第24話 噂
43)
噂が、ゾトの町に流れた。
それは、こんな噂である。
——魔導師ルビーチェと、彼に助太刀した謎の巨漢グレンは、モルーニア姫の身体をとりもどすべく、もうすぐそこまで近づいている。
だが、ルビーチェは、ここまでの戦いで負傷しており、容態はかなり悪いらしい。
切羽詰まったルビーチェは、近々命を懸けて最後の勝負にでるつもりだ——。
真偽は定かでない。
ただ、かならずしも根拠のない噂ではなかった。
なぜなら。
その噂の広まる少し前に。
哨戒を続けていた、ゾトの町の兵士団が、町外れの森で二人と遭遇し、戦闘になったのだった。
森に、あやしい二人組がいるとの通報を得て、ゾトの守護は兵士団をおくりだした。
そして、
「いたぞっ! やつらだっ」
森の奥で、火をおこし、今まさに食事を摂ろうとしていた、ローブの魔導師ルビーチェと、大男グレンを発見したのである。
まさか見つからないと油断していたのか、二人は無防備だった。
「むっ?!」
「どうして、ここが?!」
あわてて立ち上がろうとする二人に、
「やれーっ!」
「おおおっ!」
武器を構えた兵士団が殺到する。
「とった!」
先頭の兵士が、振りかぶった剣を、まだ中腰のグレンに叩きつける。
グレンは、避けるどころか、一歩踏み込んで、兵士の振りかぶった腕をつかみ、
ゲグッ!
「ぎゃあっ!」
簡単にへし折った。
剣を奪い取って振り回し、後続の兵士を両断した。
「かこめっ!」
「一度にかかれっ!」
焚き火を蹴散らして、襲いかかる兵士たち。
抵抗するグレン。
「ぐふうっ!」
その横で、ルビーチェのうめき声が上がった。
「むぅ、だいじょうぶか、ルビーチェっ!」
グレンが兵士たちの相手をしている間に、別の兵士がルビーチェに襲いかかり、槍をつきだしたのだ。
鋭い槍がローブを貫いていた。
ぼたぼたと血が滴る。
焚き火の火に、ルビーチェの血がかかり、ジュウッと音をたてた。
「おいっ、ルビーチェっ!」
グレンがさけんで駆けつけ、ルビーチェに刺さっている槍の柄を切り飛ばし、その勢いで兵士を切り捨てた。
「くそっ、やられた……」
うめくルビーチェは、杖を掲げ、魔法を詠唱する。
「水の聖霊よ、凝結し流れくだる雲の峰となれ、霧の梯!」
詠唱と同時に水魔法が発動した。
たちまちあたりは、手で掬えるほどの濃密な霧に包まれ、もはや一寸先も分からない。
「うわっ、なんだこれは!」
「見えない、何も見えないぞ」
「危ない、ばかっ、やたらに刀をふりまわすな」
視界をふさがれ、兵士たちは混乱する。
同士打ちを恐れて、攻撃の手を止めるしかない。
そして、霧が晴れたとき、そこにはもうルビーチェとグレンの姿はなかったのだ。
踏み荒らされた焚き火のまわりには、食べかけの肉やパンがちらばっていた。
グレンに斬りたおされた兵士の死体が、あたりにはごろごろと転がっている。
そして、ルビーチェのものだろう、森の奥に向かう、赤黒い血のあとが、点々と地面に残っていた。
「くそっ逃げたぞ、相手は手負いだ、追えっ!」
兵士たちは、血痕を目印に、二人を追跡した。
しかし、しばらく行ったところで、そのあとはふつりと途切れていた。
血眼になって探し回ったが、けっきょく、二人をみつけることはできず、兵士たちはむなしく引き返さざるを得なかったのだった。
そのあとも何度か捜索の手を伸ばしたが、けっきょく二人は見つからなかった。
しかし、街道を下ってきた商人の中には、偉丈夫の戦士に支えられて、よろよろと歩くルビーチェらしいローブの男の姿を、森の木立越しに目撃したものもいる。
「相当な重傷らしい、あれは——」
人々のなかには、ルビーチェに同情的なものも少なからずいて、その噂に胸を痛めた。最後の勝負に出るという、ルビーチェと、そしてグレンの運命が、けして明るくないことを予想して、肩を落としたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます