第24話 噂

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 噂が、ゾトの町に流れた。

 それは、こんな噂である。


 ——魔導師ルビーチェと、彼に助太刀した謎の巨漢グレンは、モルーニア姫の身体をとりもどすべく、もうすぐそこまで近づいている。

 だが、ルビーチェは、ここまでの戦いで負傷しており、容態はかなり悪いらしい。

 切羽詰まったルビーチェは、近々命を懸けて最後の勝負にでるつもりだ——。


 真偽は定かでない。

 ただ、かならずしも根拠のない噂ではなかった。


 なぜなら。

 その噂の広まる少し前に。

 哨戒を続けていた、ゾトの町の兵士団が、町外れの森で二人と遭遇し、戦闘になったのだった。

 森に、あやしい二人組がいるとの通報を得て、ゾトの守護は兵士団をおくりだした。

 そして、


「いたぞっ! やつらだっ」


 森の奥で、火をおこし、今まさに食事を摂ろうとしていた、ローブの魔導師ルビーチェと、大男グレンを発見したのである。

 まさか見つからないと油断していたのか、二人は無防備だった。


「むっ?!」

「どうして、ここが?!」


 あわてて立ち上がろうとする二人に、


「やれーっ!」

「おおおっ!」


 武器を構えた兵士団が殺到する。

 

「とった!」


 先頭の兵士が、振りかぶった剣を、まだ中腰のグレンに叩きつける。

 グレンは、避けるどころか、一歩踏み込んで、兵士の振りかぶった腕をつかみ、


 ゲグッ!

「ぎゃあっ!」


 簡単にへし折った。

 剣を奪い取って振り回し、後続の兵士を両断した。


「かこめっ!」

「一度にかかれっ!」


 焚き火を蹴散らして、襲いかかる兵士たち。

 抵抗するグレン。


「ぐふうっ!」


 その横で、ルビーチェのうめき声が上がった。


「むぅ、だいじょうぶか、ルビーチェっ!」


 グレンが兵士たちの相手をしている間に、別の兵士がルビーチェに襲いかかり、槍をつきだしたのだ。

 鋭い槍がローブを貫いていた。

 ぼたぼたと血が滴る。

 焚き火の火に、ルビーチェの血がかかり、ジュウッと音をたてた。


「おいっ、ルビーチェっ!」


 グレンがさけんで駆けつけ、ルビーチェに刺さっている槍の柄を切り飛ばし、その勢いで兵士を切り捨てた。


「くそっ、やられた……」


 うめくルビーチェは、杖を掲げ、魔法を詠唱する。


「水の聖霊よ、凝結し流れくだる雲の峰となれ、霧の梯!」


 詠唱と同時に水魔法が発動した。

 たちまちあたりは、手で掬えるほどの濃密な霧に包まれ、もはや一寸先も分からない。


「うわっ、なんだこれは!」

「見えない、何も見えないぞ」

「危ない、ばかっ、やたらに刀をふりまわすな」


 視界をふさがれ、兵士たちは混乱する。

 同士打ちを恐れて、攻撃の手を止めるしかない。

 

 そして、霧が晴れたとき、そこにはもうルビーチェとグレンの姿はなかったのだ。

 踏み荒らされた焚き火のまわりには、食べかけの肉やパンがちらばっていた。

 グレンに斬りたおされた兵士の死体が、あたりにはごろごろと転がっている。

 そして、ルビーチェのものだろう、森の奥に向かう、赤黒い血のあとが、点々と地面に残っていた。


「くそっ逃げたぞ、相手は手負いだ、追えっ!」


 兵士たちは、血痕を目印に、二人を追跡した。

 しかし、しばらく行ったところで、そのあとはふつりと途切れていた。

 血眼になって探し回ったが、けっきょく、二人をみつけることはできず、兵士たちはむなしく引き返さざるを得なかったのだった。

 そのあとも何度か捜索の手を伸ばしたが、けっきょく二人は見つからなかった。

 しかし、街道を下ってきた商人の中には、偉丈夫の戦士に支えられて、よろよろと歩くルビーチェらしいローブの男の姿を、森の木立越しに目撃したものもいる。


「相当な重傷らしい、あれは——」


 人々のなかには、ルビーチェに同情的なものも少なからずいて、その噂に胸を痛めた。最後の勝負に出るという、ルビーチェと、そしてグレンの運命が、けして明るくないことを予想して、肩を落としたのだった。

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