第3話 たたかう 平行世界の奴隷兵
クロイと分かれて、人垣の中へと進みはじめる。
なんで俺はこんなことをしているのだろう。すべて電波少女の妄想で、あいつは無関係なのかもしれないのに。野次馬の背後で眺めていればいいのに、カッコつけたいのかよ。あの娘は美少女ではあるが、電波厨二病の患者だ。関わらないのが一番いいだろうに。
自分から自分への攻撃はいつものこと。分かっているんだ、俺は他人に褒められたいし、嫌われたくない。
奴隷兵だという危ない男のことだって、本当だったら関わりたくない。でもクロイが、アイツは俺を狙ってきたと言った。ならこれは俺の責任なんだろう。
クロイの事を信じるのか?分からない。でも俺はクロイに関わってしまってる。ここまで来て逃げるなんて、俺にはできない。
人垣の一番前に出ると、視線が集まるのを感じる。捕まっている店員、おびえている二人の少女。そして周囲の野次馬たち。それらの視線が、俺の肌にちくちくと突き刺さる。そもそも俺は目立つのが好きじゃない。それに今はオタクファッション全開で、写メをネットにアップされようものなら恥ずか死するのは確定だ。
でも、クロイにああ言ってしまった手前、今さら引き下がることはできない。
目の前の男に睨まれるより、不特定多数に見られる方が精神的に辛い。こんな状況からは、やっぱり今すぐ逃げ出したい。
ああくそ、もうどうにでもなれ。
「おい、お前、その人から今すぐ離れろ。でなきゃ痛い目みることになるぞ」
棒を向けてそう言うと、店員に馬乗りになっていた奴隷兵がやっと振り返った。不思議そうな顔で俺を見てから何から、に気づいたようにいやらしい表情にゆがめて笑い出す。俺を指さして何か言ってるが、言葉がひとつも理解できない。
もしかしたら「まさかターゲットがのこのこ1人で出てくるなんて、オレはついてるぜ」とか「まさかそんな棒きれひとつでオレと戦おうとか思ってるんじゃないだろうな」とか言ってるのかもしれない。
勝手に言ってろと思いながら、棒を正面に構える。別に剣道とかやってたなんてことはない。マンガやゲームの見よう見まねで、それっぽく構えてるだけだ。
奴隷兵が立ち上がって懐に手を入れると、そこから刃物を取り出した。どう見ても刃渡り十センチ以上ある、現代日本では完全に所持違反の凶器だ。
凶器が出てきたことで、人垣がさらに騒がしくなる。スゲーとか危ないんじゃないの?とか言いながら、離れる気配は微塵もない。このままじゃ巻き添え食らうかもしれないのに、のん気な国民だよほんと。
男が立ったことで、組み敷かれていた店員が起きることができた。そしてこちらを気にしながらも、怯えていた女の子たちを連れて人垣の中へ下がっていった。俺も同じように人垣の中へ逃げたいんだけれど、ダメかなあ。
奴隷兵はじりじりと距離を詰めてきて、隙なんか全然見当たらない。人垣も数が増えたようで、よく見ようと前へ出る人と危ないから下がろうとする人とで隙間がなくなっている。
俺が周りを気にしたことで隙ができたと思ったのか、奴隷兵が刃物を振り上げた。
「うらあーーー!!」
「うわぁっ!」
叫び声を上げて飛びかかってきたので、とっさに棒を突き出す。奴隷兵は一瞬だけ動きを止めたが、棒を避けてまた近づいてきた。近づかれた分だけ下がろうとしたが、人垣に当たって中に押された。
人垣デスマッチじゃないんだから、そういうのはやめてほしい。
奴隷兵を牽制しながら逃げるが、人垣からは臆病者だと野次る言葉が聞こえてくる。ならお前が代わりにやれっての。
棒をめちゃくちゃに振り回すと、奴隷兵はそのたびに距離をとって逃げる。奴隷兵が刃物を持って近づいてくると、俺は棒で牽制しながら逃げる。弱腰同士の戦いは、一向に決着がつかない。
このままクロイが警官を連れてくるまで時間を稼いでいればいい。そう思いながら人垣の前まで下がった時、罵声とともに尻を蹴飛ばされた。
ぜんぜん考えていなかった、人垣からの攻撃。思わずたたらを踏んだところへ、奴隷兵が刃物を振り下ろしてくるのが見えた。
命の危険が迫った時、人の脳ミソはなんとか生き残ろうとしてすごい力を発揮するとマンガで読んだ。そして今の俺もそれが発動したのだろう、刃物がゆっくりと向かってくるのが見えた。でも、バランスを崩している俺には避けようがない。棒で守ろうにも、手が思うように動いてくれない。ゆっくりした時間の中にいるなら、腕の動きもゆっくりなのは当然だろう。
ああ、これは終わった。
ヘタにカッコつけようとしたから、こんなことになったんだ。でも仕方ないじゃないか、クロイはとっても可愛かったんだ。彼女いない歴イコール年齢の俺としては、あんな可愛い娘と並んで歩けたことが奇跡にも等しかった。嫌われたくない、好かれたいと思うのは当然だろ。でも、あの娘の代わりに戦ったことに関して悔いはない。美少女の命を守れたのだから、グッジョブ俺と褒めてあげたい。
ああ、それにしても、死ぬ前にもう一度クロイの顔を見たかった。白い顔に映える黒髪と瞳を、正面からもっとよく見たかった。そう、あんな風に無表情なのに力強い意思を秘めた顔を……。
横から振り抜かれた木の棒が奴隷兵の顔を歪め、そのまま視界から出て行った。
バランスの崩れた体勢のまま呆然としていたが、人垣から上がった歓声で正気に返った。
クロイは地面に転がった奴隷兵のナイフを拾い上げると、ジャンパーの内側へしまいこんだ。
「ご無事ですか?要らぬことをしたのなら、お詫び申し上げます」
「お詫びだなんて、そんな。クロイのおかげで助かったんだよな?ありがとう」
「お役に立てたなら何よりの喜びです」
何が起こったのか改めて思い出してみる。
俺がふらついたところへ、奴隷兵が刃物を振り下ろしてきた。その後ろ、ぶ厚い人垣をクロイが華麗に飛び越えて来た。ジャンパーをひるがえしながら着地するとそのまま駆け出し、木の棒を奴隷兵の横顔にむけて振り抜いた。
言葉にすると簡単だが、実際に見た俺も信じられないほどの鮮やかな手際だった。時間が圧縮されて感じていた俺にも、それがまるで最初から決められていた動きをなぞっているかのように無駄のないものに見えた。
「さあ、ここにはもう用はありません。すぐに離れましょう」
彼女が差し出した手をそっと握る。黒い手袋越しのその手は、男を一撃で吹き飛ばしたとはとても思えないほど、細くやわらかいものに感じた。
移動しようとした俺たちを阻んだのは、やっぱり周りの人垣だった。国籍不明の男が暴れてゲーセン店員を人質にとり、それに俺が立ち向かう。その俺がピンチになったところを、謎の美少女が現れて颯爽と助ける。ここがアキバじゃなくても、観客を十分興奮させるストーリーだ。
ある人は俺たちの勇気と実力をほめたたえ、またある人は演技なのかそれとも本当に起こった事件なのかを聞いてくる。そんな人垣の輪がどんどん迫って来ている時に、それは起こった。
倒れていた奴隷兵が、突然苦しみだした。
苦悶の叫びをあげ、痙攣し始めたかと思うと、その影がどんどん薄くなってゆく。そして体の端から砂のようになって、空へと昇っていった。
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