第8話 迫り来る手
―腹裂きの刑吏連続殺人事件の最新情報です。2週間前の1月12日の事件について、警察の調査で、被害者の夫婦に子供が存在していたことが判明しました。警察は、子供が犯人によって誘拐されたとみて、調査を進めています。なお…―
「た、大変だ…」
里音はソファから立ち上がり、慌てて固定電話に走った。
夫婦の間の子供。言うまでもない、里音だ。
病院の電話番号は教えてもらっていた。ポチポチと数字を打ち、すぐ受話器を耳に当てる。
『…もしもし?』
「あの、そちらの副院長の親戚です。瑠衣さんを…、暁を、お願いします」
『お名前の方よろしいですか?』
「暁里音と申します」
『少々お待ちください』
名乗る時は、苗字は必ず「暁」。瑠衣からそう何度も言われていた。使ったのはこれが初めてだ。
『もしもし里音ちゃん?』
「あ、瑠衣さん!大変なの…」
それから里音は、ニュースの内容を全て瑠衣に話した。
『…そうか、そいつはよわったなあ』
「バレちゃったらどうしましょう…」
『大丈夫だよ、心配はいらない。帰ってから詳しく話そう』
「はい」
そのまま、通話は切れた。
忙しかったのだろう。里音は受話器を置くと、ソファまで駆けて行って、思い切り飛び込んだ。
不安だ。安心しろとは言われたけれど、出来るわけがない。
いっそこのまま寝てしまおうか。しかし今はそんなところではない。起きたのが1時間前というのも相まって、もう何もできない。
里音はころん、と寝返りを打って、つけっぱなしのテレビを眺める。
―詳細をお伝えしますと、この現場の床下に子供が描いたと見られる絵が隠されていたとのことです―
画面いっぱいに映し出される、クレヨンで描かれた絵。
子供特有の毛糸が絡まったかのような絵だ。
女の子「らしき」物体と、犬「らしき」物体が一緒に遊んでいるような絵だ。里音の記憶にはまるで残っていないが、絵はしょっちゅう描いていたような気がする。
しかし、なんでこんなところに?
娘としての自分を忘れたかったのだろうか。奴隷として、自分を上書きしたくて、ここに隠したのだろうか。考えるたびに、悲しさが胸に込み上げてくる。
すると、
…ピーンポーン…
チャイムが鳴った。
誰だろうとインターホンを覗く。
「はーい」
『里音ちゃん、僕』
「え、瑠衣さん?」
今は職務時間なのに。
「とにかく、開けますね?」
解錠のボタンを押す。
しばらくして鍵の開く音がして、瑠衣が飛び込んできた。
「瑠衣さん、まだ診察時間ですよね?」
「急遽休みを取ってきた。患者さんにお願いして、全員別日に変えて貰ったんだ」
「と、とりあえず座りましょう」
「ああ、話を聞くよ」
まさかそこまでして帰ってくるとは思っていなかった里音は、大慌てで机を片して瑠衣を迎え入れた。
「で、何だっけ。絵が見つかったんだって?」
「え、どうしてそれを」
「帰りにネットニュースを見てきたんだよ。少々面倒なことになっているみたいだね」
「はい…」
「まあでも、心配はいらないよ」
「え?」
「被害者の夫婦に子供がいた。それが、何だっていうんだろう」
「いや、だってもしかしたらそれがきっかけで、ここがばれてしまうかも…」
「それだけで見つけられるはずがないさ。殺人鬼を探すのも、その子供を探すのも、どちらも同じようなものでしょ?」
「ま、まあ、はい」
「進歩も何もあったもんじゃないよ」
ふっ、と瑠衣は鼻で笑う。
「でもね、なんだか楽しいよ。なんせあの刑事と戦っちゃってるわけだからね」
「あの刑事?」
「ああ知らない?升川基文。この事件の担当刑事だよ」
「はあ」
「噂によると、彼の担当した事件は必ず100日以内に解決するらしい。なかなかの敏腕だよ」
「それって、かなりまずいんじゃないですか?」
「いや。もう既に最初の殺人から半年が経過している。人間だれしも『必ず』なんて存在しないんだよ。本人もさぞご立腹だろう」
「うーん、でも…」
「興奮するよね。いつ決着がつくかわからないこのスリル…、ぞくぞくしてきた」
「え」
彼はやっぱり変な男だ。
ぷるぷると体を震わせ、乾いた笑い声をあげる。
彼は殺人をゲームか何かだとでも思っているのだろうか。
里音は瑠衣の狂人っぷりに困惑の表情を浮かべる。
瑠衣は肩を上下に揺らして、ようやく笑いを抑え込んだかと思うと、里音の方を向いて口を開く。
「…でもね、面白いのはここからだよ。なななんと!その警察どもの裏には黒幕がいるんだ!」
「黒幕?警察署長とかですか?」
「そんな単純なもんじゃ退屈しちゃうよ」
「じゃあ誰です?」
「誰だと思う?」
「…ううん、分かりそうにないです」
「じゃあ言おっか?岡瀬弁護士」
「え、岡瀬…!?」
確かに里音はその名を聞いたことがあった。
最近ワイドショーや情報番組で引っ張りだこの『事件のプロ』。
法律の知識は日本でもトップクラスで、ユーモアのあるフリートークも得意としているので、いわばタレントのような弁護士であった。
「どういうことですか、弁護士は警察の調査に介入できるのですか!?」
「普通は不可能だね。だがしかし、現に彼女は裏で警察を操作しているんだ。相当な頭脳を持っているんだろう。あと…相当大きな秘密」
「秘密、ですか」
「それこそ笑ってられないね。この女に関してはかなり厄介だ。…そうだ、ちょうどいい。いつか有名人をヤッてみたいと思っていたんだ」
「え?」
「始末しに行くとするか」
彼は涼しい顔をして、そう言った。
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