第14話 姫の意志

23)


 野営地で。

 魔法の灯りをともし、ルビーチェは、奪還した姫の足を検分していた。

 その表情が険しい。

 布の上に横たえられているモルーニア姫の足は、白く形が良い。

 柔らかそうな太股、すらりと伸びた膝から下のカーブ、それは扇情的でもある。

 ルビーチェの魔法のおかげで、足は腐敗の兆候はどこにもなく、さわると温かみもあり、まるで生きているようだ。いや、じっさいにこの足は生きているのだ。それはつまり、姫が生きているという証しでもあった。

 おもわずドキリとしてしまうような、そんな美しい足を目にして、しかし、ルビーチェの顔に浮かぶのは、不審と不安ばかりであった。


「どうだ、ルビーチェ?」


 と、グレンが離れたところから声をかけた。

 あまり姫の足に近づかないのは、このたぐいまれな戦士は、豪放な見かけによらず、意外にいないところがあるのかもしれない。


「ううむ……」


 ルビーチェがうめく。


「おかしい……」

「どうした、まさかお前の魔法が切れてきているんじゃないだろうな」

「いや……」


 ルビーチェは否定した。


「俺の魔法は作用している。ちゃんと、この足は生きているんだ、だが……グレン、ちょっと来てくれ」

「いいのか?」

「お前にも確認してほしい」


 ルビーチェに言われ、グレンは近づいた。


「ここだ、ここを見てくれ」


 ルビーチェが指さしたのは、姫の足首であった。


「むぅ、これは……」


 白く滑らかな姫の足の、足首の部分が、黒く陰っていた。

 それは、足のほかの部分とは明確に異質。

 なんと、足首を取りまくように、黒い獣毛が生えていたのだ。

 獣毛は、外部に付着したものなどではなく、明らかに足の中から生え出たもので、完全に姫の足の一部となっている。


「なんだこりゃあ……」


 グレンが驚いたようにいった。


「これもある」


 ルビーチェが、足の横に、姫の腕を並べる。

 そちらは、腕の内側に、すでに見たように透明な鱗が生え、しかも面積が広がっているようだった。


「腕には鱗、足には獣の毛か……こりゃあどうも、臈長ろうたけたお姫様には似合わないな」


 グレンが顎をこすりながら言った。


「ルビーチェ、これ、お前の魔法で、消してしまえないのか? ……あれだ、治癒魔法とか使ったらどうなんだ?」


 ルビーチェは暗い顔で言った。


「……だめだ。もうやってみた、だが……」

「だが?」

「効かないんだ。俺の魔法が、その部分に関しては弾かれてしまうんだ」

「はじかれる? そんなことがあるのか、どうしてそんなことが起こるんだ?」


 グレンが、納得いかないという表情で言った。


「可能性としては……」


 ルビーチェが、考えを確認するように、ゆっくり答えた。


「ひとつは、俺の魔法より強い力が働いているか」

「おいおい」


 グレンが言う。


「大魔導師ルビーチェさまより、強い魔法の力なんてあるのかよ? おれの見るところ、あんたの力は、この大陸のどこでもひけをとらないと思うぞ」

「もうひとつの可能性は——」


 と、かまわずにルビーチェが続ける。


「姫様の意志だ」

「姫様の意志だって、それはますますおかしいぞ。なんでわざわざ、綺麗な手足にこんな——」

「姫様がどのようなお心でいらっしゃるのかはわからないが……もし姫様が望んでこうしているのなら、おれの魔法も通らないんだよ」

「いや、それは……」


(もし姫様がそんなことを望んだとしたら、それは——姫様の精神こころは、とても、正気な状態とはいえないのでは)


 だが、グレンはその言葉を呑みこんだ。

 ルビーチェの瞳には、そんなことは百も承知の、苦悶の色が見えたからだ。


「とにかく、時間をかけるほどまずいことになるような気がする」


 ルビーチェが言う。


「今は、できることをやっていくしかない」


 自分に言い聞かせるような口調だったのだ。

 そして二人は、次の城邑ゾトに向かって出発する。

 そこに晒されている、姫の胴体を奪還するために。

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