第7話 潜入
9)
シャスカが奇声を上げ、怯えて逃げ出したまさにその時、ルビーチェとグレンは、目的地に向けて動き出したのだ。
「まずは、あそこだな」
森は、隣の領から国境をこえて王国にはいったすぐのところにあった。
謀反の知らせをきき、いそぎ帰国したルビーチェを、簒奪王アルベルトに命じられた討伐隊が待ち受け、そして襲いかかったのだった。
もちろん、ルビーチェも事態を予想し、まともに関を越えようとは考えず、危険な森の中を進んで、国境を突破しようとしたのだが、あらかじめそのことも想定して騎士団が連れてきていた、嗅覚の鋭い鼻猿たちに匂いを嗅ぎつけられてしまったようだ。
魔法で反撃しながら離脱をはかったのだが、抵抗空しく、森の果ての崖に追い込まれ、万事休すところだったのだ。
その森から北に進んでいけば、その先に王宮があり、そこには簒奪王がいる。
西に進む道は、散在する城邑を結びながら、その果てにある穢れの谷へと続いている。
この街道を西に進めば、最初に現れる城邑がウズドラである。
そこで最初の処刑が行われ、今、切り落とされた姫の腕が晒しものになっている。
二人は、まず、このウズドラを急襲し、姫の腕を確保することに決めた。
ゾルタンを頭とする討伐隊の運命はやがて王宮にも届くだろう。
こちらの行動は、早ければ早いほどよいのだから。
10)
日が落ちる前に、城邑ウズドラにたどりついた。
二人は、気づかれないように離れたところから、ウズドラの城門を眺めている。
「ルビーチェ、お前はたぶん、手配されているからな。俺がまず、様子をみてきてやろう」
「ああ、頼む。連絡はこれで」
ルビーチェが、その手で、グレンの厚い胸板にふれた。
黒い波紋が一瞬みえた。
グレンはうなずき、城門に向けて歩き出した。
その姿をルビーチェはじっと追いかけている。
見ていると、グレンは、一人の門衛と一言、二言、言葉を交わし、そして門衛たちが槍を挙げて、グレンを通した。
たしかにその身体はいかついが、武器と言えば、腰に付けたみすぼらしい小刀一つ、そしてあのなんとなく人好きのする顔、それらがいい具合に働いたようで、グレンは止められることもなく無事、城門を通過することができた。
内部に入ったグレンは、一見ぶらぶらと歩きながら、中央の広場に近づいていく。
「ああ、あれだ」
太く高い木の柵によって、厳重に囲われたなかに、磔刑の柱が立っている。
柱の脇には、四人の兵士が警戒している。
目つきが鋭く、油断している気配はない。
そして、その柱に、縛り付けられた白い腕。
柔らかな曲線の、若い女性の腕だ。
手首に巻き付けられた鉄の鎖が、痛々しい。
「いかんなあ、こういうのは、よ」
グレンはつぶやき、あたりに目を走らせる。
その目が、ある建物に止まった。
「ふうむ……」
吟味するように、建物をながめる。
建物は、一見ひとけがなく、ひっそりとしていたが、窓でちらりと人影がうごいた。
「ルビーチェの奴を、ずいぶん怖れているようだな。……ま、なんとかなるか」
グレンはそういって、またぶらぶらと歩き出す。
歩いていると、冒険者ギルドの旗が掲げられた建物があった。
「ほう、こんなところにまで支部がね」
意外に思いながらも、中には入らず通りすぎることにした。
ギルドで情報を集めたい気もするが、なにしろ自分は目立つからな、そう考え自重する。
と、おりよく、ギルドの分厚い扉が開いて、冒険者らしい四人組が出てきた。男三人に女一人。これは、見るところ、剣士、槍士、楯士、魔法使いというあたりか。
彼らは、グレンが聞き耳を立てているのも知らず、大声で話している。
「ルビーチェ討伐隊の依頼は、惜しかったな」
「うん、たぶんもう片がついてる、騎士団が動いたって話だから」
「しまったな。もっと早く請け負っておけば、おこぼれがまわってきたはずだが」
「ついてねえ」
「な」
「それで、いいのよ」
ぼやく男たちに、女性が異を唱える。
「なんだよ」
「ルビーチェ様がなんで追われないといけないのよ。わたしはやりたくない」
「ああ、お前は同業者だからな」
「そういう問題じゃないの!」
女性の魔法使いが怒っていった。
「ルビーチェ様には、なんとか逃げ延びてほしい」
「でもなあ」
彼らはそこでようやく、グレンに気づいたようだ。
ぎょっとして、黙り、そして足早に去って行った。
「うん、お前ら」
その後ろ姿を眺めながら、グレンは思った。
「お前ら、討伐隊に参加しなくてよかったな、お姉ちゃんのいうとおりだ。命拾いだぞ」
宿を決めて、部屋におちついたグレンは、羊皮紙に文をしたためた。
書き終わると、それをねじり、棒状にする。
宿を出て、またぶらぶらと歩き、城壁の手前まで来た。
見上げると、物見の塔があり、兵士が見張りをしているのがみえた。
グレンが懐に手を入れると、その手にするりと巻き付くものがある。
懐から出た、グレンの太い手首には、真っ黒な小蛇が鎌首をもたげていた。
舌がちょろりと延びる。
これは、ルビーチェの使役する魔物である。
グレンが先ほどの文を差し出すと、蛇はそれをのみこみ、グレンの手首を離れ、ポトリと地面に落ちて、しゅるしゅると這っていく。
蛇は城壁の隙間に潜りこんで、すぐにみえなくなった。
グレンはもう一度見張りの塔を見上げ、そして戻っていく。
「よし、夜までに、腹ごしらえをしておこうか」
そうして入った居酒屋で、グレンは、たまたま横に座っていたアジルという商人から、さんざん愚痴を聞かされる羽目になったのだった。適当に相づちをうって聞いていたが、シャスカというおかしな奴が叫び声をあげて走り去った、さっぱりわけが分からないという
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