第二話、異世界の日常(リィムさんの日常)。
リィムさんが食事を終え、お皿は水人形が下げる。食後のお祈りもさっと済ませ、歯磨きやお化粧などの身支度を進めていく。
女性の化粧姿を僕は気にしたことがなかった(正確には見る機会がほぼなかった)けれど、リィムさんのは毎日見ていても飽きることがない。元から綺麗な肌には日焼け止めらしきものを塗り、頬に若干の朱を入れる。いくつか肌用の化粧品を使っているようだが、その辺の細かいことは僕にはわからない。
目はノーメイクの時よりはっきりするように際立たせ、柔らかさが消えて引き締まった印象を与えてくる。髪の毛は首の後ろで一本にまとめ、腰上の後ろでもう一度まとめる。使っているのはリボンやゴムではなく、ガラスのリングのような何か。たぶんまた魔法的なやつ。唇に淡い朱色のリップを塗れば完成だ。
白金色の髪に海色の髪留めがとても似合っていた。
先ほどまでの、ふわっとどこか優しさを感じさせる姿から冷たい雰囲気すら漂わせる美人へ大変身。お嬢様から騎士団長になったような、そんな感じ。例え下手だな、僕。
そそくさと荷物を持って家を出る。僕も付いていく。水人形たちがお見送りをしてくれたので、ふわふわ浮きながら彼ら彼女らに手を振っておいた。ぺこりと頭を下げるのが愛らしい。
外は明るく、空は一面青色に太陽が眩しく光っていた。
高台から緩く下り、家々の間を抜けていく。振り返れば見えるのは、陽光を浴びて輝く水平線をバックにリィムさんの家。前方にはある程度の起伏を越えた先に海が見える。そちらもまた水平線が眩しい。
毎日往復する道。タイルのような、コンクリートとは違う材質の地面。土っぽさはなく人工的なものを感じる。地面以外は僕の世界とあまり景色は変わらず、家があって、人がいて、道があるだけ。日本と違うのは車道がないことだろう。車がないから車道が要らず、信号も横断歩道も、白線もない。
電気がないので電信柱や電線もなく、思えばこの光景が既に珍しいものだった。毎日見ているせいで新鮮さを失っていた。日本以外の国では電線がないところなんていくらでもあると聞くから、その地方の人からしたら普通か。
自動車がないからといって道路が狭いわけではない。魔法石を使った高速移動は可能なので、中にはヒュンヒュンと風を切って滑っている人もそれなりにいる。イメージとしては高速のローラースケートやキックボードだろうか。魔法石のおかげかわからないけど、ちゃんと安全面は考慮されているらしい。今のところ一度も事故らしい事故は見たことがない。
もしこれで個人の技量に操縦が託されているとかだったら笑える。いや笑えはしないんだけど、僕の勘違い度がひどいって話で。
リィムさんは急がず休まずと歩いていた。束ねた髪が尻尾のように揺れ、ついつい目を惹かれてしまう。どうでもいい話だが、この人のせいで僕は金髪というものに
周囲を歩く人の数は
瞳の色は
服装は基本がモノトーンカラー。灰色か白が多く、黒はあまり見られない。色合い的に青色もよく使われているので、青と白と灰色の三色が日本で言うフォーマルカラーに該当するのだろう。
リィムさんも例に漏れず、薄い灰色のドレススーツを纏っていた。一見スカートにも見えるゆったりとしたズボンに、ふわゆるっとしつつも意外にピシッとしているシャツ。実はシャツとズボンが一体化したワンピーススタイルだということを僕は知っている。
首元まである生地に対し、胸元で揺れている海色のネックレスが綺麗だった。
歩き歩き、着いたのは緩い下り坂がちょうど終わったところ。大きなドーム状の建物だった。サイズは本当に大きい。東京ドームとかスタジアムとか、たぶんこれくらい大きいんだろうなってくらいは大きい。どこも行ったことないから比較は微塵もできないけど、なんとなく雰囲気で。
吸い込まれるように大きなドームの広い入口へ進んでいく。
ふわふわと漂いながらリィムさんに付いていくと、入ってすぐのところで通る人皆が謎の機械に謎のカードを翳していた。僕はこれを改札と呼んでいる。カードの名前はICカードだ。どう考えても駅の改札にしか見えないので、勝手にそう呼ばせてもらっている。
いつかリィムさんと話せるようになったら教えてもらいたいところである。
改札を抜け、待っているのは電車ではなく上階や下階に繋がるエスカレーターだったりエレベーターだったり階段だったり。あとたくさんの通路。
これはSF映画で見たことあるし、小説でも似たようなものが出てくることが多々あったのでわかりやすかった。もちろん異世界式エスカレーターの原理は知らない。見た目からして普通の床がフィィンと移動しているようなものだし、僕に理解できるはずがない。エジソンでもアインシュタインでも連れてきてほしいものだ。
「おはようございます」
挨拶。"ポヌマーエ"に"ポヌマーエ"が返ってくる。
エスカレーターや通路を歩いてやってきたのは一つの部屋で、その部屋からまた別の部屋へと進んでいく。途中の部屋で椅子に座っている人たちは、何か魔法石っぽい色味を帯びた石板とにらめっこしていた。アレはおそらく地球で言うパソコンだろう。しかもタブレット形式。前に近づいて映っているものを見てみたけれど一切わからなかった。文字読めないんだし当たり前ではあるんだけど。
部屋から部屋に移り、リィムさんは椅子に着く。鞄は横長の机に置き、テキパキと整理をしていく。取り出すものは取り出し、引き出しを開けてパソコン(石板)を取り出す。
この部屋はリィムさん専用の部屋で、僕が見てきた限りだとこの人は結構階級が上らしい。僕はまだ学生なので仕事の役職がどうとかはわからない。でも父さんがたまに愚痴を言っているのは聞いたことがある。「部下がなぁ」「上司がなぁ」「上にもダメな奴がいるんだよ。そんな大きい会社じゃないから」とかとか色々。
ネットや本で読んだけれど、僕の父さんは中間管理職というやつらしくて、なんだかんだ気苦労があるそうだ。僕のことを
頭の中で溜め息をついている間にもリィムさんは早々と仕事を始めた。
「今日は……あぁ、昨日の話が残っていたわね……はぁ」
朝から溜め息をこぼして、それから石板で何かし始めた。
見ていてもよくわからないので、正直リィムさんがデスクワークをしている時、僕は暇になる。一年見ていれば何をしているかなんとなくわかるので、仕事の大枠として理解できてはいる。あくまで大枠で、という話。
リィムさんの仕事は、ざっくり地球式に言えば海外との交易になる。日本で言う貿易を担っているというか、会社というより国の仕事の一部を担当している公務員と言えばいいのか。僕の知っている範囲は基本的にこの海に囲まれた島の中だけだけど、それでも
地球と違ってもしかしたらこの世界は一つの国で統一されているのかもしれない。世界統一国家というものは、意外とSFだったらありふれていたりする。宇宙進出をするにはまず惑星を統一しないと話にならないからね。
「マリテュール。ハユレさんを呼んできてくれる?」
後ろから聞こえてきた声は聞いてもわからないし無視――。
『うわぁっ!?』
焦った。急に僕の身体を突き破って水人形が出てくるものだからひどく焦った。
ドアに向かい飛んでいく一体の水人形を見送り、振り向いてリィムさんを見る。視線は石板に向けたまま、難しい顔でタブレットを弄っていた。
『まったく……急にそういうことしないでくださいよ』
まあ、うん。一切聞こえてなくても、たまに話しかけたくなることってあるよね。僕も人間だし。
「――リィムさん。アタシに何か御用ですかー?」
『うわあああ!』
焦ったぁ!人の身体貫通して歩かないでもらえませんかね。僕、幽霊だけど。幽霊でも意識はあるんだよ。つい叫んじゃったじゃん。
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