第六話、骸骨事件の顛末と雨。

 一週間後、というにはおかしな話だけれど。


 あの不思議な恐怖骸骨事件から一週間が経った。

 私自身の生活は特に変化がなく、毎日の書類仕事に追われ、深海との情報交換や交流も順調に進んでいた。いつも通りと言えばいつも通りで、まだまだ時間かかりそうだなぁと思う日々。


 対してこちらの世海。気の休まる平和な時間を過ごせる場所だと思っていたのに、おかしな事件のせいで心にどっと疲れが溜まってしまった。


 一週間が経過した今となっては、もう甚伍も普段通りの生活を取り戻している。学校で授業を受けて、部活をして、授業を受けて、部活をして。穏やかな日常の一言に尽きる生活。


 骸骨事件の後日談として私にわかるのは、あの骨格標本が理科室に戻っていたことと、急に崩れ落ちた標本が撤去されたことと、実は骨格標本が本物の人骨で、撤去後にきちんと供養されたことくらい。そして、何故か・・・骸骨の左手の薬指が真新しい骨になっていたことだけ。


 甚伍が漏らした話だと、生徒の誰かが悪戯で指を一本持って行ったらしい。その結果、私たちが――主に甚伍がひどい目に遭った。生徒が持って行った指はいつの間にかなくなっていたそうなので、事件としては完全に解決した。


 例の骨が動き出した理由を推察するに、骨を奪われたことに対する抗議か復讐か。元が人骨なら、見世物として置かれていたことへの怒りだったのかもしれない。私たちを襲った理由はきっと、甚伍が不思議探究部なんていう部活に入っていて、たまたまその日は骸骨について文献をまとめていて、さらに"私"のような存在も惹き憑けているから。


 言葉を発せない骨の意図がわかるわけもなく、すべて私の予想でしかないけれど、偶然が偶然を呼んだ結果があれなのかもしれない。


 逢魔が時。今までは冗談で言えたものも、そう一言で笑い飛ばせるものではなくなってしまった。

 ちなみに、喋る絵や勝手に演奏するピアノについての話は一切なかった。


 甚伍は事件後の数日左手を気にするような素振りをよく見せていて、それ以降は何事もなかったかのように生活している。


(――ねえ妖精さん。次は何が起こるんだろうね)


 訂正、石海甚伍はおかしくなっていた。



 石海甚伍、十五歳。

 非現実的な恐怖体験により虚言癖を発症。妖精さん等という私以外の霊体と会話をする許されざる行為をするようになる。


『甚伍、次なんてないわよ。冷静になりなさい』


 学校の昼休み。

 人気の少ない廊下にて。窓際に寄り曇り空を眺め黄昏る。少年は一人寂しく心の中で会話をしていた。


「次は魔法使いか……魔法か」


 呟いたのは何か。私にはわからない言葉。でもきっと碌な事じゃないと思う。

 当然私の言葉は甚伍に届かないし、甚伍の心の声が全部私に届くわけでもない。相変わらず意思疎通なんてできないし、私の存在すら感知されていない。


 妖精さんとかいう意味不明な存在と話すようになってしまった少年が可哀想に思える。


 そんな現状が続く中で。

 甚伍は周囲から"中二病ちゅうにびょう"などとよく言われていた。最初は何を言っているのかわからなかったけど、何度も聞いていれば言葉は覚える。

 甚伍の思念は私の世海の言葉に変換されて流れてくるので、彼が愚痴るように言ってくれたおかげで理解できた。


 中二病。要するにそれは、思春期の少年が陥る夢想的な病気。現実逃避とも言える。


 私の世海にもそういった夢見がちな少年はいた。と思う。たぶん。いたような気がする。いたのかもしれない。


 ともあれ、甚伍が現実から逃げたいのならそれはそれで仕方ないし悪いことじゃないと思う。それで日常生活に支障が出るならまだしも、今のところそんな様子はないので大丈夫。

 私に話しかけるのではなくて、妖精なんてものを作り出したことは甚だ遺憾なのだけど。



 例の骸骨事件により甚伍が中二病になってから二週間が経過した。

 今日はよく雨の降る日で、朝起きてからずっと、雨粒が屋根を叩く激しい音が屋内にまで響いてくるほどだった。


 甚伍が登校時間までぼんやり妖精と話しているのを横目に、私は彼の布団に横になって天井を見つめる。


 考えるのは私の五感について。

 この世海は、夢。夢の中。私が寝ている間に見る夢。それは間違いない。だけどきっと、どこかに存在する場所でもある。次元や位相がずれている世海がたくさんあるのだから、こんな世海が存在していてもおかしくない。もしくは他の惑星だったりも。


 それは置いておいて、今気になっているのは五感のこと。

 触覚、味覚、聴覚、嗅覚、視覚。この五つ。


 私が甚伍の世海に居て感じられるのは、主に視覚と聴覚。触覚はあるわけなくて、味覚もない。当然嗅覚もない……と言いたいところなのだけど、最近気づいてしまった。例の骸骨事件で甚伍が指を切り落とした時に、はっきりと血の香りを感じたことを。


 匂いを感じられるなら、触れることができてもいいはず。だけどそれはできない。

 そもそもの話、視覚と聴覚だけ働いているというのがおかしい。視覚は光で聴覚は波が元になっているのだから、熱や振動を感じる触覚が働いていてもおかしくない。


『……ま、色々ずれてるって考えたらねぇ』


 どれだけ考えても結局は予想の域を出ない。

 私の頭じゃ思いつかないような何かが起きているのだとしたらもうお手上げ。第一ここ、夢の世海だし。その時点で意味わかんないもん。


 勢いをつけて起き上がり、窓際に立つ。触れられないカーテンの窓の先、灰に染まった雨雲色の空を見つめる。

 今日は少し、長い一日になりそうな気がした。

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