第5話 焚き火(2)


7)


「——というわけなんだ……」


 魔導師ルビーチェが、ことの顛末を語り終えた頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。

 焚き火の薪が、ぱちり、とはじけた。


「まったくもって、ひどい話だな、それは……」


 炎に照らされ、グレンの顔で影がゆれた。その顔には、怒りが浮かび、まるで魔神のようでもあった。


「私がもう少しうまくやっていれば……」


 ルビーチェが、片手で自分の顔をおおって、うめいた。


「くそっ! なんとかモルーニアを、姫様を護ろうと考えたんだが、よけいにひどいことになってしまったんだ」


 そういって、黙り込んだ。

 崖の下からは、夜を迎えて、餌をあさる魔物たちの音がいよいよ大きい。


「ルビーチェ、あんた、これからどうするつもりだ」


 と、グレンが聞いた。


「姫様をこのままにしておくことはできない」


 ルビーチェが顔を上げて言う。


「簒奪者とその一党は許せないが、それより、優先するのは姫様だ」


 唇を噛む。


「私は、姫様を救いたい。まずは無残な晒しものになっている姫様の身体を取りもどす」

「それは、できるのか?」


 グレンが、きびしく指摘する。


「あんたの話によれば、三つの城邑に晒された姫様の身体は、簒奪者アルベルトのめいで厳重に警備されているんだろう? そして頭は、穢れの谷だ。そこから、あんた一人で、すべてを取り返すことができるのか」

「ううむ……」


 ルビーチェは詰まった。

 グレンがさらに言う。


「そして、なんとかそれができたとして、その姫様の身体をぜんぶ集めたとして、どうなるんだ? 残酷なことを言うようだが、いったんそんな状態になってしまっているものを、元にもどせるものなのか?」

「もどせるかどうか、確実なことは言えん。だが、俺の持てるすべての魔法を使って、俺の命と引き換えにしてでも、やってみせるよ」

「その覚悟はみとめるが……」


 魔導師ルビーチェは、決意をこめた目でグレンを見て、言った。


「なんとしてでもやる。せっかく、あなたが助けてくれたんだから、せいぜい頑張ってみるさ」


 グレンは、そんなルビーチェをみつめていたが、やがて


「しょうがないな……」


 そう言った。優しい口調だった。


「俺が、手伝ってやるよ」

「何を言ってるんだ、無謀だぞ。それに、そんなことをしてあなたに何の——」


 ルビーチェの言葉をさえぎって


「いや、面白いじゃないか。俺はな、あんたがそれほどまでに慕う、姫様の顔を見てみたくなったんだよ」

「なっ」


 魔導師が顔を赤らめる。


「慕うとかそういうことではなく……」

「それに、実はな」


 とグレンは続けた。


「その、西の方角に、俺の野暮用があるみたいなんだ、多分」

「野暮用? 何なのだそれは」

「ま、それに関してはそっとしておいてくれ。いずれ分かるから」


 ニコッと笑って、


「さあ、作戦を立てようじゃないか」


 呆然としていたルビーチェだが、やがて深く頭を下げた。


「どうやって礼をしたらいいか分からないが、……ほんとうに、頼まれてくれるのか」

「おう、まかせろ」


 そして、笑いながら言った。


「名乗ってなかったな、俺の名はグレンだ、ただの冒険者だよ」

「グレン……? まてよ」


 それを聞いて、魔導師は


「グレン……どこかで、耳にしたことがあるぞ」


 はっと気がついたように。


「グレン——おい、あの、『鏖殺の剣を持つ男』か?!」


 まじまじと、グレンをみつめた。

 ふん、と鼻を鳴らして、グレンはうなずいた。


「まあ、俺のことをそう呼ぶ者もいるらしいな」


 ルビーチェは、訝しげに聞く。


「だが、いまは剣を持っていないようだが。その小刀がまさか?」

「ああ、これじゃない。剣はここにはないんだ。まあ、いろいろと事情があってな」

「そうか……だが、まさか『鏖殺の剣を持つ男』が手助けしてくれるとは……」


 ルビーチェは、予想外の幸運を噛みしめた。

 あんなふうに言ったものの、内心、一人でどれほどのことができるのか暗澹たる気持ちでいたが、あの「鏖殺の剣を持つ男」が協力してくれるとは。

 モルーニア姫、待っていてくれ。

 かならずなんとかする。

 そう、心の中でつぶやいた。


 鍋からいい匂いがただよい、ルビーチェの腹がぐうと鳴った。

 グレンはにやりと笑い、


「よし、まず、腹ごしらえだ」


 鍋をかき混ぜる。


「それから、ルビーチェ」

「なんだ」

「その、『あなた』なんて他人行儀な呼び名はやめてくれ。こそばゆいぞ」


 ルビーチェも笑って


「ああ……そうか。まあ、実は俺も、お高くとまってるのは性に合わんのだ。それで宮中でもうまくいかなかったがな」

「分かるよ。これからは、俺、お前でいこうぜ」

「そうだな、そうさせてもらうよ、グレン」

「ほらよ」

「おっ、うまいなこの肉は」

「腐れ熊の肉だよ。なかなかだろ」

「あの魔物の肉か! 見かけはとても食えるとは思えない化け物だが、いやいけるなこれは」

「うむ、そうだろうとも」


 二人は、ますます大きくなる崖の下の喧噪、グレンに切り捨てられた騎士たちの死骸を、群がった魔物がむさぼる大騒ぎを聞きながら、うまい鍋に舌鼓を打つのだった。


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