第2話 居酒屋での話
街外れの小さな飲み屋である。
民家の一階部分を改造し居酒屋として作り替えた店である、定年退職し
た老夫婦が趣味としてやっている居酒屋だった。
煙の匂い、酔っぱらいの喧騒が店の中に満ちていた。
店自体は団体客が入れば一杯になってしまう程度の小さな店である。
机が二つ、カウンターにポツポツと人が座っている。
木造のカウンターで、使いこまれたシミと傷が長い間この店を支えているのだと物語っている。
あふれそうなタバコの灰皿。
空のビール瓶。
倒れたお猪口と空のグラス。
カウンターにはグラスを倒した際に零れた酒が拭かれないまま残っている。
常連客が仕事の後にふらっと立ち寄るのに丁度いいとても居心地のいい、疲れた大人たちのオアシスの様な店であった。
カウンターのある場所の奥に普段は使われない座敷部屋がある、そこに二人の人間が酒を飲んでいた。
机の上にはすでに幾つもの空になった皿と空き瓶が転がっている、随分と酒が進んでいるらしく会話も弾んでいるらしかった。
酒を飲んでいるのは二人の男。
一人は大柄の男、もう一人は先日の宗一と志波の戦いを観戦していた天川である、2人とも鍛えこまれた肉体に彼らの持つ視線は鋭い、武術の知識のない人間でさえ彼らの強さを一目見ただけで強さを認識できる。
大柄の男は女性のウェストほどもある腕に2m近くの巨体は威圧感がある、髪はオールバックに固められ決して崩れないようにされている。
大樹の様な男であった。
根本的に人間ではないのだろう。
指が、首が、胸が、脚が、腹が、血管が、神経が、全てが人知を超えていた。
人ではない何かが人の形をしてそこにいる。
顔では笑顔を浮かべているが次の瞬間には修羅でも這い出て来そうな得体の知れなさがそこにあった。
『鳳凰寺 新星』
それが巨漢の名前であった。
日本最強の柔道家であり、最大規模の柔道家組織を束ねる雄こそがこの男であった。
国内外問わず弟子を持ち、その組織の影響力に関しては警察以上とさえ噂される。
「それでアイツはどうなってんだい」
「アイツとは……」
酔いが回っているのだろうか大柄の男は上機嫌に天川を問いかける。
「勿体つけてんじゃねぇよ、この前観たんだろアイツの闘いをよぉ」
「そうですね、ではこちらをご覧下さい」
カバンから出したタブレットを新星の前に差し出す、タブレットには先日の決闘の映像が流れていた。
「結構苦労しましたよなにぶん余りにも情報が少なくて、彼はあの時八神宗一と名乗っていましたが……本名は八雲宗一といいます、身長184㎝体重93㎏とやや重めの体重であります。
しかし実際に私が見たところスピード・パワー共にトップクラスの実力と見受けられます、ですが近隣のジムや道場には一切通っていないらしくどういった恐らくが完全に我流と見受けられます」
天川の会話を聞きながらタブレットの映像を眺める。
「なぁ天川よ、お前さんこの餓鬼に勝てるかい」
「ハハッまさか相手は志波先生を相手に勝利を収めた手練れですよ、勝てるはずがありません」
「天川でも勝てないか、そりゃ残念だ」
言葉とは裏腹に心底楽しそうに笑う、まるでおもちゃを与えられた子供の様に。
「八雲宗一……まいったなぁ恋しちまうぜ」
新星は実に旨そうにビールを胃の中に流し込む。
「しかし柳流とは何なのでしょうか聞いたことがありません、独自の流派なのでしょうか、それにしてはサブミッションや打撃に統一性といいますか芯の部分が見えてこないのです」
宗一が使っていた柳流は飽くまで『翼断ち』の一つのみ他は他流でも見れるような一般的な技のみ、確かに武術は様々な流派から特徴を吸収しそこから派生することから名前が違っていても使う技が同じということは多々ある。
そのことから前回の闘いで様々な技を使うのは理解できる、しかし天川の感じている違和感は別にあった。
流派というのは「○○流と○○流を収めた私が開いた新しい流派です」というのが普通であり、流れを汲んでいる以上その意思か信条を組んでいる筈なのだ、柔道であれば投げ、崩し、受け身、と人間を投る事を目的とし技を発達させている、柔道の祖である嘉納治五郎は技術として存在はしていても明言化されていなかった投げの基本を分かりやすく解説し後世に残している。
しかし宗一の闘いからは使う技の哲学というか目的意識が感じ取れなかった。
流派というよりも一人の男が手当たり次第に格闘技を学びそれで戦っているかのような違和感である、だがそれにしては戦い方が洗練させている動きだった。
「柳流……そういったんか」
新星の目付きが変わる。
コップに再びビールを注ぎ直し飲み干すとカタンッと机の上に置いた。
「柳流……八雲鈴仙の弟子ねぇ」
新星は口角を上げ犬歯を覗かせた。
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