ様、よろしいでしょうか」
「うおあっ!」
背後から突然呼びかけられて、ちょっと飛び上がってしまった。そうだ、こいつの存在をすっかり忘れていた。
「え、その子ずっとそこにいたの?影かと思ってたよ。どちらさんなのかな」
「あ、アンタは!」
部屋に入ってから一言も発していなかったので気配をまったく感じなかった。状況の変化に戸惑っていたせいで、存在を忘れかけていた。
「こいつは、その、えっと……」
どう説明すればいいんだろうか。自分のことを異世界人だと言う電波ちゃんかと思ったら、もしかしたら本当に異世界から来たのかもしれない人です。なんて言ったら、俺の正気を疑われてしまいそうだ。
「アンタはさっきの変態女でしょ。なんでアンタがここにいるのよ」
「あれ?アンジュはクロイのこと知ってんの?」
「そうよ、さっき駅のトイレでメグミが出てくるの待ってたら、鏡の中からいきなりコイツが現れてキスしてきたのよ!」
「き、キス!?」
おいこの電波少女は何しちゃってんのうらやましい。お前もなんで唇に指を当てて首かしげてるんだよ。何かおかしなことしました?って顔でこっち見んな。そしてなんで手を打った。何か思い当たることがあったのかよ。思い出したのかよ。
「申し遅れました。私の名前はクロイマーレ・グラトニーです。魔王アスター・ロウ様の
「いきなりなに言っちゃってんの!」
「クロイちゃんでいいのかな?よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「メグも普通に返事するのかよ!」
「そうよ!こんなヤツ信用できないわ。危ないから離れましょう」
この場合はアンジュの方が正しい反応だ。俺もできることなら、コイツとかかわり合いたくはなかった。クロイを見ると、やはり表情に変化はない。俺の横に並ぶと、きれいなお辞儀をした。
「アンジュ、その節は申し訳ありませんでした。アスタロウ様へ危機が迫っているかもしれず、説明する時間がなかったのです。リンクも最低限しかできなかったので、理解が不十分だったのでしょう。改めてリンクをさせていただけませんでしょうか。そうすることで、私のことをより詳しく理解していただけると思います」
「ちょっと待ってくれ。リンクをしたってことは、もしかしてクロイとアンジュは……」
「はい、アンジュは私の近似存在です。完全なソウルリンクは不可能ですが、簡易な存在の並列化程度なら行うことができます。さらにリンクを強化することで、私たちはお互いの存在と記憶を補完し合うことができるのです」
さっきも言ってたな。それをすることで、怪我をしても死ににくくなるんだっけか。アンジュは普通の人間だし、怪我とか病気に強くなる分には損はないんじゃないだろうか。
「イヤよ。絶対にイヤ」
「えっ?」
アンジュはとても力強く拒絶した。疑問符とともに首をかしげた俺を睨みながらまくし立てる。
「さっきも言ったでしょ!あたしはそいつにいきなり唇を奪われたのよ。なんでそれをもう一度やらなくちゃいけないのよ!アンタたち頭が沸いてるんじゃないの!?」
「え、あの……ちょっと待って。なあクロイ、そのリンクするのって、き、キス以外には方法は無いのか?俺はその並列存在とやらとリンクした憶えはないんだけど」
「アスタロウ様同士はほぼ完全な並列存在だったゆえに、魂の波長を同期させる必要がなかったと聞いております。私とアンジュは似てはいますが、ズレがあるので肉体的な接触が必要になります」
「だからって、キスする必要はなかったでしょ!」
「最初の接触でしたので、どのくらい私とズレているか判断がつきませんでした。また、より深く接触することで迅速にリンクを確立するという意味もありました。説明が後になってしまったこと、重ねてお詫び申し上げます」
クロイがふたたび頭を下げるが、それでもアンジュの表情は硬いままだった。
「それでも、あたしはアンタに触られたくないわ」
「そうですか。とても残念です」
クロイはがちらりとこちらを見る。
「一度リンクしてるなら、さっきのヤツみたいに消えることはないんだろ?なら、相手が嫌がることはやめてやれよ」
「分かりました。私と記憶を共有していただければ、アスタ様がいかに素晴らしいお人かわかっていただけると思ったのですが。本当に残念です」
「別に知りたいとも思わないし。けっこうよ」
にべもなく切り捨てられても、クロイの表情は変わらなかった。そうですか、と呟くと、今度は俺のほうへ向き直る。
「戦闘の前に強化をしたかったのですが、致し方ありません。それではアスタロウ様、参りましょう」
「そうだな。じゃあ2人とも、俺は先に行くから。またな」
本当だったらアンジュ達を駅まで送るつもりだったけど、こんなに険悪な雰囲気になったらそれは無理だろう。メグもそれを察してくれたようで、しょうがないねと言ってくれた。
「じゃあまた、学校でね。ほら、アンジュちゃんも」
「ふん、そっちのアンタ、二度とアタシに顔を見せないでよね」
「それはどうなるか分かりません。なので……モガッフ」
「じゃ、じゃあそういうことで。本当にごめん!」
また空気が読めないことを言われる前に、クロイの口をふさいで退散した。
スタッフルームから出て店の外をのぞく。そこには未だにたくさんの野次馬がいて、さらには警官の姿が見える。これから詳しい話を聞きに来るのかもしれないが、電波な話を信じてもらえるとも思えない。裏口からこっそり出よう。
何食わぬ顔で店から出て、広い通りへ向かう。
「いいかクロイ、もしまたアンジュに会うことになったら、まず今日のことを謝っておけよ。向こうも興奮してて話を聞かなかったかもしれないけど、説明もなしにやったのはキミなんだからな」
「ですが、リンクをしなければこちらの言葉を獲得できませんでした。言葉もなしに話は通じません」
「そうだけど、でも、気は心とか、誠意を見せれば心は通じるって言うだろ。だからもうちょっと仲良くする努力をしてくれよ。近似存在なら、共通点もあるはずだろ」
「はい、様々なところで私が共感できることをアンジュは持っていました。アレもそのひとつです」
そう言って指さしたのは、キャラグッズの販売店に並んだ商品だった。
「スタートアップ・キラキラ?」
日曜朝に放映している女児向けアニメの、最初期のキャラクターフィギュアだ。子供だけでなく、大きいお友達からの評判も高い。
「アンジュがそれを好きなのか?」
「はい。私も、社会に敬遠されながらも、大切なもののために力を尽くして戦う彼女たちに共感します。アンジュもまた、私と同じ立場だったなら、きっと同じようにしたでしょう」
クロイは主役キャラのフィギュアを手に取り、じっと見つめた。
「それが欲しいなら買うか?」
「いえ、私が持つような物ではないので。そのお気持ちだけで充分幸せです」
フィギュアをそっと戻すと、道の先へと視線を向けた。
「どうやら新手が来たようです。今度は最初から私が相手をしますので、アスタロウ様は下がっていてください」
万世橋の方から、通行人の悲鳴と車のクラクションが近づいてくる。新手がこちらへ向かっているようだ。
「アスタロウ様、念のためこちらをお渡ししておきますが、戦闘は私が行います。アスタロウ様は御自分の身を守ることを第一にお考えください」
「わかったよ」
クロイが差し出した棒を受け取る。どシロウトの俺が武器を持っても、まともに戦えないのはさっきの奴隷兵で十分自覚できた。本当なら俺も戦いたいんだけど、それでクロイの足を引っ張っるわけにはいかない。
「クロイも、死なないでくれよ」
「はい、アスタロウ様のお望みのままに」
車のクラクションとともにやってたのは、犬と猫の中間のような獣だった。あれが、魔獣兵なんだろう。並走する自家用車とほぼ同じくらいのデカい獣が2匹、いや、だいぶ遅れてもう1匹走ってくる。
「こちらにはまだ気づいてないようです。おそらく先ほどの奴隷兵の帰還光を目指してきたのでしょう」
クロイの言う通り、先行していた2匹は俺たちの横を通り過ぎ、電気街口へと向かっていった。
「では、行って参ります」
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