第6話 逃走


8)


「なんとまあ……」


 顛末を聞き終えて、シャスカはうめいた。


「だから、ひどい話といっただろう」

「それで、領民たちはどう思っているんだ?」

「みんな、怒っているよ。納得できるわけがないだろう。だがな」


 アジルは、言った。


「どうすることもできないじゃないか、おれたち庶民にはな。どんなに腹が立っても、何の力もないんだから」


 商人は、ひと気のない店内に視線を走らせて


「へたな話をして密告されたら、どんな目に遭うかわからんしな」

「あんた、俺には、そんな話をしていいのか」

「ま、あんたは、どうみてもこの辺りの人間じゃなさそうだし」


 そして、言った。


「それに、あれをみて憤ってくれたしな」

「そうか……信用してくれてありがとよ」


 シャスカは黙った。

 そして、二人は酒を飲んだ。

 この世の理不尽さを憂いながら。

 と、


「うおあっ!」


 突然シャスカが奇声とともに立ち上がった。

 椅子がガタンとひっくり返り、床を転がっていく。


「どうした、シャスカ、何かあったのか?」


 物音に驚いて、店の奥から店主も顔をのぞかせた。

 シャスカは、棒立ちになったまま、宙をにらんで、がたがた震えている。


「おい、どうしたんだ、一体」

「……来る」


 シャスカが呻いた。


「はあ? 何を言っているんだ」

「……来る、やつが……くる!」


 アジルが、譫言のようにつづけるシャスカに呼びかける。


「やつ? やつって、だれだよ、おい、しっかりしろシャスカ」


 しかし、もはやシャスカには、その声は聞こえてはいない。


「だめだ、ここにいてはだめだ!」

「おい!」


 シャスカが絶叫する。


「うわわわわわーっ!」


 そして、アジルに見向きもせず、脱兎のごとく逃げ出した。

 壊れそうなほどの勢いで扉を突きあけ、どこかに走り去る。


「あいつ……なんなんだよ、いったい……」


 シャスカが飛び出していき、開けっぱなしになった戸口を、唖然として眺めながら、アジルと店主は顔を見合わせたのだ。

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