第1話 八神宗一という男
1
それは朝の話である。
場所はとある地方の公園、ツツジの花が有名な大きな公園であった。
時刻は太陽が昇り始めた頃であり、途中の道にはまだ殆ど人が見当たらず、ホーホーと鳩の鳴く声が何処からか聞こえてきてくる、キジバトだったろうか確かそんな名前だった。
コツコツとコンクリートの上を歩く、その男の姿は異様なオーラを放っていた。
着古して少し色褪せた半袖シャツを着ている、パンツは裾がすれていて繊維が解けているのが見てとれた。
180㎝はあるだろう、かなり……いや相当筋肉質な洋装をしている、まだ5月だというのに半袖シャツを着ている、どちらも体のサイズよりも大きいものを着用している、どやらファッション性よりも実用性を優先した結果ということが見て取れた。
決してイケメンという訳ではないが野獣のような出で立ちをしている。
髪は洗ってから自然に乾燥させたようにボサボサであり、瞳は野獣如く獲物を射抜く様な鋭い視線を放っている。
人込みを歩けば確実に目を引く存在であることは確実であった。
『八神やがみ宗一そういち』
それが彼の語る名前である。
宗一はとある男と約束をしていた。
そして約束の場所には橋を渡らなければならない、橋の上からは太陽の光が反射してキラキラと光っている、茅葺き屋根の建物が見えてくる、どこかの有名な人のアトリエらしいが今では観光地の一つとして残されているが余り人がいる所を見たことがない。
ジャリッジャリと橋を渡り終えた辺りにある階段を降りる、珍しい土で出来た段切り段盛りで出来た階段である、昨日降った雨のせいかぬかるんでいる、両脇に植えられた時季外れのつつじの木がざわざわと薄い影のモザイクを揺らす。
風が心地いい。
土地特有の匂いというやつだろうか。
嫌な臭いという訳ではない、むしろどこか懐かしい様な心落ち着く匂いである。
階段を降りて少し歩くと空き地に付いた。
お世辞にも大きい場所ではないが小さな家を一軒分程度なら建てられるだろう広さはある、周囲には5・6本の松の木がサークル状に植えられていて緑のトゲが美しい、ただ乱雑に生えているのではなく、既にみどり摘みが行われているのが分かる。
足元の芝生を軽く払ってみる、芝生に乗っていた雨粒が弾ける、歩いていた時から沁み込んでいたのだろう運動靴が濡れていた。
ポケットから出した携帯を見れば約束した時間の30分前であった。
植えられていた松の木に腰を掛ける。
どうしても心が落ち着かない。
宗一は内臓から獣にグシャグシャと食い破られるような感覚に襲われた。
過去に何度もこの感覚に襲われたことがあった。
決して嫌な感覚ではない、寧ろ心地良く何時までも浸かっていたいと感じさせるような麻薬じみた感情である、一瞬でも気を抜いてしまえば胸に秘めている獣が肉の牢を食い破り飛び出してしまいそうであった。
ありったけの空気を肺の中に送り込む、細胞の隅々にまで行き渡り活力が漲ってくる。
空を見上げると雲がいつもより早く流れていた。
2.
携帯を確認すると約束の時間まで10分を切っていた。
遠くから足音が聞こえてくる、足音からして人数は2人といったところだろう、歩く感覚と音からすると若い男と老人だ。
音が近づく度に鼓動が早まる、まるで遠足に向かう前の小学生の様な気分であった。
「本日はこの果し合いに応じていただきありがとうございます」
宗一は言った。
丁寧な言葉とは裏腹に、静かに殺意を込めた言葉であった。
宗一はこちらに来る2人に向かって声をかけていた。
「まぁおあつらえ向きの場所だろう、こんな紙まで用意しおって」
男は懐から出した手紙を見せながら宗一に話しかけてくる、宗一が以前に送った手紙である。
若い男はそれを見てクスリと笑った。
なんとも不釣り合いな二人であった。
「一人で来るという話でしたよね」
「そういう話だったんだが、立会人も必要じゃないかと言う事で来てもらったんだよ」
白髪の老人と端麗な顔をした青年がこちらを見ていた。
老人は口調こそ砕けてはいるがあからさまに敵意を帯びている、一触即発といった様子であるが若い男の方は微笑みながらこちらを静観している、手を出してくる様子はなく立会人で来たのであることは本当の事らしかった。
若い男は場に似つかわしくない紅いスーツを着ていた。
年齢は25~28といったところだろう。
確かにスーツの派手ではあるものの彼の美貌は負けてはいない、彼は一言でいえばイケメンという言葉が似合いだろう成端な顔立ち、実に女性人気のありそうなルックスである、誰もがそう思うだろう。
美しい絹の様な黒い髪をしていて枝毛など一本も見受けられない。
長い眉毛と鋭い瞳が紺碧の輝きを放っている。
白い瑞々しい肌が美しく輝いている。
冷たい瞳が宗一を見る、まるで目の前の老人が居ないかのようにこちらだけをじっと見ているのが不気味である、まるで肥えた羊を前にした空腹のライオンかのようであった。
だが彼の精悍な顔はどこか違和感を感じる、恐らく顔に張り付いている笑顔のせいだろう、妖怪の『のっぺらぼう』の上に高名な画家が絵でも描いたかのような、人外じみた違和感を感じざるを得ない。
強い……一目見ただけでそれが宗一には分かった。
老人は恰幅の良い狸の様な顔をしている。
作務衣を着ていて体はよくわからないがかなり鍛えているであろう、普通ならば否が応でも『心・技・体』共に衰えてくる時期である、だが老人の肉体は明らかに常人のそれとは違っている、一見太っていると思われそうな体は一種の擬態であり、わざと残してある脂肪の下には筋肉の大蛇が巻き付いている。
体の芯に一本の剣が通った男である、なんとも落ち着いた雰囲気がる。
『志波 辰徳』
それが老人の名前である。
古流柔術である志波流の当主である。
身長は163㎝と格闘家にしては決して高いわけではない、寧ろ小兵と言われる程度の身長といった所だろう、だが見た目ほど小さいと思わせない。
強い……志波が放つ威圧感は宗一の肌を針で刺すような鋭さがある、それは宗一と立会人にも引けを取らないものである、この威圧感こそが志波を小兵と感じさせない所以だろう。
「柳流2代目当主……八神宗一」
宗一が再び言葉を投げる、今度は名乗りを上げた。
「っ……なるほどそっちの名前か」
志波が低い声で返答をする。
「志波流の志波しば辰たつ徳のりと申します」
お久しぶりですと宗一が頭を下げた。
「宗一君、これは本気なのかい?……まったく 奴はどこで教育を間違えたのか」
志波がポリポリと頭を掻く、互いにしばらくの沈黙が続く。
2人は面識がある様子だった。
実の所、志波と宗一は昔ながらの知人である、ここ数年は関りが少なくなっていたが志波と宗一の育ての親であり師である人間とは古い付き合いなのだ、その関係で宗一は何度も志波から教えを受けている、何度も食事を共にし、宗一の成長を見てきていた。
「本気です、捕った時点でへし折ります」
宗一はそう告げる。
試合ではなく決闘……つまり果し合いである、今の時代個人間での決闘は法律に触れる行為であるはずだ、だからこそ人目に付かない早朝のこの場所なのだろう。
「無論こちらもそのつもりだ」
ここにきている時点で志波も果し合いと言う事は十二分に理解している、宗一がへし折ると言ったのも志波がそれに同意したのも全て確認の為であった。
「いつ始めますか」
「もう始まっているよ」
3
共に動かない、構えらしい構えというのもせず、何時でも動けるように腰を僅かに沈め片足を軽く前に出している。
宗一とはこのような雰囲気を放つような男であったかと志波は考えていた。
敵意がない。
宗一は真っ直ぐに志波を見つめている、だが志波はこちらを見ているという訳ではなくどこか別の場所を眺めている様な虚ろな瞳をしていた。
「不完全ではあるがその歳でその域に達しているのか……」
ニヤリと口角を上げて笑う、宗一が見ているのはオーラ、いわゆる『気』の様な物であった。
『奥義 天眼』
宗一の扱う柳流というのは『気』を察知したりコントロールする術に長けている、敵の纏う気をいち早く察知し、感情や思考を支配し戦いを優位に進めていくことが柳流の基本戦術であるが宗一の眼はその術のうちの一つであった。
さてどちらから行こうか……。
志波は考える、普段の宗一であれば先手を取りに来るのが志波の知っている宗一である、しかしここは果し合いの場であり普段とは違う世界である、そういった場で宗一がどういう立ち回りを見せるのかを志波は知らない。
知った仲であるからこそこういう時は慎重にならねばならない、長い格闘家人生の中で志波はそういうことを学んでいた。
焦りや油断を見せれば瞬時に宗一が見抜きそこを突かれてしまうだろう。
いずれにせよこの闘いは長引かないだろうと二人は考えていた。
二人とも差はあれど決闘を経験していた。
そもそも元をたどればこの決闘は宗一が仕掛けたものであり、ならば宗一の方から仕掛けてくるのが礼儀というものである、だが今回は試合ではなく決闘であのだからそれは関係ないと考えていいだろう。
二人の間に奇妙な空気が流れ始める。
ザーッザーッと風が草木を揺らす音がやたらと大きく聞こえるような気がする。
依然、宗一は虚ろな目で志波を見ていた。
恐れも無ければ怯えもない。
どこか不安になる、嵐の前の静けさというべきか。
志波はにやりと笑った。
互いの空間に気が充実する、放つ気が絡まり溶け合い自己の境界が曖昧になる感覚に陶酔する。
こっちから仕掛ける。
そう決めると志波は半身になり構えを変えた。
高位の領域に達した武人の立ち合いというのは得てして短期決戦になる。
志波も宗一も自分がどれだけ撃ち込まれれば許容値を超えて膝をつくのかというのは経験から既に把握している、故に倒れる前に決着を付けなければならない、何より敵は並の相手ではないとあれば一つの技で息の根を止められかねない。
いずれにせよ打ち合ってしまえば5分と掛からないだろうと志波は察していた。
ダンッ‼
志波が距離を詰める。
組みつけば此方の優位に進められると思っての行動である。
恐らく……いや宗一には力で勝てないのは明白である、なら組み付いてからが勝負だ、志波流に拘らなければ寝技というのは無数にある、そこに入るまでのことと技を掛けるまでの手順を考えれば万を超える手数に相手は対応しなければならない、その上決めたら折るという誓いを立てているのが大きいだろう。
寝技も関節技も決められれば事実上そこで終わりである、あとは煮るなり焼くなり自由にしてしまえばいい。
そう考え志波が体を沈めた瞬間であった。
風が吹いた……。
宗一の体が志波の懐にまで潜り込んできていた。
まるで風が吹いたかのように自然な動き出しである、志波が前に出る瞬間に合わせての行動であるが、それだけではなく志波思考が神経に伝達される前に距離を詰め切っていた。
「っ……くぅ」
志波の動揺は1秒にも満たない瞬間であった。
これが試合ならまだいい、だがこの場は果し合いである、この時点で志波の企みは瓦解しかけてしまった。
詰めて掴むのが志波の作戦であったが距離を詰められればそれが出来ない。
志波は切り替え右手で鉤打ち(いわゆるボディフック)を宗一に打ち込んだ。
ドゴッ‼
鈍い音が響く。
地を這う様な低空から宗一の右脚が分と跳ね上がり志波の頬を叩きつける。
だがそれを遮るように左肘で志波がそれを受け止めていた。
ミシッと骨が軋むような衝撃に体がグラつく。
そこいらの武術家であればここで終わり、もしくは下手に受けて腕を折っているであろうが志波はきっちり受け止めていた。
鉤打ちに出していた右手で宗一の脚を掴もうとするも既にそこにはなかった。
代りに同じような衝撃が今度は脇腹に走った。
ミシリッと肋骨が嫌な音を立てる。
立て続けにローが一発入った。
宗一には反撃の隙が無い、志波のガードが開けばそこに叩き込み、隙さえあればそこに拳をねじ込み体力を奪いに、息を吐かせぬ程のラッシュを志波に叩き込む。
打つ
打つ
蹴る
打つ
蹴る
突く
散らされた攻撃を志波は弾き逸らし軌道を変える形でギリギリ捌くことができていた。
老人とは思ええない反射神経である。
傍から見れば宗一が押しているように見えるがそれは違う、宗一の精神はかなり擦り減らしていた。
柔術使い相手に下手な攻撃をしてしまえばその瞬間に関節技を掛けられるのが目に見えている、そうなったら終わりだろう。
一瞬たりとも隙を見せる攻撃を出さない。
ジリジリと奥に奥にとサークルの外に宗一が志波を追いやる。
「はっ‼」
宗一の正拳が志波の顔面を捉える。
喰らえ‼
殴った後に締め上げる。
打ち込む瞬間、宗一の背筋を恐怖という大蛇がチロチロと舌で舐めた。
ゾゾッと自分の直感が思考よりも先に体を動かす。
志波の背中が視界に映る、次に靴底がこちらに迫っているのが分かった。
もう攻撃は引き返せない、志波が狙う顎を蹴り抜かれれば宗一は失神するか暫くは戦闘続行は不可能になるのは間違いない。
ゴシャ‼
志波の回し蹴りを咄嗟にガードとして出した左手が靴底を受け止める、数センチ程度体が中を浮く感覚がするも、それは僅かでも威力を殺すために敢えて後方に少し飛んだ為であった。
老人の蹴りとは思えない強烈で芯に響く一撃である、もしこれが他の部位に蹴り込まれていれば骨ごと持っていかれていたであろう、しかしこの攻撃で良くも悪くも宗一の攻撃は止まった。
「志波先生貴方も意地が悪いですね」
「それは君も同じだろう、老人をこんなに滅多打ちにしてくれて……体に堪えるよ」
「そういうなら早く沈んでいただきたいものです」
両雄の口には自然と笑みが零れる。
宗一は先ほど攻撃を受けた右手がズキズキと痛んでいる。
志波もラッシュを受けた部分が赤く腫れて熱を帯びている。
本来生物にとって痛みとは避けるべき存在である。
だが二人にとってこの痛みを重ねる度に体の奥底からドロドロとした感情が沸々と湧き上がってくるのを感じる。
これだ……ここに来る前から押さえつけていた獣を解き放てる。
今日までに磨き上げてきた肉体と技を気にすることなく使っていいと言っている。
そしてそれを受け止めてくれる相手が目の前にいる。
思いっきり打ち込んでくれる相手がそこにいる。
アンタもそれを期待してここに来たんだろ?
強い相手を自分の力ぶっ潰したいんだろ?
ならやろう。
思いっきり潰し合おう。
同じ獣の匂いを持つ者同士なんだから。
4
どれだけ楽しい時間であろうと終わりが来る。
そしてそれは総じて唐突に訪れるものである。
「むぅ‼」
宗一の折り畳んだ右脚が志波の顎に向かって跳ぶ、志波はそれを察知し片手で顎にガードを固める。
ミシッ‼
手で受けた筈であった。
しかし衝撃が走ったのは股の間であった。
「っがは……ふっ」
志波の肺にあった空気が口から洩れる。
軌道は確かに顎に向かってはいたが折り畳んでいた脚を途中で開き志波の股間を蹴り上げたのだ、無論普段の志波であれば反応できたであろうが幾多にも張り巡らされた打撃が志波の判断を鈍らせたのである。
ガクンと体制を崩した志波を逃す宗一ではない。
グワッと上から殴りぬける。
確かに来る感覚。
志波のがら空きの頭部に拳を打ち下ろせば勝利が確定する。
その時であった。
スカを食うというのはこの事だろう。
確実にヒットするはずの拳は志波の頭部に当たらず空を切った。
代わりに宗一の手首を志波が掴んでいた。
―骨掛け
効いていない技を効いているように見せられた。
志波に敢えて頭部を見せたのはワザとだったのだ。
一転して景色が流れる。
手首
腰
股間
志波の体に衝突した感覚が辛うじて自分が投げられている事を認識させた。
「ギッ……」
言葉にならない声が宗一の口から漏れ出る、ブチッともゴキッとも腕から聞こえる、投げに入った時に掴んでいた腕に捻りを加え宗一の腕をへし折ったのだ。
受け身を取らなければ。
痛みに耐え、そう思考する宗一の中に一つの記憶が閃光の様に駆け抜けた。
不味い無理だ‼
それは宗一が志波にラッシュを仕掛けた時にサークルの外に追い込んだという事実である、ここは5・6本の松の木が円を描くように植えられている場所であり志波の後ろは松の木が生えているのである。
つまり松の木を背負っている志波が宗一を後ろに投げると言う事は松の木に叩きつけられるという事であった。
ダァン‼
宗一に走る衝撃は松に叩きつけられる痛みではなく、木に脚を打ち付ける衝撃であった。
拘束されていない自由な脚で肉体を加速させ本来は背中から叩きつけられる筈のポイントを脚に変えたのだ。
ゴシャリと志波の首に肘を叩きつける、腰の入っていない手打ちであったが志波を崩すには充分であった。
落ちると同時にゴロゴロと転がって志波から距離を取ろうとする。
「っ……⁉」
眼前に迫るのは志波の脚。
世界がスローモーションに見える。
運動靴の紅い紐。
靴が土で所々汚れている。
何度も蹴ったのだろう靴の側面がボロボロに削れている。
避けるのは無理‼
体制は変えられない‼
負ける‼
確実に‼
1秒足らずで顔面1㎝の所まで迫っている。
やるしかない‼
やれんのか‼
否、できなきゃ死ぬ‼
受け切れ‼
何度も師に教わっていた理論で‼
鼻に脚が接触する瞬間、全神経をそこに集中させた。
「邪ァ‼」
裾に指を掛け捻り上げる。
逆の腕で膝関節を掌底で破壊する。
ミシミシと音を上げて折れる。
―脇固め
そう呼ばれる技であった。
本来は名前の通り腕に対して掛ける技であったが今回は違う、その技の原理を脚に対して応用した発展系であった。
「……翼断ち」
宗一は地面に倒れ込んだ志波を見下ろし志波が動かない事を確認する、使った技の名前を確かめるように噛み締めるように呟く。
勝った……そう確信した瞬間。
最早残心すら取ることすら敵わず宗一は膝から崩れ落ちた。
5
時間にして10分にも満たない闘いであった。
もはや宗一も立ってる事が限界といった状態であった。
顔を上げるとそこには立会人の男がいた。
「素晴らしい闘いでした……初めて見ましたよ、あの技を実戦で使われたのは」
男は志波の状態を確認するとこちらを向いた。
噛み締めるように、感極まったといった様子で言葉を投げる。
色白な肌を少しだけ火照らせ目を潤ませている、綺麗な形をしている鼻を少し膨らませて興奮している、まるで男性を夜伽に誘う女性の様な表情であった。
「志波先生は問題ありませんよ、私が責任をもって送らせていただきます」
男は志波流の闘いには興味がない様子である、というよりも自分の内面を悟られないようにしているのだろうか、足早にこの場を去ろうとしていた。
「貴方とはまた個人的に会いたいものですね」
「なんなら今から戦ってもいいんだぞ」
受け言葉に買い言葉という物か、宗一の方から男を煽った。
「勘弁してくださいよ、人が悪いな宗一さんは」
満更ではないのだろう、男は志波を抱えて帰路に向かう。
「だって今やったって宗一さんの全力が楽しめないじゃないですか、勝って当然の闘いなんてセックスの代わりにダッチワイフに腰を振るようなものです、不満ばかりが溜まって欲求が満たされない」
男は語る。
「……ですが何時か宗一さんのその顔をグチャグチャに汚してあげたいですね」
『天川あまがわ 加月かづき』
振り向きざまに獣の顔を見せ。
男はそう名乗り去っていった。
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