第6話 テンプレ的エンカウント

 家族関係はびっくりするほど変化した。

 本来の形がこうであったかのようにしっくりときている。


 宰相である父はずっと忙しくて、朝早く夜遅く帰ってきて休日もあまり取れないような、そう前世のボクのような働き方をしていた。もちろん地位なんてボクとは雲泥の差があるんだけど。


 「社畜」


 貴族で宰相である父には一番縁遠い言葉のようで、働き方をみているとそれが当てはまってしまうのが悲しかった。


 だから心配していることと、忙しいようならお話しするのは週1回とかにしようと提案したところ、何かに取り憑かれたように1週間働きに働いた後、清々しい顔で帰宅すると、ボクを抱きしめて「職場改革をした(意訳)」と話してくれた。

 ブラック企業がホワイト企業になった瞬間のボクは目撃になったのだ。できれば前世でボクが体験したかった……

 父が有能すぎる……これまでの忙しさはなんだったんだろうというほど、今では朝も夜も食事を共にし、休日も楽しめるようになった。それ、もっと前からできたよね?と言いたいのは我慢する。だって、父の表情が柔らかくなったって、部下の人に涙ながらに感謝されたから。なんかそれを邪魔しちゃいけない気がする。


 そんな父の様子に母はもちろん喜んだ。

 父は母を溺愛しているから、できた時間で弟妹ができるかな?とかちょっと思ったりもしたけど、それはなんかないみたいだ。

 できた時間、父はどちらかというと僕たち子どもに費やされているようだったから。

 母も別にそれは気にしていないようで、むしろ昼間は買い物に連れ出してくれたり、夜は父といない時間を見計らうように母が話に来るようになった。

 

 こんな両親の変化にも驚きだが、兄二人の変化の方が驚きだった。


 そもそも4〜5歳離れている弟を自分がやりたいことがあるのに優先しようとは思わないだろう。まして両親が対応に戸惑うような子どもだ。興味など持とうとも思わなかったのだろう。


 だから、最初のうちは自分の優秀さをボクに知らしめるために稽古や学びの成果を話してくるのだと思っていた。

 しかし、少ししてその考え方に違和感を覚えたのだ。

 なぜなら、兄たちがボクを「ちょっとやってみないか?」と誘うようになったから。

 そう感じると、兄たちに対するボクの蟠りも消えて、兄たちを純粋に尊敬できるようになったのだ。


 しかし、ボクにとって剣術も魔法も少々難しかった。

 前世からの陰キャの性質に加えて、今世でも俯いて生きていたボクは運動神経があまり期待できるものではなかった。

 それでも「まだ5歳、ちゃんと体の使い方を学べば上手くなるぞ」と言われて、兄のおまけで学ばせてもらっている。

 だから、多分、少しは剣術も上手くなったし、気の流れの意識の仕方もわかって魔法も小さくだけど出るようになった。

 何かできる度に兄二人にたっぷりと褒められ、夕食がパーティーかな?って思うほど豪華になるのはよくわからないけど。

 こういうのを学ぶと、ここは異世界なんだなって思う。剣と魔法の世界なんだ。


 でも、やっぱり本を読む方が好きだ。

 兄たちが剣術や魔法の稽古をしている庭を見渡せるテラスで母が隣でレース編みを楽しんでいる横でゆっくり陽が傾くまで本を読んでいる時間が好きなんだ。

 本のジャンルも物語だけではなくて、この世界の成り立ちなどに関係する歴史書、この世界に生息する魔物や動物などの生き物の生態図鑑。植物図鑑も。あとは、剣術や魔法などの書籍、兵法などの本も徐々に読めるようになってきた。


 だから、家族には「ユリウスは学者になるのではないか?」などと言われている。


 そういうのも楽しいかもしれない。

 ただし、どんな学者になるのかはわからないけど。


 多分、一見すれば優雅な公爵貴族の仲の良い家族だ。


 しかし、ボクはなんらかの「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に転生している。まだ5歳時点でゲームはスタートしていないだろうから、どんな話なのかも想像ができない。そもそも乙女ゲームなんてやったことないからね。

 

 乙女ゲームの悪役令嬢のテンプレートといえば、ヒロインをいじめて没落するか断罪され処刑されるかだ。


 小説などではその悪役令嬢に転生した女子高生とかが断罪をルートのフラグを折って、最終的にハッピーエンドという話もある。


 さらに悪役令嬢だけではなく、ヒロインも転生者だったりしてすったもんだがあるなんてこともあるらしい。


 ボクはどのパターンなんだろう?

 そもそも「悪役令嬢」パターンに入らなくないか?いや、ボーイズがラブする世界線もある。しかし、それなら悪役令「嬢」である必要がない。

 

 大抵は高校生の年齢で物語がスタートし始めるから、ヒロインと出会うのはそことしても、まずは悪役令嬢の専売特許である王子殿下あたりの婚約者にならなければならない。

 しかし、何度もいうように、ボクは男なのだ。ここがベーコンとレタスする世界線でなければありえないことである。


 考えたところでわからない。

 こういう場合、兄たちも攻略対象に入りそうだなということしかわからない。でも、年齢差もあるんだよね。

 ボクが学校に入った時にはアルバス兄様は二十歳だ。この世界では結婚していてもおかしくない。

 

 おそらく、そのストーリーの舞台となるのはこのアートローニア王国で唯一貴族が通えるオラクル魔法学園だ。……ネーミングからして乙女ゲームの舞台じゃん。

 

 この世界で学校というのはいわゆる高等教育しかない。貴族やいわゆる爵位を持たない金持ちはそれまで家庭教師をつけて基礎教育を受け、それ以外の平民は寺子屋のような形で文字の読み書きなどの基本中の基本を学ぶ。

 そのような状態で16歳になる年に学校へ通えるようになる。それは前世と同じだ。


 そして、貴族が通える唯一のオラクル魔法学園は貴族を一手に引き受けるだけあっておかしくなるくらい広い。あの夢の国と冒険の海を合わせたリゾート地くらいある。

 学校で迷子になる自信がある。

 行ったことないけど。


 話を戻すと、そこがストーリーの舞台となり、おそらくヒロインは庶子か平民だろう。

 この世界にも聖女伝説が漏れなくあり、ヒロインは聖女であるということだ。

 この世界の住人ではなければ、異世界召喚でもされるのだろうか?でも、今のところ聖女伝説に異世界人の召喚というものはない。こういう世界に例外はあまりないだろうから、きっとヒロインはこの世界の人間ということでいい。

 まあ、まだ10年、時間はたっぷりあるからなんとかなるかな。

 

 そもそも「悪役令嬢」なのであれば、もう少しなんらかのチート要素とか、見た目のけばけばしさとか、性格の悪さとか、なんかあって然るべきだろうと思う。おそらく10年経ったところでボクは一人称が前世と同じ「オレ」に変わるだけで平凡には変わりないだろうと思う。


 ちなみに「ボク」って言っているのは、「オレ」が言えず「オデ」「おりぇ」のような曖昧な発音になって、みんなが頭を抱えたのがわかったからだ。うん、公爵家の人間が舌足らずとかないもんね。

 

 なんとかなるよ。原作も何にも知識ないから、ただこの世界でユリウスとして生きていくしかないんだし。


 そんな呑気に構えていればあっという間にボクは8歳になっていた。


「お茶会ですか?」

「そう、ユリウスのごえっ」

「俺たちの付き添いで一緒に来てもらいたのだけど、ユリウスが嫌だったら断ってくれていいよ」

「え?あ…アルバス兄様、大丈夫?」

「ユリウスは今日も天使っ」

「え?天使?」

「アルバス!ユリウス、どうだろうか?」


 お茶会のお誘いをアルバス兄様とエルドニス兄様に投げかけられるとは思っていなかった。

 アルバス兄様は頭を抑えてうずくまっているけど、多分エルドニス兄様の魔法が頭に直撃したんだろうなと想像する。

 こんなアルバス兄様の姿を見たら淑女の皆様はどう思うのだろうと考えてしまう。

 凛々しい表情をトロリと緩ませて笑顔を向けられたら、弟のボクでもポーッとしてしまいそうになる。

 でも、エルドニス兄様はそんなことないようで、割とこの光景は日常茶飯事となっている。

 エルドニス兄様はクールビューティーだのミステリアスだのと言われているけど、よく微笑むし、たくさん喋ってくれる。知識が豊富だからエルドニス兄様との勉強は楽しい。

 そういうとアルバス兄様は拗ねるのだが、そういうのも乙女心をくすぐるんだろうなと思う。


 ボクに抱きついてきたアルバス兄様の頭をよしよしと撫でてあげていると、エルドニス兄様に頬をむぎゅっと摘まれた。

「ユリウス?」

「ひゃい?」

「…はぁ、可愛すぎか」

 小声すぎてなんて言っているのかわからない。いや、わかってもどうしようもない。

「エウオイウイイヒャア?」

「おっとごめん。ユリウスの可愛さにちょっと向こうの世界を見てしまった…」

 またなんか言ってるけど、これが通常運転になりつつあるため、慣れてしまった。


「お茶会、俺たちと来てはくれないかい?」

「お茶会ですか?」

 珍しい。兄たちはとうにお茶会デビューなどは済ませている。一緒に行くなんてこれまでなかったことだ。

 それなのに今回はどうしてボクを誘ったんだろう?


「ああ。そろそろユリウスもお茶会デビューの年齢になっただろう?今度王室主催のお茶会があるから、三人で参加してお茶会というものをユリウスも体験するのはどうかと思ったんだ」

 復活したアルバス兄様がニコニコと今度は先ほどとは逆にボクの頭を撫でながら話す。


 誘われたのは兄たちで、ボクはお試しみたいな感じかな?

「えっと…一緒に行ってもいいの?」

「「いいに決まっている!!」」

 二人から顔を寄せられ、ほぼ美形の顔面暴力で迫られれば、頷くしかなかったのは仕方ないと思ってもらいたい。

 キラキラの光源が二つ目の前に迫ってきて目を瞑らない方がおかしい。そのついでに恥ずかしさで俯いてしまったのも許してほしい。


 そんなわけで、ボクは初めてお茶会に参加することになった。


「ターニャ、今度お茶会に参加することになったのだけど、何を着ていったらいいかとか作法とかどうしたらいいかわからないことだらけなんだよね」

 兄二人が付いていると言っても、会場に着いたらどこぞのご令嬢たちに囲まれる姿が目に浮かぶ。

 だから、逸れた時になるべく粗相をしないように迷惑をかけないように立居振る舞いを身につけておきたかった。


「わかりました。ユリウス様がお茶会の花となれますように、このターニャ、最善を尽くさせていただきます!」

「あ〜あ〜あ〜!そんな気合い入れなくて大丈夫だから。あのね、兄様たちがお誘いされていて、ボクは下見?みたいなものらしいんだ。あ、服装も兄様のを借りたりしたらいいよね。もう着れないのあるだろうし」

 ターニャがボクの両腕を掴んでぐっと見つめながら言ってきたので、慌てて遮る。

 何か吹っ切れたようなところのあるターニャはこういう時に気合いがすごく入るのがわかってきた。


 母と市井の貴族が入れないお店に行く時も、母はともかくとして、ボクが平民に見えるようにメイクまで全力でやってくれた。いや、多分普通に庶民の服着れば兄様たちじゃないんだから、それだけで庶民に溶け込めるよって思ったのだけどね。

「内側から溢れ出るユリウス様オーラを消さなければ」

 そんなよくわからないことを言っていた。


「ダメです!下見だろうと、お茶会デビューには変わりません。それに、アルバス様エルドニス様のどちらのお衣装をお借りするのですか?どちらにしても血を見ます」

 なんか物騒なことを言われた気がするけど、ターニャは至極真面目だ。

「そうですよ、ユリウス坊っちゃま。ちゃんと坊っちゃまにぴったりの服を誂えましょう」

 執事長のグラムに言われてはボクも頷くしかなかった。


「…やはりユリウスは天使だったか。そうだよな、私の膝の上にいても羽根のように軽い…」

「ああ、私のユリウスは妖精さんみたいね。ふわふわで可愛らしいわ」

「エルドニス、わかっているな」

「ああ、アルバス、当然だろう」

「「ユリウスを魔の手から守る!!」」

 天を仰いでいる父に、手を組んで祈っている母、がっしりと腕を組み合う兄二人、何かボソボソ言っているのは聞こえるけど、ボクにははっきりと届かない。

 たまに聞こえてくる天使やら妖精はあの日以降使用人のみんなも含めてよく呟かれる言葉だ。

 この家にはそう言う加護があるらしいと思っている。

 ボクの方を見て言っているけど、こんな黒モジャの平凡顔に対してかける言葉じゃない。多分、ボクの肩の辺りにいつもそういうものがいるんだろう。ほら、ボク、子どもだし。


 グラムの一声でセフィロニス家御用達の超一流デザイナーが呼ばれ、ターニャ先導の元でボクのお茶会用に誂えた服ができたので、家族が揃った夕食後にお披露目会をしている。


 ボクはお兄様たちのお下がりでもよかったんだけどなぁ。だって、お兄様たちの服もとっても素敵なんだよ。あ、だからボクじゃ似合わなかったんだよねぇ。キラキラしたアルバス兄様に神秘的なエルドニス兄様、モブってるボクじゃ服が浮くのか。そりゃ、誂えるね。


 服作りも結構難航した。

 色は特に。グリーンを基調とするかひまわりのような黄色を基調とするかで揉めた。黄色のスーツはないって言ったら、アルバス兄様が膝から崩れた。でも、エメラルドグリーンもないって言ったら今度はエルドニス兄様も同じように膝から崩れた。

 黒は流石に喪服みたいになりそうだし、使用人になってしまって、お兄様二人と一緒にいるのが申し訳なくなりそうだから、濃紺か紫紺みたいな色でいいんだよね。


 そう言ったんだけど、出来上がったのは藤色だった。綺麗な色だけど…

「お似合いですよ」

 ターニャもグラムもすごく満足そうだからいいかなぁ。金糸で背中に幾何学模様のように家紋が入っていて、それが前面のポケットにも施されてたりする。


「うん、ありがとう」

 似合うかどうかは美的センスが壊滅的だからよくわからないけど、でも、素敵な衣装だと言うことはわかる。こんなの着れるなんて、やはり貴族って違うんだな。

 生まれに感謝するしかない。こんなの前世のボクじゃ着れるわけがない。着ようとも思わないけど。


「ユリウス様のためならこのターニャ、全力を尽くしますから!」

 嬉々として言われれば、ちょっと引いたけど、でもちょっと嬉しかったのは本当だ。


 ターニャとグラムから一通りの作法も習ったし、お兄様二人からは「そばを離れないように」と口酸っぱく言われたし、一人じゃないから不安もなくお茶会当日を迎えることができた。


 と思っていたんだけどね。


 お兄様二人の人気は想像以上だった。

 お茶会開始数分でボクはひとりぼっちになってしまった。


 国王と王妃に挨拶して、でも、そういえば王子殿下はいなかったなって思っていたら、あれよあれよという間にお兄様たちに挨拶したいという淑女?の群れに押し流されてしまっていた。


 そうなると、卑屈な陰キャの性質が顔を出す。

 俯いて壁際の目立たないところへ移動して、息を潜める。

 久しぶりに居た堪れない気持ちになって、陽キャの権化みたいなアルバス兄様と信仰対象のようなエルドニス兄様が中心にいるであろう塊に目を向けては、ため息をついた。


「ここにいるの嫌だな」

 誰かに話しかけられても、自分がセフィロニス家の人間であるということがわかったときの反応が怖い。

 お兄様二人はそばを離れるなと言ったが、自分から離れたわけではないので、致し方ないだろうと理由をつけて、ボクはそっとその場から離れた。

 

「うわぁ!キレイ!」

 お手洗いに逃げ込んだけど、そのままだと結局色々心配されてしまうから、用を足して戻っておこうかと思ったら迷いました。

 迷い込んだのは中庭。噴水があって、色とりどりの花が咲き誇っている。


 ……嫌な予感がしちゃったんだよねぇ。

 ボクのこの世界の役割は、悪役令嬢。悪役令嬢に付き物なのは高貴な婚約者!ヒロイン登場でその婚約者がヒロインを好きになっちゃうんだよね?


 さて、で、こういう迷った時に起こるのは…後の婚約者とのエンカウント〜!


「だ、誰かいるの?」

 …あ、ちょっと高めの声だけど、男の子だ。って安心はできない。なぜならボクが悪役令嬢だから。よくわからないけど、なんかこういう時に出会う男って後の攻略対象になりえるから……よし、逃げよう。


 そ〜っと、そ〜っと、抜き足差し足……

「ねえ、君何してるの?」

「ひやぁ!!」

 肩を掴まれました。


「あ、あぅぅ……」

 逃げようとしたのに捕まりまして、居た堪れなさがマックスです。これなら壁にひっついていればよかった……

「あ、ごめん。でも、誰かがこんなところに来るなんて思ってなくて」

 パッと肩から手が退かされ、先に謝られてしまった。先に謝られると弱い。

「いえ、ぼ、ボクが逃げようとしたから、ごめんなさい!」

 目を合わせないまま、折り畳みしき携帯電話のようにビタっと腰を折って頭を下げる。

 土下座しろと言われれば、なんの躊躇もなくできてしまうくらいには居た堪れない。


「え、あ……えっと……怒ってるわけじゃなくて、その……おれも隠れてたから、びっくりして」

 「顔を上げて?」と促され、顔を上げると、そこにはとんでもない美少年がいた。

 アルバス兄様ともエルドニス兄様とも違う、正統派の王子的美少年。

 プラチナゴールドのキラキラサラサラの髪に、薄い紫色の虹彩を持つアーモンド型の目。肌は陶器のように白く艶やかで……ふわっと困ったように微笑む姿が、まだあどけなさもあってきっと母性本能をくすぐると言うやつだ。


「おれ、レオンハルト・アートローニア。君は?」

 え?ちょっと待とう、レオンハルト・アートローニア……アートローニア?って、え?

「王子殿下!?うぇ、なんで?!」

「あ〜……このお茶会、おれの婚約者探しが目的で開かれたんだけど、まだ8歳で婚約者とかよくわからなくて、恐くなって逃げてきたんだ。君は?」

 あ〜、確かに兄様二人の囲まれ方も尋常じゃなかったし、それが目的なら獲物を捉える野獣の目をした淑女が押し寄せてくるのも容易に想像できて、自分ごとじゃなくても身震いする。モブ顔で良かった。


「えっと、ボクはユリウス・セフィロニス。お手洗いに行って戻ろうと思ったら迷いました」

 そうだ、ボクは迷子だ。そのことを認識した途端、とても恥ずかしくなった。

 キュッと下を向くと、王子殿下はクスクスっと笑って、ボクの肩に手を乗せた。

「ここ、広いから。初めてきたなら迷ってしまうよ」

 ボクが恐る恐る顔をあげると、そこには優しく微笑む王子殿下がいた。

「ユリウスって、レイノルズ宰相の息子さんなんだね」

 父の名を出され、ボクは頷いた。


 同い年ということもあって少し話したいという王子殿下に促されるままにその場に留まったボクは、勇気を出して話しかけてみた。

「王子殿下は…」

「ねえ、ユリウスは俺と同い年なんだよね?だから名前で呼んでほしい」

 しょんぼりする王子殿下に戸惑うしかない。だって、王子殿下だ。

 でも、上司の言うことは絶対である。しかし無礼講は無礼講ではないんだよね…

「う〜、レオンハルト様は…」

「ダメ。様はいらない。レオンでいい」

「えっと…レオン様は…」

「様はいらないって。」

「でも、レオン様は王子殿下ですし…」

 う〜、胃がいたい。8歳で胃痛に襲われるって嫌だけど、でも胃がいたい。

「……う〜ん、まあ、おいおい気軽に呼んでもらえばいいか。いいよ、それで」

「あ、はい、ありがとうございます。レオン様」

 す〜っと胃の痛みが治まっていくのを感じて、ボクはやっと下手くそだけど笑ってお礼が言えた。

「あ〜、これが話に聞く、セフィロニス家の天使ね」

「ん?」

「なんでもないよ」


 それから少し打ち解けて、レオン様とおしゃべりが弾んだ。この中庭のことや王宮での父の話なども聞けた。


「「ユリウス!!!!」」

 楽しい時間は突然の慌てたような焦りの叫びで途切れた。

 いや、仕方がない。兄二人がボクに飛びついてきたのだから。


「気がついたらユリウスがいないから、どこへ行ってしまったのかと心配したぞ」

「良かった、連れて行かれていなかった!」

「不穏なことを言うな、エルドニス!」

「いや、アルバス。天使なのだからうっかり天に帰ってしまうこともありうる!」

「ああ、魅了された神が連れ去ってしまうのか……それはオレが阻止する!」


 ぎゅうぎゅうと二人の兄に潰される勢いで抱きつかれ、ボクは目を回しそうになった。

「アルバス様とエルドニス様ですね?そろそろ力を緩めないとユリウスが可哀想です」

 トントンと兄二人の肩を叩いて、レオン様が割って入ってくれたことで、兄たちは慌てて力を緩めてくれた。

「「大丈夫か?!ユリウス!!」」

「ゴホッ、大丈夫。心配かけてごめんなさい。迎えに来てくれてありがとうございます」

「「「んっ……」」」


 お手洗いに行ったら迷子になり、ここに迷い込んだらレオン様と出会ったことを話すと、兄二人は微笑み「良かった」と言いながら頭を撫でてくれた。

 でも、レオン様はそれを見て小さく「あ〜怖っ」と呟いていたけど、何が起こっているのかボクにはわからなかった。


 こうして、王子殿下とのエンカウントという、悪役令嬢的イベントはあったわけだが、なんとかお茶会を乗り越えたボクの元に数日後、一通の手紙が届いた。


 困惑気味な父から促されるままに、母と兄二人に促されて手紙を開くと、そこには、「アートローニア王国第一王子レオンハルト・アートローニアの婚約者をユリウス・セフィロニス公爵令息とする」というお達しが書かれていた。


 母も兄二人も困惑というよりも混乱を極め、グラムがメイドたちにお茶を淹れさせ落ち着かせようとするも、放心状態は続き、父も慌てたように三人を宥めるのに必死だった。

 ボクは、「これが悪役令嬢ポジ」と諦観した気持ちになった。

 

 でも、よく考えよう?

 レオン様もボクも男なんだけど?なんで当然のように婚約の部分は受け入れられてるの!?

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