第42話 鏖殺の剣
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ルビーチェが、渾身の復元魔法を開始した、その時。
洞窟の魔気がルビーチェに引き寄せられ、魔法陣によって変換されて姫の復元のために使われていく。
そこまではよかった。
だが、使っても使っても際限なく湧き出す魔気を見ながら、グレンが言った。
「ルビーチェはよくやっている……が」
シャスカもうなずいて言った。
「この地の魔気を制御しきるのは、無理だな」
「となると」
グレンが、なにか言いたげにシャスカを見る。
「ああ、わかってるよ、グレン、わかってるって。くそっ」
「しょうがないだろ、シャスカ。お前だって、あの可憐なお姫様と、ひたむきなルビーチェを助けてやりたいだろう」
「それはそうなんだ、それはそうなんだがな、わたしが嫌なのは、わけのわからないうちに、そうしなきゃならない羽目に陥ってることなんだよ!」
シャスカの言葉は、いつの間にか、「おれ」から「わたし」に変わり、そして、口調には、見かけの年齢にそぐわない深みが、隠しようもなくにじみ出ていた。
「お前と、わたしを、こんなふうに誘導するやつが」
シャスカの視線が、ちらと上に向かった。その眼差しは、洞窟の天井を突き抜け、もっと上、天空のその向こうを指していたのだ。
「この世界の後ろにいることが気に入らないんだよ」
「ふん」
グレンは、割り切った顔で言った。
「とにかく、いまは姫さんをなんとかしてやろうぜ、やるぞ、シャスカ」
「ああ……もう……わたしは、どこかで静かに朽ちていきたいんだがなあ……平和主義者なんだよ、生まれついての」
なおもぼやくシャスカの右肩を、向かい合ったグレンの左手が、がしりと掴んだ。
グレンの右手は、シャスカの頭に伸ばされた。
手首をまわし、親指を下にして、その頭蓋骨を、がっしりと掴む。
シャスカの頭は、余すところなく、グレンの大きな手に覆われてしまった。
「むうん!!」
そして、気合いとともに、グレンの腕に力がみなぎり、筋肉がふくらむと、その右手が、シャスカの頭を握ったまま、持ち上がる。その間も、グレンの左手は、鋼鉄のように、シャスカの肩を固定している。
「ぐうううううっ!」
シャスカの声なき叫び。
そして、
ベキベキベキ!
ズズズズズッ!
骨が砕け、肉がちぎれるような、凄まじい音をたてて、シャスカの頭部が、身体から引き抜かれた!
頭部と、首の赤い輪が、シャスカの身体から離れていく。
そして、頭部につながる脊椎も、身体からずるずると引き出され、あとに残されたシャスカの首から下は、奇怪なことに皮一枚の、薄い袋となって、グレンの左手に残った。
その間に、グレンの手に握られたシャスカの頭部は変形して細長く伸び、黒い柄となった。柄には、よく見れば、大きく口を開け、まるで叫びを上げているかのようなシャスカの顔が、地紋となって浮かび上がっているのがわかるはずだ。
シャスカの首輪は平たく広がり、血のように赤い鍔となった。
そして、シャスカの体内から引きずり出された背骨は、そりかえり、禍々しい暗赤色の輝きを放つ刀身となっていたのだ。
グレンが左手を離すと、皮一枚のシャスカの身体は、へなへなと崩れ落ち、そして地面に着く前に四散した。
グレンは、右手の剣を高く掲げた。
鏖殺の剣。
なんぴとも、この剣に抗うことあたわず。
恐るべき魔でさえも、一刀のもとに切り捨てる。
この剣に刃向かうものはすべて命を失う定めの、皆殺しの剣――。
そう、鏖殺の剣こそが、逃げ続ける男、シャスカの本体であったのだ。
「ルビーチェ、お前はここで待っていろ、おれたちならできるんだ」
「
姫への魔法に一心に集中し、そのとき背後で起きていた、このシャスカの剣への変身を知らないルビーチェはグレンに言われ、訝しげに聞いた。
「……そういやシャスカがいないな、どうしたあいつは」
「うむ、それもあとで説明するよ」
グレンはそう言うと、鏖殺の剣を手に、のしのしと姫のもとに歩み寄った。
ガアアアアッ!
翼をひろげ、鋭い爪の生えた両手を振りかざして、姫が威嚇する。
その完全に開いた瞳孔には、今、狂気の色しかない。
しかし、かまわずグレンは、姫に近づく。
そして、鏖殺の剣を大上段に構えた。
ギャアッ?
僅かに姫がたじろぐ。
魔気の奔流は、洞窟内を荒れ狂い、姫に吸収され続けている。
オオオオウ!
魔気がふたたび姫の狂気を勢いづかせ、姫は一声叫ぶと、グレンに向かって踏み出した。
「はああっ!!」
裂帛の気合いとともに、グレンは剣を振るった。
剣は、颶風のように、足を踏み出しかけた姫の周りの空間を三度なぎ払った。大気が、まるで固形物のように切り裂かれる。
「おう……と……とまった」
ルビーチェが驚きの声を上げた。
いかなる業か、グレンの振るった鏖殺の剣は、魔気の流れを完全に断ち切り、姫の周辺から霧散させてしまったのだ。
姫の目が、ぱちぱちと瞬きした。
その瞳から狂気が消える
姫は目を閉じると、両手をだらりと垂らし、ぐらり、祭壇の上から倒れかかってきた。
そのからだを、地面にぶつかる前に、すばやく駆けよって抱き留めたのはルビーチェであった。
もちろん、姫の直前にいたのはグレンであり、グレンにも、わけなくできることではあったが、あえてグレンは手を出さず、ルビーチェに任せたのである。
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