第27話 持ち上がった、その腕
49)
扉が開いて、倒れかかってきたものを、ルビーチェは優しく抱きとめた。
それは、首のない女性の身体であった。
首の切断面は滑らかで、切り口から筋肉や脂肪、血管や気管が剥き出しとなっているが、一滴も血はこぼれていない。
身にまとうのは薄衣だけで、それもぼろぼろに破れていた。
泥にまみれてはいたが、それで、その身体の美しさは輝くばかりで。
流れるような身体の曲線。形のよい胸。すらりと伸びた手足(しかし、どちらも片側しかない)
(すまない、姫さま。これはおれのせいだ)
ルビーチェは、無惨な有り様に、自分を責め顔をゆがめた。
姫の身体は大人しくルビーチェに抱かれていた。
ルビーチェは、その身体の温かさ、柔らかさを感じた。
心臓の鼓動を感じた。
——姫は、生きている。
その白くたおやかな右腕を、ルビーチェは下から支えるように持ち上げ、自分の顔に近づけた。
小さな拳は、痛ましく傷つき、血にまみれていた。
さきほどまで扉を激しく叩き、壁を殴りつけていたからであろうか。
しかし、このきゃしゃな身体と拳で、はたして、この頑丈な扉が歪み、地下牢が震えるほどの、強烈な打撃をうみだせるものであろうか?
そこにはなにか異常なものがあった。
ルビーチェは、その拳をそっと自らの手のひらでつつみ、そして魔法を詠唱する。
光がこぼれ、その手が離れたとき、もう傷は無かった。
最上級の治癒魔法が使われたのだった。
ルビーチェは、ローブを脱ぐと、それで姫の身体をていねいに覆った。
そして、横抱きに抱き上げた。
すると、おどろくべきことが起こった。
首の無い身体の右腕がゆっくり持ち上がり、そしてルビーチェの首にまわされた。
それはまるで、自ら進んで、ルビーチェにしがみつくかのようであったのだ。
「さあ、行きますよ、姫」
ルビーチェが言って、片手を伸ばす。
床に落ちていた杖がひとりでに宙を移動し、その手に収まる。
ルビーチェは、姫の身体を抱いて、通路を戻りはじめた。
50)
広場に吊るされていた、腐った死体は、替え玉であった。
ある時点から、本来吊るされていた姫の身体に異常が生じたのだ。
身体がびくびくと痙攣をはじめ、やがて、それは、残っている片腕と片足をふりまわして暴れ、おどろくべき力で鎖を引きちぎらんばかりになった。
さすがにこの状態のまま、吊るしておくことはできなかった。
しかし、簒奪王の権力に逆らったことへの見せしめとして、そして、さらには、身体を取り戻しにくるというルビーチェへの囮として、姫の身体は広場に晒されていなければならなかった。
そこで、若い女性の死体が、こっそり用意された。
死体は、姫と同じに、首と、片腕、片足を切り落とされ、そして吊るされた。
本当の姫の身体は、城の地下牢の最奥部に、厳重に封じられた。
だが、替え玉は、しょせんただの死体でしかない。
日が経つにつれて、腐敗が進んでいくことだけは如何ともしがたかったのだ。
それでも、屍は晒され続けた。
組織が腐り、分解し、異臭が城内に漂い、人々は閉口したが、上からの厳命により、そのまま置かれつづけていたのだった。その役目が終わるときがくるまで。
そして今、ルビーチェとグレン、魔導士と戦士が、ゾトにたどり着き、偽りは暴かれる。
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