第3話 モブでも楽しく生きようと思います

「……ウス、ユ…ウス…」

 遠くの方で呼ぶ声がする。それは俺の名前だっけ?いや、もっとこう漢字で言い表せるような、ほら…



「ユリウス!」

「ヒャイッ!」

 なんか色々考えていたみたいだけど、5歳児の頭の回転数ではよく纏まらなし留めておけないようで、ボクは強く名前を呼ばれて飛び起きてしまった。

「う〜…」

 急に起き上がったから、クラァっとしてまた枕に頭を沈めてしまう。

 そもそも、めまいのようなぐるぐるの感覚で再び意識を失ったのだから、急に起き上がるなんて危険極まりない。


「ユリウス坊っちゃま!」

 ターニャが慌てたようにボクを介抱してくれる。

 その向こうから、呆れたようなため息混じりの声が聞こえた。


「やっと起きたのか」

「父上の手を煩わせて」

「二人ともそんな風に言わないであげて。ユリウスだってわざとじゃないのだし」

 上から兄アルバス、その年子の兄エルドニス、そして母だった。


 確かアルバスは10歳。文武両道で剣術の腕はその辺の大人となら互角に渡り合えるほど。まだ力が弱いから競負けはするけど、太刀筋や身のこなしは申し分ないという。

 この家の後継者である。


 エルドニスは9歳。こちらも文武両道ではあるが、アルバスと違って魔法が得意。

 魔力を持っているのは貴族のみで、基本は火、水、土、風から1つの属性しか使えない。

 しかし、エルドニスは火と風の2属性を操れる。さらにどうやら残りの属性も開花させられるようなのだ。

 

 ちなみにこの4属性の他に闇と光という属性もある。いうまでもなく、特殊な属性で、光属性を持つのがいずれ聖女としてこの乙女ゲームのヒロインになる存在である。

 まだその存在は出てきてないから、これは乙女ゲームが始まる前の話なのだろう。


「目覚めたのなら問題ないな」

「勉強の途中だったのに、またやり直しだ」

 ため息混じりで立ち上がってボヤきながら部屋を出ていく二人は、多分ヒロインの攻略対象になるんだろうと思う見た目の良さを持っているが、今のところボクにとっては関わりたくない存在でしかなかった。


「ユリウス、もう大丈夫そうね?旦那様もそろそろ来ていただけるだろうから、ちゃんと謝るのよ?」

 母だけはボクの頭を撫でて、目を合わせた。しかし、すぐに踵を返し部屋から出て行ってしまった。


 一言もまともに喋らないまま、部屋は再び静かになった。

「ユリウス様?」

 呆気に取られて扉を見つめていたボクにターニャが優しく声をかける。


 そうだ、ぐるぐる前世との記憶が混濁して色々ごちゃごちゃになっていたけど、今、ボクは5歳児なんだ。

 そして、このセフィロニス家の爪弾きのような存在なんだ。


 というのも、セフィロニス家の人間はやたらと見た目も中身も良い。

 父は金髪でエメラルド色の目を持つ、長身の美丈夫である。無表情で威厳たっぷりなので近寄り難いが、実際のところ母を溺愛している。愛妻家であるところも見た目の派手さと相まって人気の要因となっているようだ。宰相を務めるほどの地頭の良さと、剣術、魔力も申し分ない。王の右腕として手腕を振るっている。

 そんな父の伴侶である母は父とは真逆の艶やかな黒髪と色素の薄いひまわりの目を持つ。陶器のようなスルッとした美しい肌にこれまた絶妙な配置で各パーツが置かれている。また所謂ボンキュボンの妖艶な肉体を持ちながらも性格は清楚で貞淑、さらには父が王宮での仕事で留守にすることが多いので、この家の取り仕切りの一切を仕切っているほどに頭も良い。

 「神々しいご夫婦」と二人が揃う夜会などでは手を合わせる人もいるそうだ。


 そんな二人には息子が3人いる。


 長男アルバス。父譲りの金髪と母譲りのひまわり色の目を持った美少年。父似の顔立ちであどけなさは残るが精悍な顔立ちに育つであろう想像が容易い凛々しさを持つ。まだ10歳だが彼と婚姻関係を結びたいと望んでいるご令嬢は数多いる。それを分かっていて振る舞うので、彼がお茶会に来ようものなら、黄色い悲鳴が鳴り止まない。

 将来有望なのは間違いないし、自分を愛してくれる騎士さまなんて憧れないわけがない。伸び盛りの王宮騎士団の期待の星なのだ。


 次男エルドニス。こちらはブラウンのシルクのような質感の髪に父譲りのエメラルドの目の美少年。こちらは母似のクールビューティなユニセックスな顔立ち。こちらもご令嬢から人気で、婚約者を探すとなれば引く手数多なのはわかりきっている。しかし、本人は女性に興味がないというより、魔法にしか興味がない。そのそっけなさがまた女性の心に火をつけるらしい。

 王宮魔術団にすでに出入りし、魔法の研鑽を積む天才であり秀才。


 そして、三男はボク、ユリウス。母の黒髪を譲り受けながら天パなために、なんかもじゃもじゃ。そして、隔世遺伝で祖父の黒い目をもらったため、モブ感が半端ない。この神々しいと言われる一家において、地味。

 ついでに能力も地味。5歳だからと言ってしまえばそれまでだけど、上の二人は5歳の時にはもう能力が開花していたそうだから、地味。父は忙しいから滅多に起きている間に帰ってこないけど、父も母も兄二人は気にかけているがボクについては侍女であるターニャに任せきりである。

 性格も地味で引っ込み思案だからターニャ以外だと執事のグラムくらいとしか話せない。

 前世を思い出したところで、前世も陰キャオタキャラのダメ社畜だったから今世もどうしようもない。

 …う〜ん、これ乙女ゲームの悪役令嬢なんだよね?モブ以下じゃないか?

 まあ、前世と同じならモブ以下だな。空気!そう空気…だったら、まだ良かったよなぁ…

 他の家族が目立つもので、その中で目立たない存在は悪目立ちする。それに、どれだけ地味だ無能だと言われても家族だから上辺だけでも仲良い感じに見せなくてはならない。なぜなら憧れの筆頭公爵セフィロニス家だから。爪弾きがいてそれを爪弾いているなんて筆頭公爵家がするようなことではないから。


「ユリウス様?もう少しお休みになられてください。旦那様が来られたら起こして差し上げます」

 ターニャの言葉に意識が現実に戻ってくる。

 優しく布団を掛けられて、頭を撫でられるとくすぐったい。

 前世でもこんなにゆっくりしたことも、女性に頭を撫でられたこともなかったと目を閉じた。


『我慢したって何も良いことなかったじゃないか!別に俺がやりたいのはワガママしたいってことじゃない!幸せに笑ってたいだけだ!』

 心の奥でザワザワと叫ぶ声がする。

「ユリウス様、旦那様がお見えになったら、この本の感想を一言でもお伝えしませんか?それをしたかったんですよね?」

 はい、とターニャから渡された5歳児が読むには少し大人びた装丁の本。絵本というには物語が重厚で、小説というには挿絵が多い。

 父から誕生日にもらった本だ。


 思い出した。

 この本を読み終わって、この感想を早く父に伝えたかったんだ。それで珍しく早く帰ってきた父を見つけたから嬉しくなって話を聞いてもらおうと、何度も呼びかけたのだ。

 そうしたら聞いてもらえないばかりか、怒鳴られた。

 「うるさい、忙しいのだから静かにしていろ」と。

 そこで、声に乗ってしまった魔力に吹っ飛ばされながらも気がついたんだ。

 ボクはこの家にはいらない人間だって。それが前世の自分と重なる。

 いくら頑張っても、多分頑張っているつもりでしかなくて、ずっと空回ってた。グズでノロマで要領悪くて、そんな自分が情けなくて恥ずかしくて、俯いているだけだった。

 

 何が楽しかったんだろう?何を我慢してたんだろう?思いっきり笑うことも泣くこともなかったなぁ。

 しかも、転生先にしたって「悪役令嬢」って。それでこんなモブ以下って。

 本当、なんでこんなところに転生したんだろう。また爪弾きで…5歳でこれって、どうしたらいいのかな…転生してまで、こんな風に生きなきゃいけないの嫌だな…


「旦那様は書類を取りに戻られて、急いでいただけですよ。ゆっくり話をしたら聞いてくださると思います。ですから、もう少しお休みになっているといいですよ」

 そう言ってターニャが優しくボクの頭を撫でてくれた。

 それがくすぐったくて、嬉しくて……キュッと鼻の奥に何か込み上げて来るものがあって、それからポワッと胸の奥から柔らかくて明るくて優しい熱が広がったように感じた。

「ターニャ、ありがとう。今日だけじゃなくてね、いつもボクのそばにいてくれてありがとう」

 感謝しか出てこなくて、へにゃっと情けない笑顔をボクは浮かべるしかなかた。


「っ!!いいえ、えっと……こちらこそ、ユリウス様のおそばに置いてくださりありがとうございます」

「ふふっ、慌ててるターニャ、珍しい。うん、ありがとう」

 そう言って久しぶりにほっかりと温かな気持ちを感じて、ボクはぼんやりとこうしたいことが見えてきた。


 まだ5歳児なんだし、少しのわがままは言ってみよう。まずはターニャとグラムに。

 難しいことは頼って、自分の心地いいこと我慢しないようにしてみよう。

 それには、ターニャとグラムのいつもの優しさがボクにはとっても大切で、それはちゃんと感謝しよう。

 だって「ありがとう」の一言であんなにターニャは喜んでくれた。

 だから、俯かないで、笑顔でありがとうって毎日伝えられたらいいな。ううん。伝えるんだ。

 毎日ボクのそばにいてくれる。それだけでボクはとっても嬉しいんだから。


 そうしたら…

 ぎゅっと胸にターニャから受け取った本を抱きしめる。

「ターニャ、この本、読んだことある?この本について、ボク、ターニャとお話したいな」

 どんな返事が返ってくるだろう?ちょっと不安で恐る恐るターニャの表情を伺う。

「はい!私も読んだことありますよ。ユリウス様がご無理されていなければ、お話しましょう」

 ニッコリと微笑んで答えてくれたターニャにホッとする。

 だから、ボクはニッコリを返して、本を開いた。

「ありがとう!ターニャはこの本のどこが好き?ボクはね…」

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