パラレルられている~平凡な僕を異世界魔王の美少女従者が助けに来た件~

天坂 クリオ

第1話 電波美少女が あらわれた

現代の日本の中に、目の前で美少女に跪かれたことのある人は何人くらいいるだろうか。例えいたとしても、数えるほどしかいないだろう。しかもそれが白昼堂々衆人環視の中で行われたのは、俺くらいのものではないのか。


冬のまだ寒いある日。その日は土曜日で、俺はいつものゲーセンに行くべく地下鉄に乗っていた。目指す場所はサブカルの聖地アキバ。先週から期待のゲームのロケテが始まっているので、ワクワクしながらやってきたのだ。

時刻は既に昼近くなっているが、どうせ目的のゲームは大盛況で1時間は待つことになるだろう。だから俺は順番待ちの登録だけして、順番を待つ間に昼飯を済ませるつもりだった。

現代人なら、情報の収集は携帯端末という科学の結晶によって片手でできる。さらに俺は経験と知恵によって、無駄な時間などない効率的なゲームライフを送ることができるのだ。

ゲーマーの俺にとってこれはとても重要なことだ。世の中にゲームはいくつもあるが、俺という人間は1人だけ。たとえゲーセンに限定したとしても、全てのゲームを遊び尽くすことはとうてい無理だ。面白いゲームをたくさん遊ぶには、相当に努力しなければならない。そんな俺をクラスメイトは馬鹿だと言うが、俺はべつに気にしちゃいなかった。

まあ、そんな前置きはどうでもいい。本題はここからだ。


アキバの駅に着いた俺は、エスカレーターに乗って地上を目指す。何度も通った見慣れたルートだが、だからこそ、そこに見慣れないものを見つけて眉をひそめた。

地下鉄の出口はJRへの通路に直結していて、人が絶えず歩いている。その川のような流れを邪魔する杭のように、1人の少女が立っていた。

黒のタンクトップ&ショートパンツ姿の少女。歳は十代の中頃、身長は150センチくらいだろうか。体はやせすぎ、胸はほぼ平らだ。肘まで覆う黒い手袋、膝まで隠す黒いブーツ。カラスの羽色のような黒髪は、地面すれすれまでの長さがある。肌は病的なまでに白い。そしてタンクトップはなぜか短く、お腹が見えていた。その白いお腹に、青黒いあざの様な模様がでかでかと存在していた。黒地に白い牙が生えたようなそれは、ギザギザした怪物の歯を連想させた。


道行く誰もが彼女を見ながらも、遠巻きにして通り過ぎていく。一目でおかしいと思えるヤツに、誰も関わりたくないのだろう。俺も同じだ。

エスカレーターはそんな内心に関係なく俺を彼女の前へと運ぶ。なんかこっちをすっごい見てるが、たぶん気のせいだ。他の人と同じように、彼女を避けて行けばいい。そう思っていた。


エスカレーターが終わり、通路へと踏み出す。少女を通りすぎようとした時、彼女が唐突にしゃがみ込んだ。

急病か、それとも貧血か。非常事態に慣れてない小市民の反射的行動として、思わず立ち止まってしまう。

彼女の背中はその黒髪に覆い隠されてよく見えないが、その病的な肌の色は目に焼き付いていた。

大丈夫かと声をかけようとした時、淡々とした声が聞こえてきた。


「我があるじアスター・ロウの現し身であらせられるアスタロウ・オウシマ様ですね。貴方様の忠実なる従僕クロイマーレ・グラトニー、御前に馳せ参じました」


病気じゃないけど、病気だった。項垂れてはいるが調子が悪いわけではなさそうで、しっかりと片膝をついている。声も特にどこか悪いという様子はなかった。でもよりによって脳が……。


「ホーリーキングダムの者がまだこちらへ来てはいないことは確認できていましたが、それでも御身おんみの無事を確認することができて喜ばしいかぎりです」


話の内容が、電波だ。大仰な言葉づかいからすると厨二病なのかもしれないが、内容が全く理解できないことには変わりない。

でもそれより理解できないのが、コイツが俺の本名を知っているということだ。いつの間に俺は電波少女にロックオンされていたんだ。


「ごめんちょっとワケ分かんないんだけど、それ俺に言ってるの?俺って君と会ったことあったっけ?」

「いえ、私はつい先ほどこちらの世界へ参ったばかり。ですが御身こそが我が忠誠と魂を捧げるべき主であることは、我らの間に結ばれた絆からすぐに分かりました。私のこの身、この心は全て御身のもの。どうぞご随意にお使い下さい」


やばいこの娘ほんとヤバイ。初対面なのに忠誠と魂を捧げるとか結ばれた絆とか言いきるなんて、ヤンデレ電波厨二ダークサイドてんこ盛りじゃないですかー。ただのゲームオタクには荷が重すぎますよ。誰か助けてヘルプミー。

この場を切り抜けられる誰かを求めて視線をさ迷わせるが、周りの皆さんは絶賛ドン引き中だ。

それどころか写メろうとしている人がちらほらいるし。他人の不幸はいいね!のタネか。ほんと世の中クソだな。

とにかく本当に通報される前に、この場からすぐに離れなくては。


「ちょっと君、すぐ立てるなら立って、俺についてきて」

「分かりました。御身の御心のままに」


すんなりと立ち上がってくれたはいいものの、髪の毛で隠されていた問題のものが再び周囲にさらされる。冬空の下、青白い肌を晒した少女の手を引く男とか虐待疑惑で即通報ものじゃないですかやだー。

すぐに俺が着ていたジャンパーを羽織らせて、その手を引いて逃げるように歩き出す。


「あの、これはいったい……」

「女の子をそんな寒そうな格好させておけないだろ。俺のためを思うなら、とりあえずそれをしっかり着ておいてくれ」

「はい、私にこのような立派なものをくださるとは、感動で拍動が止まりそうです」

「生きて。ここで死なれたらすっごい困るから」


感動してるならそんな淡々としてないで、笑顔で喜んで欲しい、男としては。まあ今はそんな風にツッコミ入れてる余裕はないんだけど。

俺が着ていたジャンパーは、買ってから数年経つ流行遅れのクソダサい黒ジャンパーだ。その耐寒性と、よりダサいオタクルックスを隠せるという利点のために愛用していたもので、正直言ってそんな感動されるものではない。

中身がヤンデレ電波だとはいえ、見た目は紛れもない美少女が着るジャンパーとしては力不足にもほどがある。

俺は誰が見てもオタクだとわかる服を晒すことになったが、今は俺よりも視線を集める存在が隣にいるので気にはならなかった。


俺たちは中央口前を通り過ぎ、デンキ街口へと向かう。クロイマーレと名乗った少女が俺をじっと見ているのが、チラチラ視界に入って落ち着かない。普段はあまり他人と関わらないようにしてる自分としては、とてもやりづらい。


「私は、別なる宇宙から参りした。魔法があり、生命にあふれる世界です。我が主は、そこに楽園を築いておりました。人々が笑顔で語り合い、たくさんの精霊が遊ぶ素晴らしい場所です。しかしその存在を良く思わない者もいました。それがホーリーキングダムです」


いきなり何を話し始めたのこの娘は。

無視するのも可哀そうだから、話を聞くことにする。


「ホーリーキングダム。直訳すれば聖王国だな」

「はい。かの国は世界を古くから支配しておりました。我が主はその支配を疑問に思い、そこからはじき出された者を集めて別なる国を作り上げたのです。しかしホーリーキングダムは我が主を、人心を誑かす魔の王として世界の敵に認定しました」

「反対派を集めた国が栄えてるなら、たしかに放ってはおけないだろうな。でもそれが別なる世界?の俺にどんな関係があるっていうんだよ」

「それは、アスタロウ様が我が主の並列存在であり、ソウルリンクによって存在強化されているからです」

「ソウルリンク?」


いきなり変な単語が出てきた。


「失礼ですが、アスタロウ様は大きな怪我や病気をしたことがありますでしょうか」

「小さいころにはあったけど、最近はないかな。病気になっても寝てれば治るし。ああそうだ、たしか3年前に原因不明の体調不良で寝込んだことがあったな。でもその時も3日寝てたらウソみたいに治ったなあ」


周りからは治りが早すぎて仮病だったんじゃないかと疑われたほどだ。でも若くて健康な人間なら誰だって、病気にかかってもすぐに治るだろう。


「それこそがソウルリンクによる存在強化の結果です。我が主とアスタロウ様は、お互いの存在を補い合うことで死から大幅に遠ざかっているのです。ですので、我が主を毒などで簡単に殺すことができないと知ったホーリーキングダムの者どもは、並列存在であるアスタロウ様を先に殺すために刺客をこちらへ送り込もうとしていました。それを感知した我が主は、それをさせないために私を派遣したという次第です」

「ふーん。そういう設定か」


それなりによく考えられた設定だ。破錠しているところがすぐには見つからない。

確認のために別世界に行けるわけがないし、ソウルリンクとやらも証明しようがない。無いモノを無いと証明することはできないので、とりあえずは受け入れるしかない。

もちろん俺はそれがただの設定だと思っている。自分が魔王の並列存在だとか、今時のラノベじゃ流行らないぞ。


次は別の角度から質問してみることにした。


「クロイマーレだっけか。キミはその異世界からどうやって来たんだ?魔法があるったって、そうそう簡単に来れるもんじゃないだろ」

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