第3話 繋がる生活
男は当たり前のように、一息で、そう言ってのけた。
「…実験台?」
「うん。…へへっ、良いでしょ」
彼の息が少女にかかる。それほどに、男は少女に顔を近づけていた。
「私は、何をされるんですか?」
「簡単なことだよ。君を使って、効率的な殺し方を研究するんだ」
「…どうやって?」
「もちろん、傷をつけるんだ。身体中に、ね?」
「それって、」
まずいところに当たると命を落とす可能性があるという事だ。
殺し方の研究となれば、なおさらだ。
「考えてみてよ。君の家は裕福ではないにも関わらず、両親は娘をこんなにしてまで遊び暮らしている。食事、衣服もほぼ与えられていない。僕のトコはどうだろう?食事は三食きっちり与えるし、服もいろいろ買ってあげられる。命がかかっているのはどちらも変わらないと思うけどなあ」
そっと少女の輪郭に自身の両手を添わせ、男はにこりと微笑む。
少女は目を逸らして、強く唇を噛む。
「冷たいなあ。こっち見てよ」
「…怖いです」
「怖くないよ」
怖かった。
このまま目を合わすと、彼の提案に頷いてしまう気がした。
少女の頭の中に、今までの生活がフラッシュバックする。
『なんでこんなこともできないの!?』
『お前は俺たちの娘失格だな!』
『このクズ!』
『じゃあお母さん、出かけてくるから。死にたくなければちゃんと家事やっときなさいよ。』
ピッ。
突然、正面のテレビの電源が点いた。
少女の目の前には、後ろを向いてリモコンを向ける男。
自分から提案しておいて、無責任だ。
画面にはキャスタ―が、深刻な表情でニュースを読み上げていた。
《きょう未明、N市の住宅街で、アパートに住む峰谷力也さんと、妻の樹里さんが亡くなっているのが、近隣住民により発見されました。警察は…》
はっ、と少女はテレビに視線を移した。
彼女の頭から、瞬く間に交渉の話は消え去る。ただ、そのニュースに釘付けだった。大きく画面に映される、男女の写真、名前、住宅街の風景。
「…死んだ?」
《なお、死体解剖の結果、体内からは一切の臓器が検出されず、警察は連続殺人犯の犯行として捜査を進めています。これで被害者は62人目です。》
ふらっと、ソファに倒れこむ。めまいがした。すると男は少女の方を向き、先程と変わらない微笑みを浮かべた。
変わらない。そのはずなのに、彼女にはそれが何かどす黒いものに見えた。
「…あなたが、やったんですか」
「ふふっ、聞かなくてもわかるでしょう?この人たちで、間違いないよね?」
涼しい顔の男。少女は、彼を睨みつける。かなわないことくらい分かっていた。
「君には邪魔な相手だったんだよね?だから、始末しておいた。僕もコレクションが増えて、一石二鳥だよ」
「…」
「あ、そうだそうだ。部屋に入った時、ちょいと物置をのぞいてみたんだよね。そしたら、ほら」
ポケットからひょいと紙切れを取り出し、少女に手渡す。
「書類のファイルに挟まってた。峰谷里音。これが君の名前だね」
少女は息を呑んだ。
それは物心ついたときに、自分の扱われ方を理解した少女が自分の名前を忘れないようにと書き留めて、隠しておいたメモだ。
彼女自身も、記憶に残ってはいなかった。それを殺人鬼の手で掘り起こされたのだった。
「り…お…ん…」
「君、賢いね。こんなものを隠しておくなんて。どう?思い出した?」
もう、少女に逃げ場は存在しなかった。
実を言うと、彼女には自分の戸籍が存在しない。本当の意味での、いわゆる『隠し子』と言われる存在であった。戸籍がないと、国からはいち人間として認識されない。つまり、彼女の存在を知るのはこの男だけになってしまった、というわけだ。
「君の名前が分かったから、僕も名乗らなきゃね。僕は、暁瑠衣」
男はテレビを消しながら、そう言った。
リモコンを放り投げ、ソファで動けなくなっている里音を見下ろす。
「嬉しいでしょ?君を散々苦しめていた相手が死んだんだ。もっと喜ぼうよ」
「無理です!こ、こんなこと…」
「…ふーん、そういうことね」
「え?」
瑠衣はふんっ、と鼻を鳴らした。
それから机の上の紙袋をごみ箱に捨て、何事もなかったかのように片付けを始めた。
「あの、瑠衣さん…」
「里音ちゃんさ、まだあいつらに未練あるでしょ」
「!!」
「だから今まで躊躇ってるわけだ。おっけい、僕が忘れさせてあげるよ」
「え?」
「出掛けよう」
突拍子もないことを言い出す瑠衣。
里音は、がばっ、と起き上がった。
「わ、私もですか!?」
「そりゃそうでしょう」
「そんな急に。どうやって…」
「服なら着替えがある。行きだけ隠れればいい。ほら、行くよ」
「え、ちょ…」
提案を深追いする間もなく、里音は瑠衣に引きずり降ろされていた。
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