眼鏡の彼女
国作くん
第1話 初めまして
人生の主人公は自分であると思っていた。
努力さえすれば、なんでもできると思っていた。他の人とは違う、自分には何か特別な才能がある。そう思っていた。
今振り返ると、理想と現実とは、かけ離れていることに気がついた。他人と比べて運動ができるわけではない、有名なわけでもない、おもしろくもない、イケメンでもない、そして……。
一番自信を持っていた勉強でさえ、突き抜けているわけではない。
その事実から導き出される結論、僕の代わりとなる誰かがいる。
世界に一つだけの花だとかいうが、誰が僕を唯一の存在として認めてくれるのだろうか。歌の中で描かれる世界は欺瞞に決まっている。息苦しい、泥のような、掃き溜めの現実から、きらりと光るダイヤを取り出しているだけ。そのダイヤにまとわりついていた、雑多なものには目もくれない。
「なんだか、楽しくないな」
ぽつり。独り言がでる。
退屈な日常。目的も目標もなく、ただただ時間をつぶすような毎日。敷いた枕の高さが首元になじまない。
体を横に傾ける。そのせいでずれた掛け布団を胸元に手繰り寄せる。柔らかい毛布が、僕の体を温める。
横になった顔を支えるように枕を差し込む。頭の重さに、すこし押しつぶされてしまった眼鏡が、視界をぐにゃりと変える。そんなことは気にせず、スマホを下にスワイプすると、今日のYouTubeの再生時間が1日6時間超えだとの表示があった。
この事実に、僕はぴくりとも表情筋を動かさない。この仏頂面は、他人からはどれほど無愛想に映るのだろう。ことあるごとに、反応が薄いと言われれていたことを思い出した。
時計のアプリを開くと、現在の時刻は20時17分。あと4時間ほどで一日が終わる。
家の廊下にあるインターフォンが鳴る音が聞こえてきた。受信機は家の一階と二階にあるので、自室からもその音が聞こえるのだ。
しばらく待ってみるが、誰も家をでる気配がない。こういう時は、父か母が出てくれるものだが、今日は二人とも夜勤だと言っていたことを思い出した。
重い体を起こし、下まで降りて、宅配物を受け取りに行く。外にでると、夜の寒さが顔に沁みてきた。さっさと荷物を受け取る。宛て名は僕であったので、自室へと持ち帰った。
段ボール箱は両手でやっとかかえることができる程の大きさだった。けれど、その大きさと反比例するように、軽かった。何か頼んだだろうかと思い返そうとするが、自分の記憶力の弱さを思い出して諦めた。カッターを手に取り、段ボールの箱を開ける。
中に入っていたのは、小さな白い箱。そして、それを覆うための大量の新聞紙。
小さなと言っても、大きさはスマホぐらいの箱。これを包むのに、両手を広げるほどの段ボール箱が必要なのか。そして大量の新聞紙。よく聞くSDGsとかいったものとは無縁のようだ。
白箱を手に持つ。振ると、からんと軽やかな音がした。
さっそく上蓋をはずすと……眼鏡が入っていた。
眼鏡。しかもよく見ると、伊達眼鏡だった。僕はおしゃれ眼鏡を買うような人ではないので、送り間違えかと宛名を見た。が、そこには僕の名前がしっかり書かれていた。
もしや父か母が、僕のために買ってくれたのだろうか。以前、何もいわず、父が本を僕の名前で大量に買い、読んでみなと言ってきたことがあった。まあ、それらの本は本棚の肥やしになっているだけなのだが。
両親とも夜勤というわけだし、またわざわざ電話をして確認するほどのものでもない。しかし伊達眼鏡にしては、いいと思った。黒縁の眼鏡で、レンズの周りは真四角に近い形。素材はプラスチックに近いものだが、安っぽさを感じさせない。むしろ、どこか高級さを感じさせる。
少しの好奇心で眼鏡をかけてみた。鼻のパッドは柔らかく、ストレスを感じさせない。
手ごろな所に姿見があったので、眼鏡をかけた自分の姿をみる。上下ジャージ姿に、寝ぐせのついた髪。ひどい有様だったが、しかし眼鏡だけは、違っていた。普段かけている横長の眼鏡とは違って、どこか静かな印象を与える。
この眼鏡に合わせた服装をすれば、それなり良いものになるだろうな。
と、自分の後ろで何かが動いた気がした。
ん? 僕の部屋には、今僕以外に人はいないはずだが……。
「気に入った? それ」
女の声がした。
鏡に映る彼女は、僕の肩に手をあてていた。
なんだなんだなんだ。予想を超えた展開に、僕は動けなくなった。
女は不敵に笑って、鏡の僕に視線を合わせてきた。
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