第28話 レイピア

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 グレンは殺到する兵士たちをなぎ倒し、暴れに暴れていた。

 グレンの周りには、倒れ伏した兵士の体が山を作っている。


「さて……ルビーチェは、そろそろかな」


 殺気立つ戦場で、グレンは、気負いもなく、そんなことを呟いた。

 そして、磔刑の太い柱に手を当てた。

 柱からは、緑色に変色し膨れ、骨の一部を露出させて悪臭を放つ汁が滴る、女性の手首の部分だけが、ぶら下がっている。残りの身体は、腐り果てて、地面に散らばり、もはや原型をとどめていない。


「かわいそうなことをしやがって……」


 剛腕がうなり、太い金属の柱はへし折れた。

 おそれをなしたのか、兵士たちは後退し、今、グレンの周りには、広く空間ができていた。


「こいつ、化け物か……そのまま、いったん距離をとれ。それから、おい、あれを持ってこい!」


 副官が指示を出し、傍らの兵士が数人、武器庫に走った。

 そして、木箱をいくつも運んでくる。

 グレンの暴威が届かないところまで下がった兵士たちに、木箱からとり出された武器が渡されていく。


 ブゥンブゥンブゥン


 受け取った者たちは、その武器を、絶縁体の皮手袋をはめた手でつかむと、振り回し始めた。

 棘の生えた三つの鉄球を、三又になった頑丈な鎖の端にそれぞれ取り付けた武器である。

 鎖の要になった部分を持って、頭上でぐるぐると振り回している。

 遠心力で鉄球が空気を切り裂く。

 これはボーラーと呼ばれるものだ。

 もともとは狩猟の道具として使われていたものであったが、やがて武器としても活用されるようになったのだ


 ブゥンブゥンブゥン


 唸りをたてて回転する、鉄球。

 これを投げつけられると、刺のある鉄球が回転の勢いのままに激突し、深甚な傷を負うとともに、鎖が手足に巻きついて、その動きを封じられる。両足に絡みつきでもしたら、まともに立っていることもできないだろう。

 ただそれだけでも、十分強力な武器である。

 だが、攻め手の作戦はそれだけではなかった。

 ボーラーを回す兵士たちの後ろで、数人の魔導師が呪文を詠唱する。


 バジッ、バジッ!


 鎖と鉄球に青白い火花が散る。

 魔導師が、ボーラーに雷魔法で、電撃を載せているのだ。

 この状態で獲物の身体が、鉄球か鎖にわずかでも触れれば、そこから高電圧がながれ、電撃の威力でたちまちに感電し黒焦げだ。


「おいおい、おれは、とうとう魔獣扱いかよ」


 グレンが鼻で笑った。

 たしかに、これは凶暴な魔獣を、軍隊が制圧するための戦術だ。

 嵐のようにあばれまわるグレンを、もはや人間と見なすのをやめたらしい。


「やれっ!」


 副官が投擲を命ずる。


「おうっ!」


 四方八方から一斉に、グレン目がけて、電撃の火花を光らせたボーラーが、回転しながら降り注ぐ。


 ガジャリ

 ガジャリ

 ガジャリ

 バジバジバジバジッ!


 グレンの身体にボーラーが激突し、そして鎖が回って、手に、脚に、首に絡みつく。

 その瞬間に、青白い電撃がはじける。

 きな臭いにおいが満ちて、グレンの髪が、静電気で、炎のように逆立った。


「やったか?!」


 だが。


「フンッ!!」


 グレンが全身に力をこめると、筋肉が膨れ上がり、


 ビキビキビキッ!


 絡みついた鎖が引きちぎられて、ボーラーはすべて地面に落下した。


「はっ、こんなもんかよ」


 平然と言うグレンに、皆はあっけにとられた。


「どけ」


 副官を押しのけ、グレンの前に出てきたのは、守護である。

 頑丈そうな鎧をつけた守護の体格は、さすがにグレンほどの大きさはないものの、それでも常人よりは頭一つ大きい。筋肉もみっしりとつき、鍛えられた武人であることがわかる。

 守護は、両手に刀を持っていた。

 かなり細身で、確かに刀身の両側に切れ味の良い刃がつけてあるので、もちろん敵を叩ききることもできるが、レイピアの特徴は、その鋭く研がれた先端である。

練達の武芸者によって、眼にもとまらぬ速さで繰り出されるレイピアの切っ先は、金属の鎧も、魔獣の硬い装甲も簡単に貫き、急所を突き破り、致命傷を与えるのだ。

 それを両手に一本ずつ。珍しい二刀流だった。

 守護がレイピアを軽々と振ると、空気をきる、ひゅうっという鋭い音が響く。


「ほう、あんた、なかなか鍛えてるようだな」


 グレンがその様子をみて、面白そうに言った。

 守護も、グレンに、


「その武勇、たいしたものだが――ここまでだ。おい、戦士」


 落ち着いた声で言う。


「――ここにきても、まだ素手なのか。望むなら、こちらで剣を用意してもよいぞ」

「なっ!」


 思いもかけぬ主君の提案にうろたえる副官を、守護はぎろりと睨んで黙らせた。


「お前の希望する得物を、なんなりと持ってこさせるが、どうだ?」

「あんた、たいへんな自信だな」


 グレンが答える。ますます嬉しそうな声だ。


「お気持ちはありがたいが、おれはこれでいい。訳あってな」

「そうか……では、いくぞ」


 その言葉が消えないうちに、守護の身体が動いた。

 神速の動きである。

 正面からグレンに接近し、するどくレイピアが繰り出される。


「むうっ」


 グレンの腕が、迫るレイピアを横からはじく。

 その動きで空いた体の正面に、すかさずもう一本のレイピアが突き出される。

 二本のレイピアを操る守護の動きは滑らかで、相当な技の持ち主であることがわかる。

 しかし、最初のレイピアを撥ねたグレンの腕がねじられ、回転して持ち上がった肘が、もう一本のレイピアをとらえ、腕で挟み込んで、動きを止めた。

 その瞬間、グレンに弾かれたレイピアが円を描いて、横から肋間を突き通そうと近づく。

 グレンは巨体に似合わぬ動きで体を回転させて、レイピアをやり過ごす。

 はためいたグレンの上衣が、鋭いレイピアの先端に切り裂かれた。

 次々と繰り出される守護のレイピア、それはその一撃ごとに、十分に敵をしとめるだけの威力をもった必殺の打突であるが、それをグレンは悉くかわしていく。

 守護とグレン、どちらも驚くべき手練れというほかない。

 

「なかなか、届かぬな」


 距離をとった守護が感心したように言った。


「あんた、やっぱり、たいしたもんだね」


 グレンも答えた。

 守護はその後も、鋭い動きでレイピアを繰り出すが、グレンをとらえることはできなかった。


(驚くべき強者……やむを得ぬ。こうなったら、あれを使う他になさそうだ)


 守護は、自分の刃風をことごとく見切るグレンに、覚悟を決めた。


「戦士よ、では、これならどうかな」


 守護がレイピアを水平に構えた。ぎりっと殺気が吹き付ける。


「でやああっ!」


 次の瞬間、裂ぱくの気合とともに、これまでの突きの速度をさらに凌駕する速さで、レイピアが突き付けられる。


「うむっ」


 グレンが、体を後ろにそらす。

 すでに、守護のレイピアが届く範囲は見切っていた。

 続く攻撃に備え、ぎりぎりのところで剣先をかわすつもりだ。

 ところが


(やはりな)


 守護は、内心ほくそ笑む。


「もらったぞっ!」


 守護の手がレイピアの柄を離れた。


 ドウッ!


 そして、柄頭に移動した守護の掌に爆炎が発生した。守護は、自らの掌で、炎魔法を爆発させたのだ。

 その圧力によって、レイピアが打ち出され、守護の手を離れていく。


「うおおおおっ!」

 ドウッ! ドウッ! ドウッ!

 

 魔力が搾り出され、守護の掌で、次々に火球が爆ぜる。

 連続した爆発の勢いで、レイピアはぐんぐんと加速する。

 しかし、その代償として、守護の手はみるも無惨に焼けただれ、骨も砕けた。今後、使い物になるかどうか分からない。


「おおっ!」


 グレンの目が見開かれた。

 爆発によって前進したレイピアの切っ先が、猛烈な速さで、グレンの心の臓をめがけて伸びていく。

 身体をかわす余裕はない。

 だが、グレンの左手が戻り、大きな手のひらが、レイピアの切っ先を防ぐように、胸の前にかざされた。


(これを防ごうとするか! だが、もう、むだだっ!)


 守護はにやりと口の端を釣り上げた。


 ずぶり!


 レイピアの鋭い先端が、グレンの手のひらを突き通していく。

 甲から突き抜けて、そして胸に潜り込もうと――。

 しかし、


「おうっ!」


 グレンがレイピアに突き通された左手を握りしめ、その瞬間に、レイピアの前進はぴたりと止まった。

 まったく動かない。

 なんと、守護の渾身の一撃を、グレンは左手の筋肉の収縮で押しとどめてしまったのだ。


「げふうっ!」


 唖然とする守護の腹に、グレンの前蹴りが炸裂した。

 金属の鎧も、鍛えられた筋肉も、その常軌を逸した破壊力の蹴りの前に、なんの役にも立たず、大柄な守護の身体は吹き飛ばされ、立っていた兵士たちを何人も巻き込んで、ごろごろと転がっていった。


「う、ううう……」


 さすがに鍛え上げていた守護は、グレンの蹴りをくらっても死ななかったようだが、うめき声をあげたまま、横たわって動けない。

 副官があわてて駆け寄る。

 そのとき、


「グレーンっ!」


 グレンを呼ぶ声がした。

 見ると、長城の城壁の上に、ローブを脱いだルビーチェが立っていた。

 脱いだ黒いローブにくるまれた何かを、横抱きに抱きかかえている。

 そして、ローブからのぞいて、ルビーチェの首にまわされているのは、白い腕。

 

(ルビーチェはうまくやったようだな)


 よし、俺の仕事は終わり。撤退だ。

 グレンは、城壁に向かって駆け出した。


「まてぇ……」


 呻きながらも、まだ、グレンをとどめようとする守護に、グレンは


「やめときなよ。これ以上兵隊が減ったら、あんたら、この町を魔物から守れなくなるぜ」


 そう声をかけ、そして、城壁に飛びつく。

 グレンは、あっというまに、手掛かりなどほとんどないはずのの壁をよじのぼり、ルビーチェの横に並んだ。

 二人はそこでうなずきあうと、ためらいなく、高さ二〇メイグはありそうな城壁から飛び降りて、見えなくなった。

 城砦の外――穢れの谷に向かって。



作者敬白:3月30日に公開した第28話「レイピア」ですが、内容を一部変更しました。4月1日に公開したものが、差し替え版です。大筋に変更はありませんが。

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