第25話 開門
44)
白昼である。
「きっ、来ましたっ!」
守護は、昼食をとっていた。魔物の肉のステーキだ。
そこに、副官が息せきって、駆け込んできた。
「なにっ?」
ゾトの守護は、部下の報告に虚を突かれる。
「例の、二人です、魔導師ルビーチェと、巨漢の戦士です!」
「ほかには」
「二人だけです。二人だけで、街道を城門に向かって近づいてきます」
「むう……よし、行こう」
守護は、食事を中断し、立ち上がって、早足で居室から移動する。
部下も、その後にあわてて続く。
城内は騒然としていた。
城門の見張り台から、守護は、城門へと続く街道を見下ろす。
「あれか……」
たった二人、魔導師と戦士が、ゆるゆると街道を進んでくる。
人々は、二人を恐れ、あるいは敬し、道を空けて、邪魔をするものもない。
守護は、二人を鋭い目つきで吟味する。
「たしかに……噂のとおり、か」
戦士の力強い歩みに比べ、魔導師の足下はおぼつかない。
戦士の太い腕が、そんな魔導師を支えて助けている。
魔導師が負傷したというのは確からしかった。
「どうしますか、兵を出して、一気におしつつみますか?」
副官の進言を、守護は却下した。
「まあ、待て。もう少し様子をみてみよう」
「はあ……」
「わしが指示するまで、手を出すな」
いかに、おそるべき魔法と、武の使い手であろうと、たかが二人だけではたいしたことはできないだろうと、守護は余裕をもっていた。その上、魔導師は傷を負っているのだ。
そして、自らも優れた武人でもある守護は、たった二人で、この難攻不落なゾトに、それでも挑もうとする彼らの勇気と覚悟に、感じるところもあったのである。
やがて、魔導師と戦士は、城門にまでたどりついた。
胸壁にずらりと並んだ兵たちの弓が、二人に狙いをつけているが、二人ともそれに動じる気配はない。
「たのもう!」
戦士が、力強い声で言った。
「おぬしら——、魔導師ルビーチェと戦士グレンで間違いはないか?」
「ああ、あんた、よくわかったな」
いや、わからないはずがないのだが、グレンは屈託なく言って、にこりと笑った。
魔導師も、よこでうなずく。こちらは無言だ。
「守護殿とおみうけするが」
と、見上げてグレンが続ける。
「いかにも」
と、守護が答える。
「頼みがあるんだ」
「ほほう、貴殿の頼みとは?」
グレンが、どうどうとした口調で言う。
「姫さまのお身体を、大人しく、われらに引き渡していただきたい」
「ばかなっ!」
と副官が大声をあげた。
「ふざけるな!」
守護はそれを手で押しとどめ
「できぬと言ったら」
グレンが、また、笑みを浮かべた。良い笑いだった。
「ま、おしとおるまでだな」
「こいつ!」
副官が激高している。
しかし、守護は冷静に
「ふうむ……」
と、しばし考えるそぶりをみせた。
「お館様?」
「いいだろう、会わせてやろう」
「ええっ、なにを?!」
驚愕する副官に守護は命じる。
「城門を開け。広場まで、案内してやれ」
「いいのですか!」
「ああ。手を出すなよ」
「お館様!」
「あの二人、あれをみて、どう思うかな。それに、どうせあれは、な……」
そして、副官に小声で命令した。
「あれを見て、動揺したところを、包囲して、討ち取れ」
「はっ! 仰せのままに」
45)
開いた城門をぬけて、二人はゾトの城塞の中に入っていく。
歩く二人に、兵士たちのひりつく視線が集中する。
しわぶきひとつ聞こえず、二人の足音だけが響く。
力強い戦士の足音と、引きずるような弱々しい魔導師の足音だけが。
46)
グレンは、すぐに、その不快な臭いに気付く。
死臭、いや、ここに至っては腐臭というべき、その臭いがあたりに満ちていた。
その臭いのもとが、中央の広場に。
磔刑の柱からぶら下げられた、それ。
もはやぶら下がっているというより、ただその一部がまとわりついて、大部分は土の上に小山となっている、腐り果て、ぐずぐずになってしまった、人の屍。
二人は、無言で柱の前に立った。
彼らを包囲する、完全武装の兵士たちの後ろから、副官がばかにするようにいった。
「どうだ、わかったか、これが、お前たちが助けようとした姫の、成れの果てだ」
そして卑しい顔で笑った。
「いかに大魔導師といえど、これではどうにもなるまい、どうするルビーチェ殿?」
ローブを着た魔導師の表情は、硬く、動かない。
無言のままだ。
「やはり、な」
グレンが静かに言った。
「やはり? どういうことだ」
「とっくに、お見通しだ」
そういって、グレンが、支えていた魔導師の身体を、いきなり放りだした。
「なっ?!」
意表をつかれ、その場のものたちは動けない。
ガシャン!
グレンに放り出された魔導師は、壊れた人形のように、地面にころがっている。
そして、そのまま微動だにしない。
人形のように?
一人の兵士が近づいて、そして叫んだ。
「ああっ、これは!」
「どうした?」
「これは人間ではありません! 木偶人形です」
「なにぃっ?」
副官が声を上げた。
「芝居だったのか? 最初から、一人で?! では、ルビーチェはどうしたんだ?」
動揺した副官の視線が、城内のある方向にちらりと動いたのを、グレンは見逃さなかった。
副官の動揺はしかし一瞬のことで、すぐに副官は、勝利を確信した口調で兵士たちに命令を下す。
「ふん、おそらくルビーチェはもはや戦えないということか? ならば、お前を片づければ、それで終わりだ。やれっ!」
喊声をあげて、武器をかまえた兵士が、グレンに突進する。
だが、グレンは、楽しそうに笑い声をあげ、
「おう、待ちくたびれたぜ、さあ、思う存分、いかせてもらうぞ」
嬉々として、兵士の群れに飛び込んでいくのだった。
「ぎゃあっ!」
「ぐあっ!」
「ひいいっ!」
とてつもない強さ。なぎ倒される兵士。
巻き起こる土ぼこりと、飛び散る鮮血。
吹き飛ぶ人体。
「ええーぃ、いけっ、いけえっ!」
副官が絶叫する。
次々に突撃していく兵士たち。
その修羅場の中で、広場の外れに蹴り出された木偶人形の輪郭が、じわりとにじんだ。
作り物の顔が溶けるようにぶれて。
そして、次の瞬間、そこに現れたのは、紛れもないルビーチェの姿である。
木偶人形こそが、ルビーチェの偽装だったのだ。
ゾトの城内に入るための、二人の作戦であった。
ルビーチェが傷を負ったとの噂を流し、戦力として油断させた上で二人で乗り込む。
乗り込んだあと、城内でルビーチェが自由に行動できるように、木偶人形に偽装する魔術をつかって、兵士たちの意識をルビーチェの存在からそらし、機を見てこっそりと動き出す。
「
グレンの大暴れに紛れ、だれにも気付かれず、ルビーチェは広場を抜け出していった。
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