第2話 はなす 電波少女が来た理由
「クロイマーレだっけか。キミはその異世界からどうやって来たんだ?魔法があるったって、そうそう簡単に来れるもんじゃないだろ」
角度を変えた質問にも、彼女は平然と答えを返してきた。
「はい。異世界への転移魔法は膨大な魔力が必要なので、それを少しでも抑えるためにお互いの世界が最も近づく時に行われます。それでもコストが大きすぎたので、我が主は一計を案じました」
「一計……」
なんか古臭い言い回しだな。
「ホーリーキングダムはアスタロウ様を亡き者にするため、ひいては我が主を同じようにするために異世界転移魔法を実行し、軍の一部ををこちらの世界へ送り込みました」
「へえ、軍隊をね、そりゃすごい。具体的にはどれぐらいだ?」
「はい、魔獣兵と奴隷兵を中心とした、総勢三百からなる特攻軍です。かの国はそれだけアスタロウ様を警戒しているのです」
そりゃ壮大な話だ。淡々とした語り口に、うっかり引き込まれかけてしまった。この娘は作家になれるんじゃないかな。
「信じられないかもしれませんが、本当の話です。ですがその兵数ため転移魔法の儀式は大掛かりなものになり、私はそれに便乗しする形でここに来たのです」
「なるほどね。だとしたら、その敵軍とやらはどこにいるんだ?君がここにいるのに、そいつらがいないのはおかしくないかな」
「それはおそらく、転移システムの問題でしょう。今回使用された転移魔法は、己に近い存在を
ちょっと苦しい言いわけだな。それだとこの娘がここにいるのは、彼女に近しい存在がこのアキバの近くにいたことになる。そんな都合のいいことあるわけないじゃないか。それでも明らかな矛盾はないので、もう少し深く切り込む必要があるだろうか。
「じゃあ次だけど、キミは別の世界の生まれなんだよね?それなのになんでこの世界の言葉をしゃべれるんだ。まさか異世界でも日本語が使われているわけじゃないだろ?」
これこそが、古今東西の物語において割と触れられることのない質問だ。未来の秘密道具のようなものが存在しない世界でも、なぜか普通に言葉が通じてしまう。その説明をつける方法はいくつかあるが、そのどれにしてもあやふやな部分が残ってしまう。それを魔法などという都合のいい設定で乗り切ろうとしたならば、それこそが妄想だという証拠になるだろう。
「言語についてですが、先ほど申し上げました私に近い存在、つまり
また上手いことつなげてきたな。
「じゃあ、その知識の共有ってのはどうやるんだよ。魔法的なものを使うとか、そうなんだよな?」
「たしかに魔法と言えるでしょう。記憶の扱いというのはとても難しく、魂の波長が己に近い相手でなければ覗くことはできません。またこの世界にきたホーリーキングダムの者たちの大部分は、魔法の素養すら持たない者たちです。言語が通じないため、おそらくかなり大きな混乱が起こっているでしょう。もしかしたら、すでに何らかの事件が起きているかもしれません」
後半なんだか物騒な話が聞こえたが、矛盾のとっかかりを見つけたぞ。
「その近似存在ってのは君に似てるのか。本当にいるなら見てみたいな」
近似存在なんて言うくらいだから、すごく似ているのだろう。双子や姉妹を連れてくる可能性はあるが、そっちまで電波厨二病ではないはずだ。
「私の近似存在でしたら、貴方様も知っている人物ですよ」
「え、俺も知ってる?」
俺がこんな電波少女と似た人物と知り合いだって?身近な人を思い浮かべてみるが、すぐには思い当たらない。
「アスタロウ様のお名前なども、その人物から得たものです。他にも、どのように暮らしているのかなどについても知っております。アスタロウ様は多くの者に慕われていらっしゃるようで、さすがはもう一人の我が主様だと感服いたしました」
電波少女の知り合いは、電波厨二病じゃなかったけどストーカーだったかー。モテたいモテたいとは思っていたが、こんなモテ期はイヤだ。
「そいつは誰なんだ?場合によったらそいつとの付き合い方を考えなきゃいけなくなるんだがな」
「彼女の名前は……」
電波少女の声に被って、道の先から悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ?見に行ってみよう」
「危険です。私が先行いたします」
通路を抜けるとそこは、秋葉原駅の電気街口。ゲーセンと電気店が並ぶサブカル都市アキバの入り口だ。休日ともなれば、先を見通せないほどの人であふれることになる。
そのはずなのに、そこにまるで油に洗剤を一滴垂らしたように、円形の空白地帯ができていた。その中心では、ゲーセンの男性店員が汚い服をきた男に組み敷かれている。近くには2人の怯えた女の子が身を寄せあっていた。どうやら、男性店員が道で絡まれていた女の子をかばったらしい。
汚い服を着ている男は何かをがなっているが、言葉がまったく理解できない。
「ホーリーキングダムの奴隷兵です。どうやら1人だけのようですね。はぐれてここまで来たのでしょう」
「え、あいつが⁉」
異世界の兵隊は、本当にいたのか?電波妄想じゃなかったのか。……いや、突発的な状況を利用して、妄想を補完しただけだろう。偶然に決まっている。
「近くに他の兵はいないようです。狙い目ですね」
電波少女はそう言うと、ジャンパーの内側に手を入れた。そしてそこから、一本の木の枝を取り出した。
「どこにそんな物しまってたんだよ」
長さ1メートルほどの、硬そうな木の棒。それはまるで夕暮れ時にできた影のように、輪郭が黒くぼやけて見えた。
「潜入作戦という都合上、武器の持ち込みは不可能でしたので、こちらに来てから回収したものです。もっといいものがあればよかったのですが、残念ながらこのようなものしか見つけられませんでした」
彼女は棒を一振りすると、人垣の後ろを歩き出す。
「どうぞアスタロウ様は下がっていてください。あのような者でも、武器のひとつくらい持っているはずです。アスタロウ様の姿を見られれば、間違いなく標的にされてしまうでしょう」
「ならなおさらキミに任せるわけにはいかない」
俺だって男だ。自分より華奢な女の子が戦おうとしているのに、黙って見ていることなんてできない。
「ですが貴方様を守ることが私の使命です。武器もない貴方様を戦わせるわけにはいきません」
「じゃあその棒を貸してくれ。俺の方が力があるはずだ」
「それはどうでしょうか。たしかに腕力はアスタロウ様の方が強いでしょうが、私は戦闘訓練を受けています。また、多少でありますが魔術の心得もありますので、やはり私が……」
「ダメだ、俺がやる。キミはこの世界の知識があるんだろ?なら警官でも警備員でも呼んできてくれ。倒すことが難しくても、時間を稼ぐだけなら簡単さ」
「ですが」
「敵の狙いが俺なら、俺にしか注目しないだろ」
嫌がるそぶりを見せたが黙って見つめると、しぶしぶ木の棒を差し出してきた。それを受け取ろうとして手を出すと、がっちりと手首を掴まれた。
「えっと、どうしたの?」
「クロイ、です。クロイと呼んで下さい。ご命令ならば、私の名を呼んだ上でおっしゃってください」
「く、クロイ、ちゃ、さん?」
「クロイです。呼び捨てていただきたく思います」
「クロ、クロイ。俺がやるから、キミは援護だ。いいね?」
「はい、ご命令、承りました」
クロイの手が離れた。痛くはなかったが、まだ掴まれていた時の感触が残っている。細くて白いあの指のどこに、あんな力が秘められているのだろうか。
木の棒の表面はザラついていて持ちにくい。それになんだか手のひらがチクチクする。手袋でもしてくればよかった。
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