第7話 婚約するだけで阿鼻叫喚
前回までのあらすじ
「お茶会で王子殿下と会話したら婚約者に決まりました」
なんで!?
一通の書簡でこんなにも混乱を起こせるなんて知ったら、ペンは剣よりも強しというのは本当だということがわかる。
今、敵襲があっても両親は嬉しそうで夫婦で抱きしめあってクルクルしてるし、兄二人は絶望の淵に立たされたように頭を抱えて何事かを呟いている。呪詛かな?
光と闇が両立するような庭にいるボクは当事者なんだけど、そんなカオスな状況を目の当たりにしているから唖然とはしているけど、一番まともだと思う。
「ああああ!!!!!だ、旦那様!王子殿下がお見えになりましたがっ、どうっいたしましょう!?」
ターニャが慌てたように庭に駆け込んできた。
父は宰相だけど、そういえば父の部下の人や兄たちの家庭教師以外は滅多に人が来なかったなと思い返す。
そんなことを思っている時点で、ボクも冷静ではないんだろうなぁ。でも、仕方ないよね。いきなり婚約って言われてるんだよ?
「王子殿下っ!お待ちくださいっ!」
グラムが珍しく慌てている。
「いやぁ、大丈夫。こちらが約束もなしに伺っているのだから。それにちゃんとこういうのは直接伝えたくてね」
朗らかな声とともにキラキラと光を纏ったレオン様が姿を表した。
「レオン様!?」
「ああ!ユリウス!」
ボクの姿を認めると、レオン様は駆け寄ってきて、いきなり抱きしめた。
「ヒャぁ!?」
突然のことにレオン様の腕の中でモゴモゴと動いてしまう。
「ユリウス、これは挨拶のハグだよ。それともキスの方が良かったかな?」
その言葉に急に背筋が伸びる。
「ハッハグで」
「うん、だからギュー!」
ギューだけでなく、頬擦りもついているんだけどね。キスよりもマシだからされるがままです。
「「レオンハルト王子殿下?」」
いつもより低めのユニゾンが背後から聞こえて、ボクは思わずビクッとした。
「アルバス様もエルドニス様もごきげんいかがですか?」
レオン様が頬擦りをやめて腕を緩めた瞬間、ボクは今度は二人の兄にバックハグされる状況でレオン様から引き剥がしてもらった。
いや、うん、兄二人の背中越しに感じる圧も怖いけど、それをまともに受けて爽やかに微笑んでいるレオン様も相当怖いよ。
「あ、あの!」
この空気に耐えられなくなったボクはとりあえずレオン様がなぜ来たのかという疑問を解消しようと声を上げた。
その声でぴたりと全ての声が止む。そして、すごく注目されているのがわかって、居た堪れない。
思わず声を上げたけど、その居た堪れなさに気合は萎んで、視線も段々と下がってしまった。
だって、キラキラが多すぎる。
その中でモブのボクがどうしろというんだ。自分で声を出しておいてなんだけど。
「ユリウス、どうしたんだい?」
エルドニス兄様が背中を優しくさすってくれる。こういう時にパッと安心感を与えてくれるエルドニス兄様はすごいと思う。
「あ、えっと……レオン様がお越しになった理由をお伺いしたいなと思いまして……ごめんなさい、話の腰を折って……」
シュルシュルと語尾が小さくなる。
「ああ、ユリウス」
そう言って、レオン様がボクの視線まで腰を下ろす。え?腰を下ろしたの!?ちょっと待って、傅いてる!!
驚いているボクにクスッと綺麗に微笑んだレオン様は慣れたような手つきでボクの左手を取った。
いや、慣れてるっていうのもおかしいけど!でもすっごいスムーズで、王子様だ!いや、王子様なんだけど!
だめだ、混乱している。
「ユリウス・セフィロニス公爵令息。私レオンハルト・アートローニアと結婚してください」
目を真っ直ぐに見つめられて柔らかく、でも力強く宣言される。
「「ダメだ!」」
おそらく少女漫画ならキラキラと花が舞うようなエフェクトがかかったコマになるだろう瞬間をぶち壊したのは、兄二人だった。
「なぜ?これは父、国王にもレイノルズ・セフィロニス宰相殿にも許しをもらっていることですが」
「しかし、ユリウスは令息。男の子だ」
「妖精や天使のようだが」
「んんっ……」
さすが王子殿下といった毅然とした態度で兄二人の無礼にもレオン様は冷静に答えるが、兄二人は冷静ではなかった。特にアルバス兄様。
思わずといった感じで、レオン様も笑いを堪えている。うん、ボクはどんな顔をすればいいんだろう。
「アルバス、エルドニス。二人がそうなるのもわかる」
見かねた父がポンと兄二人の肩を叩いた。
それを共感なのか賛同と受け取ったのか、兄二人は勢いよく胸を張った。が次の言葉で苦悩する羽目になる。
「しかし、考えてほしい。このユリウスがどこぞの馬の骨ともわからぬ令嬢と結婚するのはどうだ?もしかしたら、どこか遠くの国の権力者にもらわれてしまうかもしれない。だったら、身元も身分も明確である王子殿下の元に嫁ぐのであれば、王宮に勤めていれば身内の権限で会うことも容易いだろう」
いや、父よ。確かにうちは筆頭公爵家だよ。しかし、他の貴族の御令嬢を馬の骨って……さらにレオン様に対して『身元も身分も』ってそうだけど失礼じゃないの?さらにしれっと職権濫用的なことを容認しないでほしい……
「ぐぬぬ……確かに……」
「しかも、うちよりも爵位の下に婿に行くなんて、ユリウスが!?ありえない」
え?リアルに「ぐぬぬ」って呻く人を初めて見たよ!?
いや、この国でうちより爵位が上なの王族のみだからね。
「……そもそも三男だから結婚しないって選択肢もあるよ?」
本来ならボクは家を継ぐ必要もない自由気ままな三男坊なのだ。
筆頭公爵家の者となれば、そりゃ、その地位や人脈が欲しい家はあるだろうけど。
「ダメだ!ユリウスはおれと結婚する!これは国によって決まったことだ!」
阿鼻叫喚としているところにレオン様も入ってきたもんだから、カオスだ。
母とグラムはなんだか微笑ましそうに遠巻きに見ている。
ターニャはお茶の用意をしたようだ。
「ふふふっ、みんなユリウスが大好きなのね。私もユリウスが大好きよ。そのユリウスが困っているでしょ?ターニャがお茶を用意してくれたから、少し落ち着いてお話しましょう。王子殿下も、ね?」
鶴の一声とはこのことだ。母の声かけによってピタッと混乱が止まった。
「はい、ユリウスは私と旦那様の間ね」
そういって、母の横に座らせられ、反対には父がスッと座った。
父の横にレオン様、その横にアルバス兄様、そしてエルドニス兄様と円卓を囲んだ。
ターニャが入れてくれた紅茶と用意してくれたクッキーやスコーンで少し落ち着いたところで、レオン様が頭を垂れた。
「この度は突然の訪問でご迷惑をおかけしてしまった。でも、私は本気でユリウスと結婚したいと思っているのはわかってもらいたいのです」
その様子に誰も何を言っていいのかわからない。とりあえず本気だということがわかっただけだった。
「えっと……でも、ボクは男です」
「うん、それは流石にわかっているよ」
落ち着いたが、それでも困惑気味なボクの言葉にレオン様は苦笑した。
「それなら……」
「世継ぎ問題はどうするというのですか?」
なんと言っていいのかボクが迷うと、すぐさまエルドニス兄様がそれを引き継いでくれた。
「一般的には側室をとるという形になるとは思うのですが、ならユリウスとわざわざ結婚する必要はないのでは?」
まだボクもレオン様も8歳なのでずっと先のことだけど、こういうこともきっと考えた上での国令なのだろう。
「……私も詳しくは知らないのですが、王家の秘薬というものがあるようで……」
レオン様も言い淀みながら父を見る。
「はい、国王陛下に伺ったところ、過去にもこのような件があったそうだ。その時に生み出された妙薬があってだな……それが男性でも妊娠が可能になる薬というわけだ」
……急展開としか言えない。ここにきて男性妊娠の世界線が入ってきたよ。王家の秘薬……だから世に出ている本の中には書かれていないんだな。秘匿されていたってことか。
「世継ぎの問題はなし……か」
エルドニス兄様が唸る。いや、問題はあるよ!?男性妊娠はちょっと待って。明らかにボクがそっちでしょ!?悪役令嬢ポジなんだし!
あ、悪役令嬢なら婚約破棄されるはずだから大丈夫かな?う〜ん……今はなんとも言えない。
「でも、薬を使わなくても、御令嬢を婚約者に迎えれば問題はないのでは?」
アルバス兄さんがナイスパスを出す。
「え?あ〜。ユリウス以外は考えられないな」
レオン様は豪速球で撃ち返してきた。
「王子殿下はユリウスのどこを好きになったのですか?」
母が優雅に問いかけるとレオン様はふわりと微笑んでボクを見つめた。
いや、居た堪れない!そんな目で見つめられてもどう返していいかわからない。8歳なのになんでそんな出来上がってるのさ!?
「一目見たときに、この子は私を口説きにきたのかな?と思ったのです。スーツの色が私の藤色の目、刺繍が私の金髪を模していると」
「そんなことで?」
母は優雅に微笑んでいるが、その実、目の奥は笑っていない。むしろレオン様を値踏みするように射抜いている。多分レオン様もそれには気がついているだろう。
「もちろんそれは一目見たときのことです。同い年で物腰が柔らかくそれでいて博学で話が尽きない。なにしろ私を前にしても自分を売り込もうとも、距離を取るわけでもなく、私が王子だとわかっていてもそのままに受け入れてくれたことが嬉しかった。控えめに微笑むその姿に、婚約者選びと言われ、まだそんなことも考えられない時から数多くの女性と会ってきましたが、多分疲れていたのです。安らぎと愛おしさを感じました。確かにまだ私は8歳と幼い。ですから結婚と言ってもまだ婚約しかできませんし、その婚約の正式な儀も幼すぎてまだ先の話です。ですが、私はユリウスと出会ってしまった!ユリウスも公爵家の人間。いつどこぞの馬の骨ともわからない令嬢と婚約させられるかもわからない。ですから、その前に私がユリウスの手を取りにきたかったのです」
……キラキラとした顔で本当に8歳か?という演説をレオン様は噛まずにやり切った。
ボクはその熱量にのぼせそうです。しかし、この人も言った!令嬢のこと馬の骨って言った!
国のトップの二人が令嬢を馬の骨って言った!これ誰かに聞かれたら内紛の種になるやつ!
「ふふっ、十分に殿下の想いはわかりました」
嬉しそうに微笑んで、母はボクへと視線を投げかけた。
「それで、ユリウスはどう?多分ここにいるみんな、殿下ならユリウスを安心してお任せできると思っているけど」
兄二人は苦虫を噛み潰したような顔しているけどね。多分それはどこぞの馬の骨の御令嬢や他国の貴族の元ではないから安心という意味なんだと思うけど。
それにまだ8歳。ここからボクの悪役令嬢としての何かが覚醒するかもしれないし!だから断ってもまたカオスになっても嫌だし……
「よろしくお願いします……?」
そう言って頭を下げると、兄二人はさめざめと涙を流し、レオン様は喜色満面で小さくガッツポーズをして、父は満足そうに頷き、母は優しくボクの頭を撫でてくれた。
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