死
それからというもの、美樹の学校生活はめちゃくちゃだった。
毎日、放課後になるとあの三年生たちが教室にやってきて美樹を攫ってどこかへ行ってしまう。
なにがあったのか、クラスメイトや友人たちも三年生を恐れて深く追及できないようだった。
そしてそれは今日も同じく。
「美樹ぃ。今日もあたしらと遊ぼうや」
三年の先輩たちは本当に、毎日飽きもせずにこの教室にやってきて、美樹の肩を組んだ。ただ、いつもと違ったのは、
「ちょ、ちょっと、やめてください! 美樹さんがかわいそうですよ!」
クラスの学級委員長が三年生に刃向かったことだった。
「はぁ?」
「い、いつもいつも美樹さんを連れてどこかに行ってますけど、毎回怪我して帰ってくるんですよ⁉︎ あなたたち、美樹さんをいじめているんでしょう⁉︎」
委員長は小刻みに肩を震わせながら、三年生たちにそう言い放つ。
「い、いいんちょ」
「いんやぁ? あたしらは美樹と遊んでるだけー」
助けに入った委員長を、助かると思ったのか嬉しそうに見る美樹を遮って三年が話す。けらけらとあざ笑うように目を細めて。
「遊んでいるだけで怪我なんてするはずないでしょう!」
いかにも不良な先輩たちに立ち向かうのは怖いだろうに、委員長は負けじとそう言い返す。それを聞いて口角を上げていた三年生たちはめんどくさそうにため息をついた。
「べつにいいじゃん。あんたに関係ないし」
「美樹さんは私のクラスの一員で」
「てか、そもそも美樹が悪いんじゃん? こいつの彼氏奪ったからー」
委員長の言葉を遮って言い放たれた三年生の、取り巻きの言葉に教室が静かになる。
美樹が三年の先輩たちにいじめられているのはクラスのみんな、薄々気づいていた。美樹はかわいそうな犠牲者だと、みんなそう思っていた。
なのに。
「あれ、知らねーの? こいつ結構男遊びしてんぜ?」
「あたしの他校の後輩の彼氏も美樹に取られたんだよね、まじウケるくね?」
「な、なに言って」
次々と出てくる三年生の暴露に美樹の顔が凍りつく。
クラスメイトたちもどういうことだと、美樹と三年生を交互に見ながら困惑した。
「ち、ちがっ」
「違くないだろ。人の彼氏奪っておいてさぁ。なに楽しそうに遊んでんの? まじムカつくんだけど」
三年の先輩たちは美樹が彼氏を奪っておきながら教室で楽しそうにしているのが気に食わなかったと話す。
でも証拠がないよねと、ひそひそ話を始めたクラスの声に三年生は携帯電話を押しつけた。
「これ、美樹があたしの彼氏とやりとりしてる証拠。誰かが写真撮ってくれてたみたいでさー。知らないメアドからこの写真送られてきたの。そんでこいつらが浮気してんのに気づいたってわけ」
渡された携帯電話をみんなして覗き込む。私も背後から覗き込むと、それはたしかに美樹と先輩の彼氏のやりとりの履歴だった。
内容はやれいつ会えるだの、寂しい、好き、愛してる。なかには先輩の悪口も書かれていた。
「マジで?」
「美樹ってそーゆー子だったの?」
「引くわ」
「きっも」
先程まで美樹の味方だったクラスメイトたちが離れていく。ひそひそ、ひそひそと遠巻きに美樹を見て汚いものを見るように目を細めていた。
「ち、違う、のよ。私は、その、遊ばれた側で……」
「他にも証拠はいろいろあんだけど? ああ、そうだ、こいつ先生にも手ェ出してっから。マジきもいよなー」
そう言って先輩はクラスメイトに同意を求めた。最初はなにかの間違いだと思おうとしていた美樹の友人たちも三年生の出した証拠を見て美樹のそばを離れていく。
「や、やだ。違うの、私は悪くない!」
周りから向けられる好奇の目に耐えられなくなったのか、美樹は鞄も持たずに教室を飛び出した。
「美樹ちゃん!」
私は慌ててその後を追う。美樹はいっさい足を止めず、校舎を出ると校内から出て、通学路を走り、踏切の前で立ち止まった。
「はぁ、はぁ。美樹ちゃんってば、足速すぎ……」
私は運動は得意な方ではない。いつもかけっこで一番をとる、足の速い美樹に追いつくのは大変だった。
「うっ、ぐすっ」
カーン、カーンと音を鳴らしながら遮断機が降りる踏切の前で美樹は嗚咽を吐いた。
傷だらけになった腕で涙を拭うが、滝のように流れる涙が止まることはない。
「どうして……絶対、バレないと思ってたのに」
両手で顔を覆う美樹はそう呟く。
「だれ、誰よ! あんな写真撮ったのは! そいつのせいで私の人生めちゃくちゃじゃない!」
美樹は怒りのまま、ダンッと地面を強く蹴った。
「これじゃあ、教室にはいられない……親にも怒られる?」
「美樹……」
感情的になった美樹だったが、今度はうずくまって泣き出した。
「もう、むり……こんな生活耐えられない」
それはそうだ。三年の先輩たちにいじめられ、しかもその原因は美樹が先輩たちの彼氏に手を出したことだと知り合いにバレてしまったのだから。この状態で生きづらくならないはずがない。
「ああ」
美樹はふらっと立ち上がる。そしてそのまま、よろよろと遮断機に近づいていく。
カーン、カーン。いまだに踏切は甲高い音を鳴らしている。遠くからやってくる電車を横目に美樹は遮断機の下を潜り向けて踏切内に立ち入った。
電車と、美樹の距離が近づく。
「美樹ちゃん!」
美樹の存在に気づいた電車がブレーキを踏むもその速度は落ちず、美樹にぶつかろうとする。それをすんでのところで美樹の袖を引っ張って止めた。
「……え、なんで」
驚いた美樹が後ろを振り返る。
「美樹ちゃん。死んじゃだめだよ」
「め、い?」
「美樹ちゃん、私は美樹ちゃんに死んでほしくないんだ」
「うそ、なんで、なんで芽衣がここに」
美樹が私の姿を見て目を大きく見開く。それもそうだろう。私は芽衣。数ヶ月も前に死んでいる人間なのだから。
「め、芽衣……ほんとうに、芽衣なの?」
「うん。美樹ちゃんは気づきてなかったみたいだけどね、私、ずっと美樹ちゃんのそばにいたよ」
「芽衣……ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
美樹の問いに頷くと、美樹は首が取れるのではないかというくらいの勢いで頭を下げた。
「私、私いじめられるのがこんなにつらいって思わなかった。知らなかったの! だから、ごめんなさい、芽衣をいじめてごめんなさい!」
美樹は幽霊となった私に頭を下げる。
芽衣と美樹はいつも一緒。それが周りの、二人に対する感想だった。
でも、実際は違う。いつも一緒にいたのは本当のこと。しかし美樹が私のそばにいたのは仲がいいからじゃない。ただ、私をいじめ続けるため。いじめを誰かに相談させないため。
「私、芽衣が死んじゃって、どうしようって。本当にごめんなさい」
芽衣が死んだのは交通事故だと、周りは言った。だが真実は少しだけ違って、美樹が私を殺した。走っている車の前を通ってこいと命令されて、道路に押し出されたのだ。そして案の定、私は車に轢かれて死んだ。
「ごめんね、本当にごめんね」
美樹はただひたすらに謝っている。涙で汚れてひどい顔だ。
「私、もう逃げないよ。本当は死のうと思ったけど、芽衣が引き止めてくれたから。だから芽衣の分も必死に生きようと思うの」
「そっか、よかった。美樹ちゃんが死んじゃったら嫌だもん」
「芽衣……」
私の言葉に美樹は安堵の表情を浮かべる。
葬式のとき悲しそうにしていたのも、困った顔をしていたのも、私の死因が美樹と関わりがあるとバレるのが怖かったからだろうなと思いながら美樹を見つめる。
「美樹ちゃん、私たちこれからもずっと一緒だよ」
「うん、もちろんだよ。もう二度と、悪いことはしないって約束する」
そう微笑んで美樹は小指を差し出した。指切りをしたいのだろう。それに応えるように私も小指を差し出す。
「美樹ちゃん、絶対死んじゃだめだよ。これからもずっと――苦しんでね」
「……え?」
美樹と小指を絡ませて指切りをする。
絶対、絶対だよ、美樹。これから先、ちゃんと美樹が苦しむように、私は美樹の悪事の証拠をたくさん集めて、大勢の人にその情報を流したのだから。
簡単になんて、死なせてあげないからね。
それは呪いの言葉 西條 迷 @saijou
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