第4話 はなす 助けた少女たち

奴隷兵だったものが、空へと消えていった。


「寄る辺なきものの消失です。あの男は存在価が限りなく低くなったせいで、この世界での存在を保てなくなったのです」

「存在を?あいつは死ぬのか」

「いえ、元の世界へ帰るのでしょう。ただし、存在価が減少したことによる負担が、あの者にかかることになります」


それって、よく分からないけど、かなりキツそうじゃないだろうか。


「アスタロウ様の命を狙ってきたのです。当然の報いですよ」


彼女はやはり淡々と言った。

人が砂になって天に昇っていくという、一種神々しくもある異常事態にその場の全員が見とれていた。俺もまたその様子を呆然と見ていると、いきなり手首を力強く握られた。

驚いてそちらを見ると、先ほど店員に連れられて行ったはずの女の子の一人がいた。人垣の中から手を伸ばして、俺のことをつかんでいる。


「こっちよ、来て」


有無を言わせずぐいぐい引っ張られる。


俺は反対の手にクロイを連れながら、その女の子について行くことにした。

連れてこられたのは、ゲーセンの奥のスタッフルームだった。そこには先ほど奴隷兵に捕まっていた店員がいて、あの時いた女の子に付き添っている。その子はこちらを見るとしっかりと立ち上がり、頭を下げてきた。


「アスタロウくん、さっきは危ないところを助けてくれてありがとうございました」

「ああ、うん。怪我はないみたいで良かったよ。……って、俺のこと知ってるの?」

「はあ!?アンタ、あたしたちに気づいて助けたんじゃなかったの?」

「近い近い顔が近い」


俺の手首を握っていた女の子が詰め寄ってくる。肩にかかるまで伸ばした髪を茶色く染めた、気の強い女の子。言われてみれば、最近どこかで見た顔のような気がする。


「アンジュよ、黒岩杏樹くろいわあんじゅ、同じクラスの。まさかクラスのメイトの顔も覚えてないの?」

「いや、普段と違ってたからすぐには分からなかったんだよ。えっと黒岩さん、すごく可愛いくなってたから」

「なにそれは、普段のあたしは可愛いくないっての?」

「いや、普段から可愛い。ただ普段の可愛さと方向が違うっていうか、制服もいいけど私服も華やかでいいねって言いいたかったんだよ、うん」


少ない語彙を駆使して言うと、黒岩さんはいきなり床を強く踏み鳴らして睨みつけてきた。俺、なにか選択肢間違った⁉女の子はとにかく褒め倒しておけばいいって聞いたのに。


「……まあいいわ。助けてくれたのには感謝してるし」


ゆ、許された。

いいと言ったわりには不機嫌なのか、離れたかと思うと腕を組んでそっぽを向いている。黒岩さんてこんな性格だったっけ?クラスの女子とはそれほど話した憶えはないけれど、こんな攻撃的ではなかった気がするんだけど。

黒岩さんが離れると、今度はもう1人の女の子が微笑みながら近づいてきた。


「ねえねえ、うちのことは知ってるよね?」

「ナカヨシさん、だったよね?」

「そうでーす。中吉恵美なかよしめぐみだよ。メグって呼んでもいいよ」


中吉さんもいつもと違って、長い髪に赤いリボンをしている。絵になる美少女二人だったが、まさかこんな所で会うとは思ってなかった。


「いちおう俺は、王島明日太郎です。よろしく」

「知ってるし、そんなの」


ジョークのつもりで言ったのに、黒岩さんが短く斬って捨てた。一応って言ったろ!女子とのコミュニケーションに慣れていない俺の心に、これ以上キズをつけないでほしい。


「あはは、アンジュちゃんはせっかくアスタロウ君と話せたんだから、もっと素直になればいいのに」

「ふん、コイツがあたしに何の関係あるっての。服はオタク丸出しだしコートも着てないし、色んな意味で寒くないの?日曜にアキバに来るとか、オタクじゃないの」

「うっ、服については反論できなけど、アキバに来てるのは同じじゃないか」

「違う。あたしたちはアイドルライブを見に来たの。ね、メグミ?」

「そう、それが終わったら、次は上野に刀を見に行くのよ。本物の刀剣様が見れるといいよね」

「ちょっ、そこまで言わなくていいのよ」


本当にオタクだったのか。学校ではそんな様子は全然なかったから、とても意外だ。

変なところで感心してると、ずっとこちらを見ていた店員さんが声をかけてきた。


「君たちは知り合いだったんだね。僕からもお礼を言わせてもらうよ。助けてくれてありがとう」

「いえ、間に合ったみたいでよかったです。それに結局は俺も助けられてましたし」

「謙遜することはないさ。他人のピンチに飛び込める人はそうそういないよ。僕はまだ仕事があるから戻るけど、君たちは外が落ち着くまでここにいるといいよ」


さわやかな笑顔で去っていく店員さんに全員でお礼を言って見送った。

一度会話が途切れてしまうと、再開するのにちょっと力がいるよね。黒岩さんは話しかけづらいけど、中吉さんは優しそうで話しやすい。


「中吉さん達はこの後どうするの?」

「メグって呼んでいいよ」

「えっと、中吉さん……」

「メグでいいよ」

「め、メグさん」

「(にっこり)」

「メグ……?」

「はい、何かなアスタ君」


前言撤回。ナカ……メグの方が怖い。いきなりあだ名で呼んできてるし。


「メグ達はこの後でアイドルライブ見に行くんだっけ?またさっきのみたいなヤツが出てくるかもしれないし、今日のところはやめておいた方がいいんじゃないかな」


クロイの話が本当なら、この近くに異世界の軍が集まっているはずだし。


「うーん、確かにちょっと怖かったよね。でもアスタ君が守ってくれれば問題ないかな」

「俺?いやいや、俺は無理だって。全然強くないし」

「そうそう。別にあたしは守ってもらう必要なんかないし」

「アンジュちゃんがそんな言い方をするから男が寄り付かないんだぞ。可愛いのにもったいないよ」

「ちょっとメグミ抱きついてこないでよ。カレシいないのはメグミも同じじゃない」


そうかー、2人とも彼氏いないのか。まあ俺には関係ないだろうけどね。それにしても女の子同士が抱き合っているとか、微笑ましくていいよね。


「そうだアスタ君、アンジュちゃんも名前で呼んだげて」

「は、え、俺?」

「ちょっとメグミ、なんでそうなるの」

「アンジュちゃんがアスタ君にツンツンしちゃうのは、男の子に慣れてないからでしょ?だったら一石二鳥でちょうどいいじゃない」

「一石二鳥とか意味分かんないんですけど」


メグはどことなくおっとりとした雰囲気があったが、見た目以上に天然系みたいだ。これは普通に相手をしてたら疲れるだけだ。


「俺は別にいいんだけどさ、黒岩さんが困るだろ。クラスメイトってだけでいきなり名前呼び捨てにされたら、普通はちょっと引くだろうし」

「そうそう。あたしもそういうのはもっと仲良くなってからだと思うな。なんにもないのに呼び捨てし合う仲とかありえないでしょ」

「助けてもらったじゃん。そのお礼がまだでしょ?」

「たしかにそうだけど……」

「さっきアスタ君たちが外にいた時、アンジュちゃん言ってたよね、まるでうん……」

「わー!わかった、分かったからそれ以上言わないで。お願いしますメグミさま。どうかお許しください」

「うむ、よきにはからえ」


やっぱりメグの方が怖い。黒岩さんはちょっぴり涙目になりながら、仁王立ちになって俺を見た。


「アスタ、あたしもあだ名で呼ぶから、あんたもそうしなさい。これはメグミに言われたからだし、……あと助けてくれたからだし……その、お礼なんだからね。感謝しなさい」

「お、おう」


なんでお礼を言われる方が感謝することになるんですかね。まあクラスの美少女を名前で呼べるというのは、たしかにご褒美かもしれないけど。


「ほら何してんの、早く呼びなさいよ」

「じゃあ、えっと、アンジュ」

「……何」

「いやその、呼べって言われたから呼んだだけだけど」

「ふん、ふざけないで」


また腕組みしてそっぽを向かれた。俺、悪いことしたの?なんか慣れないことしてすっごく恥ずかしいんですけど。顔がすごく暑いんですけど。クラスの美少女2人と話せてちょっとだけ仲良くなれたとか、これまでにないくらい幸せな気分だ。俺モテ期きた?幸せ過ぎて今日死ぬんじゃね?ははは、こんな幸せな日に死ねるなら悪くないかな。……あれ、俺が死ぬってどこかで……。


「アスタロウ様、よろしいでしょうか」

「うおあっ!」


背後から突然呼びかけられて、ちょっと飛び上がってしまった。そうだ、こいつの存在をすっかり忘れていた。

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