第50話 王家の血
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姫から無限の魔力を供給され、大魔法を炸裂させつづけるルビーチェ。
鏖殺の剣を振りかざし、その前に立つすべてのものをなぎ倒すグレン。
たった二人に蹂躙され、たちまち簒奪王の大軍勢は崩壊した。
もはや戦う気力も消し飛び、逃げ惑う兵士たちを目の当たりにして、アルベルトは傍らに叫びたてる。
「ええい、はやくせんかっ!」
地団駄踏んで叫ぶアルベルトの視線の先。
布の覆いを外されて、黒光りする巨大な半球状の物体がその姿を現していた。
黒光りしたそれは、機械のようでもあり、生物のようでもあった。
輪郭は、ある種の甲虫のようでもある。
兜のような、つるりとした半球状の本体から、まるで槍のような、尖った巨大な角が前方に突き出している。角の両側には、円型の穴がいくつか、呼吸口のように、ぽっかりと開いている。
側面には、銀色の巨大な歯車が一つずつ、車輪のように取り付けられていた。
そして、覆いの下からは、グネグネした、いくつもの節のある脚らしいものが、何本も、まだらんと伸びて、地面に広がっていた。
このものを取り巻くように魔法陣が描かれ、魔法陣を構成する線の結節点には、今、それぞれ、動員した魔導士たちが立って、必死の形相で呪文を詠唱していた。
禁断の呪言が、形を持って魔法陣からたちのぼる。
ゆらゆらと揺れる、その異様な古代文字が、皆の目に見えた。
古代文字は、その黒光りするモノに絡みつき、吸い込まれていく。
「
塔からこれを眺めて、ルビーチェがつぶやいた。
ルビーチェは、このモノを知っていた。
ルビーチェはだいぶ前に、今は亡き前王の命により、王宮の武器庫の奥に、はるか昔より眠っていた、謎の装置を調べたことがあったのだ。
その結果判明したのは、これこそが古い記録にのみ記されている魔導兵器「
それは、いったいどのような超絶の技術がなせる技か、魔物の生体部分をその一部に部品として組み込んで造り上げた、究極の兵器だった。機械と魔物の
「だが、果たして、やつらでうまく動くかな?」
ルビーチェは、疑うような口調で続けた。
この兵器を動かすためには、膨大な魔力と、精妙な魔法技術を必要とする。
今のルビーチェなら、その魔力と技で、一人で動かすことも可能かもしれないが、他の魔道士にはとうてい無理だ。
アルベルトにもそれは分かっていた。
そのため、アルベルトは、集められるだけの魔道士を動員し、引き連れてきた。数の力で破滅の車輪を動かそうというのだ。
そして、その試みは、じっさいに成功しつつあった。
ぽっかり開いた呼吸口の奥に、ポッと赤い火が点り、
ボフーッ
ボフーッ
ボフーッ
蒸気のような白い息が、何度も吐き出される。
ギリ……ギリ……ギリ、
ギュイイイイイインン!
軋むような音を立てながら両脇の銀色の歯車が回転をはじめ、速度を増していく。
「よおし、いいぞ、いけーっ!」
アルベルトが、歓喜の叫びをあげた。
ビシビシと不気味な絡み合う音を立てながら、下部の無数の脚が地面に突き立ち、そして、兜のような本体を、高く持ち上げていく。
その高さは十数メイグ。
塔の残存部分にほぼ等しい大きさだった。
とうとう
「ほう、
ルビーチェが感心したように言う。
だが、いったんは立ち上がったものの、まるで下手な操り人形のように、その動きはぎこちない。
ぐらり、ぐらりと傾き、脚もがくりと折れ曲がり、そしてまたかろうじて持ち直すありさまだ。
やはり、多人数でこれを操作しようとするところに無理があるとしか言いようがない。
そして、
「ぐううううぅ」
うめき声をあげて、一人の魔道士が膝をついた。
その顔がみるみるしわだらけになり、まるで枯れ木のように崩れた。
魔導機械に、魔力はおろか、生命力までを吸い取られてしまったのだろう。
「なにをしておる、馬鹿者、力をふりしぼれっ!」
アルベルトが、顔を真っ赤にしてどなるが、次々と魔道士は倒れていく。
存在のすべてを吸い取られて塵となる。
しかしそれでも魔導機械を動かすための魔力が足りない。
立ち上がっていた破滅の車輪が、とうとう、ぐらりと傾くと、
ドズウウウウンン!
地響きをたてて、横転した。
「うあああああっ」
そして、その巨体が横転した先には、叫び立てるアルベルトがまさに立っていたのである。
アルベルトの太った身体は、自業自得、巨大な破城の車輪の下敷きとなった——かのように見えた。
だが、ルビーチェの鋭い目は、見逃さなかった。
棒立ちになったアルベルトが下敷きになる寸前、本体の下から延びた触椀が巻き付くと、驚くべき速度で手元に引き寄せていたのだ。
アルベルトは下敷きとなるのを免れた。
だが、それはけして、幸運とは言えない。
触腕に引き寄せられた先、破城の車輪の下部には、ギザギザの歯が生えた円形の口がひらいていた。
触椀は、アルベルトをその口の中に放りこむ。
「ギャアアアア」
鋭い歯をもった円形の口が、波打つように収縮し、アルベルトの叫びと、そして人体が噛み砕かれる音が響いたのだった。
94)
「ああ、やつもとうとうお終いか……まあ、当然の報いだな」
その無残な光景を目にして、ルビーチェがつぶやくと、
「いえ、ちがいますわ、ルビーチェさま」
と、傍らのモルーニア姫が言った。
「えっ?」
姫に指摘されて、横転した魔導機械に目を戻すと、
ビグリ
ビグリ
ビグリ
魔導機械、破滅の車輪のたくさんの脚が、痙攣するように動いた。
ビインといったんまっすぐに伸びた。
そして、さきほど魔道士たちに操られていたときとはうってかわった滑らかな動きで、するっと姿勢を立て直した。
姫とルビーチェに正対した、兜のような面に開いたいくつもの穴の、その奥から白いものがズルズルと押し出されてくる。
「あら、まあ」
姫が声をもらした。
ルビーチェも息を呑んだ。
アルベルト。
その白いものは、まぎれもなく簒奪王アルベルトの顔だった。
アルベルトの顔が、無残に歪んで、それぞれの穴から顔を出す。
おぞましい光景だ。
「キイイイイイイイイッ!」
いくつものアルベルトの顔が、同時に奇声を発した。
その目、その表情には、もはや理性の欠片も残ってはいない。
アルベルトは完全に魔導機械の一部と化していた。
すっくと立ち上がった破城の車輪は、姫とルビーチェ、その二人が立つ塔に向かって、一直線に、たくさんの脚をガシャガシャと動かしながら、驚くべき速度で突進を始めた。
「あんな男にも、やはり、王家の血は流れているのです。つまり、魔の血が」
姫が言う。
「そうか……それで、魔導機械にとりこまれ、機械を駆動する原動力となって……」
アルベルトにも流れる、王家の血。それはつまり、魔の血である。
魔物から構成される魔導機械は、その王家の血に反応し、それを取り込み、それを駆動力として、今や十全に機能を発揮した。そして、その魔導機械を突き動かす衝動は、アルベルトのもつ憎しみの念。すなわち、姫を殺し、ルビーチェを殺す、ただそれだけを目的として。
アルベルトの欲望と一体化した
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