第46話 斥候たち
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日は暮れかかり、宵闇がせまる。
急速に暗くなる空と地を背景にして、黒々と聳えるかたまりは、ブラーナの塔。
今、その塔に、闇にまぎれ、じわじわ接近する影たちがあった。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
彼ら四人は、みな、訓練を積み、身体能力を極限まで高めた有能な
軍命により、斥候として送り出されていた。
本隊が到着する前に、いちはやくブラーナの塔を探り、状況を見極めて報告する。
そして、もしそこに、ルビーチェ、グレン、モルーニア姫を発見し、その機会が得られれば、殺害するのが、彼らに与えられた任務であった。
塔の周りには、ずんぐりした卵形の岩の塊が散在していた。いや、それはただの岩ではなく、独特な意匠で彫られた、石人像であった。人をかたどった物だけではなく、動物や、あるいは魔物を表現したものもある。これらは、いにしえ、何かの崇拝の対象であったのかもしれない。
となると、このブラーナの塔も、信仰のための聖なる塔だったのだろうか。
ともあれ、暗殺者たちは、地を這い、草木に紛れ、石像を隠れ蓑として、塔に忍び寄って行った。
その時、塔の、下から三層目にあたる辺りで、チラチラと光が瞬いた。
光の揺れる様子から、内部で火が焚かれているようだ。
(あそこか!)
暗殺者たちは、目配せをして、さらに塔に接近する。
そして、首尾よく、塔の外壁にとりついた。
崩れてでこぼこになった外壁を、するすると登っていく。
やがて、第三層の、今は半ば崩れてはいるが、かつてはテラスを持った大きな窓であったところに到達する。
うずくまり、気配を殺して、中の様子をうかがった。
(……いた!)
がらんとした広間の奥で、焚き火が燃えていた。
炎がユラユラと揺れる。
そして、その炎の明かりに照らされて、美しい女の横顔があった。
女は、焚き火の前に置かれた瓦礫を椅子のようにして腰かけ、炎を見つめていた。
モルーニア姫に紛れもなかった。
(やはり、生きていたのか、モルーニア姫は)
暗殺者は、神経を極限まで張りつめ、探索のスキルを使って、他の気配がないかを調べた。
しかし、彼らの超感覚に触れてくるものはない。
あの二人は、ここにはいないようだ。
そう暗殺者たちは結論づけた。
姫のために獲物でも狩っているのか、それとも我々とは逆にアルベルト軍本隊の様子を探りにいったものか。
いずれにせよ、これは絶好の機会だ。
ここにいるのは、か弱い姫一人だけだ。
訓練を積んだ暗殺者に、ただの小娘にどんな抵抗ができようか。
(もらった!)
殺意を滾らせ、暗殺者はいっせいに窓から躍り込んだ。
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だが、広間に飛びこんだ彼らは、その場に立ち竦むことになる。
侵入者に気づいたモルーニア姫が、彼らに顔を向けた。
流れるような金髪、そして榛色の瞳。
美貌のモルーニアは、襲撃者に動じる様子もなく、
「あら、お客様かしら?」
静かな声でいった。
穏やかな口調ではあったが、その声には、人のものとは思われない、尋常ではない威圧が含まれおり、これまで幾多の残酷な任務をこなしてきた彼らでさえ、おもわずひるんでしまったのだ。
それでも、訓練を積んだ暗殺者たちは、自らを奮い立たせ、
「モルーニア姫、死んでいただく!」
そう叫んで、暗器を構えて突進する。
モルーニア姫の瞳孔が開き、そして赤く光った。
ごおおおおおおおおおおうううう!
その唇から、塔の石組みをも震わせるような、凄絶な雄叫びがほとばしった。
その咆吼は、ほとんど物理的な力をもって、姫に近づこうとした暗殺者たちを叩きのめした。
「うわわわっ!」
「ひいっ!」
魂を消し飛ばされ、暗殺者のうち二人は腰砕けとなり、その場に尻餅をついた。
かろうじて、一人だけが、ブルブル震えながらも、取り落としそうになる暗器を両手で支えて、慣性の力だけで姫に向かっていく。
だが、その暗殺者の刃が姫の身体に触れるよりもはやく、姫の片足が一閃した。
「ぎゃあっ!」
姫の足に生えた鋭い爪が、男の身体をやすやすと引き裂き、男はぼろきれのようにくずおれた。
「姫さま、おみごと!」
広間の暗がりから、ぬうっと現れた巨漢、グレンが、嬉しそうに言った。
おそるべし、グレン。
この男は、気を操作し、完全に気配を消していたのだ。手練れの暗殺者がスキルをつかっても、発見できないほどに、その存在を消して、はじめから広間に潜んでいたのだ。
「な、いったとおりだろ、姫さまは、じゅうぶん、自分の身を自分で守れることを証明したじゃないか」
グレンに呼びかけられ、また別の暗がりから、滲み出るようにルビーチェが現れる。ルビーチェもまた、その魔法を使い、完全に存在を消していた。その状態のルビーチェを見つけることをできるものは、おそらくこの王国にはいないだろう。
「いや、グレン、それはそうなんだが……」
ルビーチェの返事は不満そうだ。たしかに、半人半魔の現在の姫は、例え相手が優れた暗殺者であっても、歯牙にもかけないほどだ。それは確かに明らかではあるが、それでも、姫の身体に刃物が近づくなどということは、ルビーチェにとっては苦痛でしかないのだ。
「ああ……はずかしいですわ……殿方を足蹴にするなんて」
と、今はまた、榛色の瞳にもどった姫が、顔を赤らめて言った。
「わたくし、すこしばかり淑女らしからぬ振る舞いでしたかしら」
「そんなことはありません! こんなヤツら、足蹴にされて当然だ」
すかさずルビーチェがいい、グレンが笑った。
「ば、ばけものだっ」
ルビーチェに捕縛されながら(もちろん、怒り燃えたルビーチェに、散々痛めつけられたのちであるが)暗殺者が、うめいた。
この連中は、姫も含めて、人とは思えない。
自分らは、なんてものを相手にしてしまったのか……。
「さて」
と、グレンが言った。
「一人、逃げたな」
そう、四人いた暗殺者のうちの一人だけが、状況を見て取り、踵を返して逃げていったのだ。的確な判断と言えるだろう。相手が、並みの人間ならば。
「ちょっと、始末してくるわ」
グレンの身体が、風のように素早く動き、そして躊躇いなく窓から、地上に飛び出した。
ややあって、獣に襲われたかのような叫び声が、草原に響き渡った。
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「おかしい……」
どれほど待っても、斥候が帰ってこない。
手練れの暗殺者を四人も送り出したのだが、一人として戻らない。
部下から報告を聞いたアルベルトは、
「役立たずどもが……!」
と、忌々しげに吐き捨てたのだが、指揮官たちの間には、
(なにがあったというのか……?)
焦りと、そして恐れが広がっていったのだ。
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