第2話 未知との遭遇

 沈黙……。

 僕の知らない女が、なぜここに。


「あ、なんでって顔してるね」女は微笑を崩さずに言う。対照的に、僕は思わず体をそらしてしまった。

 なんだこいつは。人の家に入って、遠慮もなしに。いや、知り合いであったとしても、無遠慮に部屋に上がってくるのはおかしい。

 念のため顔をよく見るが、やはり知らない顔だった。


 泥棒、だろうか。だが、それらしい凶器を持ち合わせているのではない。そもそも、泥棒であるとするなら、少し顔を隠すなり、足のつきにくい服装をするだろう。しかし女は、制服姿に、しっかりとメイクをしている。マスクもせずに、口紅まで付けている。


 今はっきりとしているのは、僕の部屋に、かなりやばいやつがいるということ。

 何をされるかわからない。とにかく、とにかくだ。警察署にでも駆け込んで対処してもらおう。


 女は僕の目の前に立った。その後ろからは、部屋のノブが見える。幸い、女は弱弱しい体をしている。押し倒すなりなんなりすれば、逃げることはできるだろう。

 思考を悟られてはいけない。あくまで驚いているようにふるまおう。相手を油断させ、その隙に。

 しかし女は、信じられないような発言をした。

「そのドアノブは開かないよ?」

 

 ……目線でバレてしまったのだろうか。

 しかし、それ以上に気になることがある。開かないとは何だ。女の手下がドアの向こうに待ち構えているとでもいうのだろうか。

 だとしたら、状況はかなり切迫しているが。


 女はあくまでも笑みを張り付けた顔をしている。

「信じてって。別にやばいやつじゃないから」

 横に目をやると、机の上にペットボトルの水があるのが見えた。それを手に取って女に投げつけた。これでひるんでいる内に外へ……。

力の限り振りかぶり、投げる!

 しかし、投げつけたそれは、女にぶつかるかと思いきや、空中でひねりつぶされた。


 ひねりつぶされた……。まるで見えないだれかが、空のボトルをひねるように。

 中身の水は、床にしたたり落ちる。それが僕の足元にまで寄ってきた。親指の爪が、その冷たさを感じさせる。

これは夢ではない、あくまで現実。そう訴えかける冷たさだった。

 恐る恐る女の顔を見る。女はさも当然のように、目の前の現象に対処していた。

「別に危害を加えるつもりはないよ。私は君と契約しに来たんだ」


 おとなしくしてさえくれれば、乱暴はしないと、女は言った。

 その発言を受け入れるしかないだろう……。余計なことをしたとして、何が起こるかわからない。あのペットボトルのように、わけもわからず潰されるなど、たまったもんじゃない。

 女は僕のかけている眼鏡を指さして言った。

「君はその眼鏡を使って、私をひっぱりだしてくれたんだよ。君らの用語でいうと……夢の世界から。私は君の、使い魔ってやつかな」

 試しに……と言われ、例の眼鏡をはずす。すると、女は見えなくなった。もう一度かけると、女は現れた。

「何なんだこれ」思わず声がでる。

 女は僕を指さして言う。

「これは君と私を繋ぐもの。君がかけた時だけ、私はこの世界に実在できる」

 なんとも浮世離れした言いぐさだった。ただ、先のペットボトルの件を思い出すと、あながち嘘ではないとも思う。

「契約……だけど、君にはその眼鏡をかけていてほしいんだ。ただそれだけでいい」

 曰く、眼鏡をかけている間、女は実在できる。僕にトラブルを持ち込まないと保証できるのだろうか。

「契約って結構縛り強いからね。私が君に変なことしないのは保証するよ」

 女は微笑を作った。

「それに、君にとってもメリットがある」

 女はそういうと、手を床にかざした。

 

 その瞬間、床に散らしてあった水滴が浮かび上がってきた。

水滴は、女の指の動きに合わせて姿を変える。星形、槍形、円形と形を変え、最後に一点に集まったと思うと、消えた。

 窓から夜の月の光が射し込んでいる。それを背に受けた彼女は、いたずらっぽく笑った。

「退屈な日常からの解放。これを、君に保証しましょう」

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