終話、日本と夢と私たちのこれから。

 五月も末を迎える頃。

 甚伍は相も変わらず学校に通っていた。学生の身らしく、勉強して、部活して、勉強して部活して。趣味と言えば毎日の宇宙戦艦育成ゲームと、たまにする読書程度。友達付き合いが無さ過ぎて私は心配になる。


 雨神様降臨事件(命名私)から変わったことと言えば、甚伍が熱心に部活へ打ち込むようになったことがある。

 不思議探究部としてというより、単純に異常現象への知識を身につけておきたいという心積もりらしい。そこだけは物凄くはっきりと伝わってきた。やる気に満ち溢れている以上に、必死さが伝わってきたから。


 今日は休日。甚伍はベッドでごろごろと寝転がっていて、スマートフォンで調べ物をしている。時折漏れる声を聞くに、神話がどうとか妖怪がどうとか調べているらしい。私の取り憑き相手が安全確保に熱心で嬉しい。


 それともう二つ、雨神様降臨事件が起きてから大きな変化があった。


 一つ、私の精神干渉が効きやすくなったこと。


『甚伍ー。お外行くわよ。天気良いし、神様とか妖怪とかから逃げるのに体力も要るでしょう?』


 別に意思疎通ができるようになったわけじゃなくて、私の声がしっかり少年の耳に届いているわけでもない。けど。


「……そうだ。体力付けないと」


 のそりと起き上がって、出かける準備を始める。

 起き上がった少年の代わりに私がベッドに横になった。感触はないので気分だけ。


 とりあえず、甚伍本人が気にしていることなら簡単に精神干渉が効くようになった。なってしまった。これが良いことなのか悪いことなのかは正直わからない。あんまり喜んじゃいけない気もするけれど、私的には結構嬉しい。


 甚伍の話し相手だった妖精さんは役に立たなかったとかで、今の話し相手は守護霊だったりする。そしてその守護霊が何を隠そう私のこと。的確……じゃないこともあったりするけど、とにかく私はお喋りできることが嬉しくて仕方ない。


「僕、どれくらい走ればいいんだろうね」

『体力は大事よ?あの骸骨の足が速かったらもっと大変だったと思うし』

「あぁ、距離も大事だけど速度も大事か。そっか。そうだよね」

『走って走って走りまくるしかないわね。時間はあるんだもの。頑張りましょ?』

「日進月歩って言うもんね。うん。毎日頑張るよ」

『何言ってるのかわからないけど、私は応援するから頑張ってね』


 まあ、うん。


 甚伍が口に出したことって私には一切伝わらないから、お喋りって言えるほどお喋りじゃないんだけど。むしろ精神干渉だから一方的な宣告っていうか、お告げっていうか。そういう感じで。

 でもやっぱり、一歩前進したことには変わりないから。このまま少しずつ会話ができるようになっていければいいなって思う。


 それと、もう一つの変わったことは。


(あー今日も飛んでるなぁ)


 外に出た甚伍が綺麗な青空を見上げて、心の内で呟く。

 さっきの会話になっていない会話と違い、今度はちゃんと聞き取れた。彼の見上げた先、青空の他にも飛んでいるものが見える。


 四つ・・の翼が生えたからす。黒々とした翼を羽ばたかせて、悠々と空を飛んでいた。あの烏は特に何をするわけでもなく、ただ自由気ままに飛び回っているだけ。

 他にも、雲の中に何か大きなものが見えたり、雨神様とは違う竜のようなものが見えたりと。色々なもの・・が見えるようになった。


 これはたぶん、あんまり喜んじゃいけないことだと思う。骸骨事件とか雨神様降臨事件とか、そういった類の何かにどんどん巻き込まれていくような気がする。これは予感じゃなくて予想なので、できれば外れてほしい。


 いつまでも空を見上げているのも変なので、甚伍に思念を送って前を向かせる。ずっと上見てて目を付けられたら危険よ、みたいな感じのやつ。


「……うん。走ろう」


 私の言葉が効いて、ちょっぴり引き攣った顔をしながらも前を向いて走り始めた。


 五月も終わり、これから六月が始まる。私の記憶によれば、六月は雨の多い梅雨という季節だったはず。雨神様の季節だと思えば少しは気が楽になる。


 私にできることなんてまだまだほとんどないけれど、ほんの少しでも甚伍の助けになっていきたい。せっかく仲良く……はなれてないか。親しくないとしても、私からすれば見知った仲だから。


 気持ちを入れ直して、改めてと前を走る少年を見る。

 はっはっと息をしながら走る甚伍の前には小さな水溜りがあって――。


『甚伍ー!その水溜りなんかやばいやつかもしれないわー!!』


 距離が離れていても関係なく思念は届き、危険信号を察した少年の足は……と思ったら既に水溜りを踏んでいた。

 嫌な予感に身を震わせながら宙を飛び、さっと甚伍の隣に立って水溜りを見下ろす。そこでは水面がゆらゆらと揺れ、何か靄のようなものが浮かび上がってきていた。少年の足に纏わりつこうとしている。


「ぎゃあああああ!」


 私と同じく水溜りを見ていた甚伍が悲鳴を上げて 勢いよく走り出す。私も追いかけ、ちょろっと振り返れば甚伍と同じ大きさの人型が追いかけてきていた。向こうが透けて見える完全な水そのものだった。でも人型。しかも自立式。意味わかんない。


 ――わかんないけど、甚伍のこと乗っ取ろうとしてる何かかもしれないわ!


 走る少年に強く思念を送った。

 見た目人型だし、そんな気がしたから。


「あぁああもうやだあぁぁぁ!!」


 全力で走りながら半泣きで叫ぶ少年と共に、私は必死に頭を回す。

 簡単な答えなんて一切見つからなくて、家を出ることを勧めた自分への愚痴ばかりが出てくる。それでも不思議と、頭の片隅では別のことを考えていて。


『人の成長には苦難が必要って言うものね』


 甚伍が成長する必要があるかとか、こんな苦難は私だって味わいたくないとか。そういうの全部置いておいて。

 ただただ私には、これから過ごす甚伍との夢中世海での生活がちょっぴり、少し……ううん、結構楽しみに思えてしまう。


(ううう、相手は水。ただの水。じゃあ蒸発?姿を奪う……ならドッペルゲンガー!定番の弱点は鏡!鏡だ!!)


 正解か不正解かわからないことを悩み叫ぶ少年を見ながら頬を緩める。


 空を見上げれば、四枚羽の烏が遠く遠くに飛んでいく姿が見えた。

 私の知らない世海の、私の知らない非日常。まだ始まったばかりの非日常は、きっと私と甚伍を巻き込んであの烏みたいにどこまでも飛んでいくことになるのだろう。その途中でいったい何が起こるのか。期待と不安と不安と不安と……不安ばかりね。

 でも、うん。なんとなく、甚伍とは仲良くなって会話もできるようになる気がするわ。


(鏡なんてどこにあるんだよもおおおおおお!!)


 大きな声が私に届き、それに答えるように思い浮かんだ言葉を彼に伝える。

 ありがとう!!!と目一杯の感謝が込められた言葉が聞こえ、私はどういたしましてっ!と弾んだ声で返事をした。


 向かう先は近くの公園にある時計塔。


 辿り着いた先でどうなるかはまったくわからないけど、その時はその時でまた考えればいいと思う。

 今の甚伍には、私というとっても立派なすごい守護霊が憑いているのだから。


「なんかわかんないけど僕の守護霊が調子に乗ってる気がした!!!!」


 まあ、私たちの間で言葉は一切通じないんだけどね!






後書き

※実はこれで序章半分終わりです。

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