第13話 グレンの拳

22)


 ルビーチェの傀儡くぐつ魔法によって操られたハーブグーヴァが、石畳を突き破り、広場に躍り出る。

 そこでルビーチェは、ハーブグーヴァに対する神経支配を切り、解放した。


「ガアアアアッ!」


 自由になったハーブグーヴァは、その本能——食欲に従って、広場に集まっている兵士を捕らえ、食いつくさんと、興奮して暴れ回る。


「炎だっ! 魔導師、炎を放てっ!」


 寝床から叩き起こされ、駆けつけた城の魔導師たちが、あわてて魔法の詠唱をはじめた。


「炎の精霊の加護により地上のもの塵と——」


 炎魔法「炎熱の櫓」である。高熱の炎の柱を生み出し、ハーブグーヴァを焼き殺す目論見だ。

 だが、


「水と土、風の混合により氷の季節来たる、氷柱の槍アイスジャベリン!」

「ぎゃあっ!」

「ぐあっ!」


 彼らに先んじて、ルビーチェが氷魔法「氷柱の槍」を詠唱。

 空中に出現した、何本もの鋭い氷の槍が風を切って飛び、次々に魔導師たちを貫く。

 負傷した魔導師たちはもはや魔法を詠唱することはできず、猛り狂ったハーブグーヴァを止められるものはない。

 混乱の中、ルビーチェとグレンは、柱に吊された姫様の足に向かって走る。


「うわっ?」

「なんだっ?」

「あれはルビーチェだ、ルビーチェが来た!」

「まさか!」

「本当にきたのか?」

「くそっ、通すなっ!」


 それでも使命を忘れず、二人の行く手を阻む少数の兵士は、グレンが、下水道から捻じ切ってもってきた、鉄格子の太い鉄棒を、うなりをあげて振り回し吹き飛ばしていく。

 ルビーチェは、吊された姫様の、白い足を見上げた。


「ああ、モルーニア姫、おいたわしや……今、わたしが」


 そういって、足首を縛る鎖を断ち切ろうとしたとき


「させぬわっ!」


 鋭い声とともに、赤い槍が突き出された。

 切れ味鋭そうな輝く切っ先、穂先は螺旋を描き、赤い柄を持った、この太い槍は、騎馬隊隊長の象徴である。

 さすがに隊長は、この混乱の中でも状況をよく見ていた。

 姫の足に駆けつける二人の動きを見逃しはしない。

 右往左往する兵士たちをかき分け、駆けつけた隊長の槍は、姫の足を見上げて腕をのばすルビーチェの、無防備な背を一息に貫くべく、猛烈な速さで繰り出されたのだ。

 しかし


「おおっと」


 繰り出された槍の柄を、横からがっちりと、太い腕が掴んだ。


「むううっ!?」


 驚くべき膂力。

 隊長が渾身の力で突き出した槍を、横から掴んでピタリと止めてしまった。

 光る槍の穂先は、ルビーチェの背中からわずかばかりのところで止まっていた。


「うおおおおおっ!」


 隊長が雄叫びを上げ、その鍛えられた筋肉に力をこめるが、槍は微動だにしなかった。


「ええいっ」


 いらだたしげに赤槍を放り出し、隊長は、腰の大剣を抜いた。

 そして、グレンに向き直る。


「お主、何者だ。何故ルビーチェに助力する?」


 グレンは、首をひねってにやりと笑う。


「さあな……まあ、強いて言えば……」

「強いて言えば……?」

「お姫様が、なんだか気の毒に思えたから、か」

「なにをばかなことを」


 隊長が吐き捨てた。


「それだけのことで、王の軍勢に刃向かうのか。痴れ者が」


 そして、大剣を構え、


「そもそも、お前、ろくな武器も持ってないではないか。愚かにもほどがある」


 そういわれて、グレンの顔に浮かんだ表情は、苦笑であった。


「事情があるんだよ、それには」

「どんな事情があるかの知らぬが、もはや関係はなかろう、ここで切り捨ててやる! えええぃっ!」


 隊長は、真っ向から大剣を振り下ろした。

 神速の刃風が、グレンを襲う。

 対するグレンは、手ぶらだった。

 だが、


 ガインッ!!


 大剣を力任せに振り下ろす速度に負けず、グレンの左右の拳が稲妻のように走り、右の拳は剣先に近い部分、左の拳はそれより下の部分を、まるで鋼鉄の槌のように挟み込んで打ち抜いた。


「うおおおっ!」


 驚くべし、大剣はへし折れ、剣先はくるくる回転しながら飛んでいく。

 隊長はその衝撃に、もはや剣を保持することができなかった。

 両の腕全体がしびれ、取り落とした剣が、石畳に落ちた。


「そ、そんな……」


 唖然とする隊長の首筋に、一歩踏みこんだグレンの太い腕がたたき込まれ、鎧ごと吹き飛んだ隊長はもはや動かない。


「隊長がやられた!」


 騎馬軍団の戦士たちがそれでも勇気をふるい、グレンに突進するが、グレンの鬼神のような動きの敵ではなかった。手もなく片づけられていく。


「あいつ、化け物かよ!」


 一般の兵士たちはそれをみて、一気に怖じ気づいた。

 しかし、グレンに立ち向かいかねているその後ろから、ハーブグーヴァの触手が襲いかかる。

 ハーブグーヴァの食欲には限りがなく、触手に持ち上げられた兵士たちは、いかにもがこうと、その鋭い嘴に噛み砕かれて、次々に餌となっていく。


「あああああ、無理だっ」

「逃げろ、逃げるんだ!」


 もはや戦意を失い、逃げまどう兵士たち。

 ルビーチェはその間に、魔法で鎖を断ち切る。

 どさり、と落ちてくる姫の足を受け止め、綺麗な布で丁寧にくるんだ。


「よし、退散だ」

「おうよ」


 二人は、下水道に続く穴に飛びこんだ。

 広場ではハーブグーヴァが暴れ続けている。


 ハーブグーヴァが満腹し、水に戻っていったときには、アラハンの戦力は壊滅していた。

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