幼馴染みが俺を諦めてくれない。~8年越しの恋は当然のように結ばれました。結ばれてしまいました~

曲がり角

幼馴染みが俺を諦めてくれない。~8年越しの恋は当然のように結ばれました。結ばれてしまいました~

 

「好きです。私と付き合ってください」


 艶やかな髪をポニーテールにした美少女――志布志しぶし日和ひよりは、俺――遠藤森羅しんらの目を見てそう告げた。


 突然の告白に目を丸くする。しかし、俺の答えは決まっていた。今まで何度となく返してきた俺のアンサー。


「無理。付き合わないよ」


 どこか素っ気ない言葉。告白への対応としては最低な部類だろう。

 普通、真摯な想いには誠意を持って答えるべきだ。


 しかし、そんな最低な返答に対して


「ははは、やっぱりか! も~、いつになったら付き合ってくれるの」


 日和は破顔した。頬には可愛らしい笑窪えくぼが浮かび上がる。


「いつになったらって、そんなのないって。てか何でこのタイミングなんだよっ!」


 そう言いながら、俺は本日の夕飯――炒飯チャーハンの仕上げへと取りかかる。


「炒飯は時間が命なんだよ! 卵いれたタイミングで告白なんてすんな」


「えー、だってこのパターンはまだ試してなかったから」


 不貞腐れた様子の日和は鍋をふる俺の脇腹をつつく。


「このパターンって……一体いつまで俺にかまってるつもりだよ」


 日和の愛の告白は今に始まったことではない。

 日和との出会いは小学三年生の頃。当時、太っていた日和はいじめっ子男子集団に目をつけられていた。


 その日、校庭の砂場に行くと日和は男子たちに砂をかけられていた。豚はトリュフを見つけられるってテレビで見たとかどうとか楽し気に言いながら砂をかける男子たち。

 今思えばだいぶ酷い。子供の無邪気さは本当に残酷だ。


「こんなとこにトリュフあるわけねえだろ! あったら俺が掘る! うち、貧乏だしな!」


 どこか変わった助け方だとは思うが、当時の俺はそうやって日和をかばった。

 それがきっかけだろう、その数か月後、日和に告白された。


「あたし。しーくんのこと好き」


「そっか、ありがと。じゃあおれ、妹たちの飯作んなきゃいけないから。また明日」


「えっ……あ、うん。また明日」


 今思えば、最初の告白のときから俺の対応は最低だったな。

 でもそんなトラウマになりかねない告白を経験しても日和は俺に構い続けた。


「ねえ、しーくん。好き、付き合って?」


 日和なりの反省を踏まえたのか、次の告白ではしっかり、付き合ってくれと告げられた。

 それでも俺の答えは変わらない。


「そう思ってくれるのはうれしいけど、付き合えない。ごめん」


「そっか……わかった」


 それからというもの日和は事あるごとに告白してきた。そして、俺は決まって断る。

 一見なんの変化も成長もない関係に思えたが、日和は告白を成功させようと日夜、自分を磨いていった。


「ねえ、しーくん。あたし、だいぶ瘦せたでしょ? 付き合う気になった?」


「確かに。めっちゃ痩せたね。でも付き合わないよ」


「ねえ、しーくん。あたし、ピアノコンクールで賞とったんだ。付き合う気になった?」


「おめでと。ピアノとかよく分かんないけど、すごそうじゃん。でも付き合わないよ」


「ねえ、しーくん。私、勉強頑張ったんだ。一緒に五月女さおとめ中学校通おうね。せっかく同じ中学に通うんだし付き合わない?」


「そっか。中学でもよろしくな。でも付き合わないよ」


「ねえ! しーくん! 私、テニスの全国大会で優勝したよ! 付き合う気になった?」


「すげえじゃん! まじかよ! 優勝はやばいって! おめでとう! でも付き合わないからな!」


「ねえ、しーくん。私、最近色んな男の子に告白されるの。付き合うなら今のうちだよ?」


「モテモテだな、さすが俺の幼馴染み。でも付き合わないよ。俺なんかよりいい彼氏見つけろって」


「ねえ、しーくん。私、しーくんのこと諦めないから。いつか絶対付き合ってもらうからね。だから今、付き合ってもいいんだよ? 結果は変わらないんだから」


「いや、付き合わないって。そろそろ諦めてくれ」


「ねえ、しーくん。世羅せら沙羅さらも私たちのこと認めてくれるってさ、妹たち公認のカップルになれるんだよ? そろそろ付き合わない?」


「もし付き合うとしても、あいつらの許可とかいらないから。てか付き合わないし」


「ねえ、しーくん。五月雨さみだれ高校でもよろしくね。高校生のうちに絶対付き合おうね」


「ああ、よろしく。結局高校まで一緒か。でも付き合わないけどな」


 今までに何回告白されたのかも分からない。

 気が付けば俺たちは高校一年生も終え、今日から春休み。八年近くの間、日和は俺に告白を続け、俺はそれを断りつづけてきた。


 その八年間で俺たちも随分と変わった。

 小学生の頃、ぷっくり太りマシュマロのような体型をしていた日和はどこへやら。今は道行く人がチラリと盗み見るほどの容姿、ずば抜けた運動神経、芸術にも造詣が深く、成績も優秀。完璧超人、志布志日和の完成だ。


 一方、現在の俺はというと、ただのさえない男子高校生だ。

 今は料理の邪魔なのでピンで上げているが、前髪は鼻先まで伸ばしっぱなし。身だしなみには何の注意も払わず、寝癖がついた頭にジャージ姿で鍋をふるっている。

 高校に入ってからは帰宅部であり、体型もだらしない。


 しかし、この姿には俺なりの理由がある。

 日和に愛想をつかさせるためだ。




 ここで少し身の上話をしよう。

 我が家――遠藤家は少々、普通とは異なる家庭を築いている。

 家族構成は母、俺、一歳下の双子の妹、以上。


 バイク乗りだった父さんは俺が7歳の頃に交通事故で死んだ。

 それ以来、母さんは仕事人間になり、長男である俺が妹たちの面倒をみた。

 親戚の家にやっかいになるという話も上がったが、頼れる親戚は東京にいなかったし、父さんが頑張って建てた一軒家を売り払って地方に越すという選択を取る気にはなれなかった。


 そういった事情もあり、小学生の頃は妹たちの面倒をみるのに手がいっぱいで、日和と付き合うような余裕はなかった。

 ただ、俺と妹たちは一歳違い。中学になるころには妹たちも十分に自立していたのだが、そこは俺自身の決意としてまだ色恋にうつつを抜かすつもりはなかった。


 それに、日和に対して恋愛的な感情を抱いていなかったことも大きな理由のひとつだろう。


 俺は日和を女の子として好きだったわけでもなかったし、思春期特有の異性に対する好奇心に身を任せ、興味本位で付き合う気もなかった。


 つまり、おれはどうなっても日和と付き合うつもりはなかった。

 それに日和の俺に対する恋心も、いつか時の流れとともに薄れるだろう。

 いつか俺よりも魅力的な人と出会って、そいつと幸せになるだろう。


 そう思っていた。


 その考えが間違いだと思い始めたのは中学三年生の冬。

 日和が俺と付き合うために五月雨さみだれ高校に通うと言い出したときだ。

 流石の俺もまずいと思った。


 このままだと本当に付き合うまで俺に構い続けるのではないか。けれど俺には付き合うつもりがない。

 この状況は日和にとっても時間の無駄なのではないか。日和がその気になれば虹色の青春を謳歌することだって容易いはずだ。俺が日和の足かせになるのは避けたい。


 しかし、家族ぐるみの付き合いである日和を突き放し完璧に拒絶する気にはなれなかった。自然と日和の意識が俺から離れるのがベスト。

 そう思い俺は、日和に愛想をつかされるように努めた。


 なのに、なのに日和は高校二年生になろうという今も告白を続けるのだった。


「なあ日和。夕飯の準備できたから二人呼んできてくれ」


「はいよー」


 とたとたと階段をあがっていく日和の後ろ姿を見やり、俺は夕飯をダイニングテーブルへと運ぶ。

 このままじゃダメだ。どうしたものか。



「おにいー。今日は何ー?」


 サッカー大好きスポーツ少女の世羅が駆けおりてくる。


「炒飯と餃子だぞー」


「うっはあ。うまそ」


「世羅! 走っちゃ危ないでしょ。兄さんも注意してよ」


 その後ろをついてくるのはおっとり系の沙羅。世羅と沙羅は二卵性双生児なので顔はあまり似ていない。


「だってよ世羅。気を付けろな」


「はーい」


 そうして俺たち四人は食卓についた。

 日和は週に2,3回、遠藤家で夕飯を食べて帰る。


 日和は世羅とも沙羅とも仲がよく、遠藤3兄妹全員にとっての幼馴染であるため最早家族のような扱いだ。

 俺が日和を恋愛対象としてみることができない原因の一つかもしれないが。


「ねえ、おにい。私たちの制服まだ届かないの?」


「まだじゃないか。俺の時は入学式ぎりぎりに届いた気がするな」


五月雨さみだれの制服かわいいから早く着てみたいんだよねー、ねえ沙羅」


「そうだね。リボンとか可愛いんだよね」


 世羅と沙羅は春から高校生。そして通うのは俺と日和と同じ五月雨さみだれ高校だ。

 家からほど近いことや学費も考慮して選んだらしいが、何といっても女子生徒に人気な制服は非常に凝っていて可愛らしい。


 正直、制服目当てで高校選びをした二人。


「せーちゃんたちと通えるの楽しみだなー。へへへ、もう二人も高校生だもんね」


 にへら、と笑う日和は随分と前から二人の入学を楽しみにしていた。


「私も楽しみ! なんてったってJKだからね! JK!」


「世羅、調子に乗って変なことしないでよ?」


「しないって! もう高校生なんだしー。もう半分、大人ですぅー」


 世羅は口を尖らせると右手に持ったスプーンをびしりと沙羅に向ける。自称半分大人JKにしては行儀が悪いぞ。


「まあそうだけど……あれ、そう言えば兄さん。ひよ姉と付き合わないの?」


「っは!? ど、どうした突然!」


 沙羅の照準が180度回転。突然俺をロックオンした。


「だって前に、いつになったらひよ姉と付き合うの? って聞いたら、お前たちが高校生になったらな~って」


「えっ!? えっ!! しーくん、そんなこと言ってたの?!」


 沙羅のタレコミに日和は喜色満点、ポニーテールを本物の尻尾のように揺らしながら俺と沙羅を交互に見やる。


「い、いや。それいつの話だよ」


 正直、記憶がない。まずいってこれ。


「うーーん、兄さんが中学生になるときかな。入学式の日だった気がする」


「え! ほ、ほんと!? しーくん、私と付き合ってくれるの!?」


 相変わらず日和は俺への好意を隠す気が微塵もないらしい。ここまであからさまな反応をされると、俺としても強く否定できない。

 まあ、日和の熱烈なアプローチは今に始まった話ではないのだが。


 しかも、沙羅は記憶力がおかしいほどに高い。沙羅がいうなら、きっと俺の発言は確かなのだろう。中学生になった俺がどういう心境でその言葉を発したのかは分からないけど。


「そ、それは……」


「ねえ、ねえ。付き合ってくれるの?」


「う、うぐ……」


「もぐもぐ……早く付き合えばいいのに。流石にあたしたちも高校生なんだし、気遣わなくていいって」


 炒飯の虜になっている世羅がここで一言。この一言で俺の劣勢は火を見るよりも明らか。3対1。

 ど、どうする俺。どうやってこの場を切り抜ける。


 ……もういっそ正直に話すか。


「そ、その……言い辛いんだけど、あのな」


「なになに? ……も、もしかして彼女いるとか?」


「は? おにい、ひよちゃん差し置いて彼女つくってんの??」

「え? 兄さん、ひよ姉をほったらかして彼女つくったんですか??」


 非常にまずい。このままでは兄としての威厳どころか、人としての尊厳すら危うい。明日になったら俺の席が食卓からなくなっている可能性さえある。


「ちがうって! そんな訳ないだろ!!」


 きっと俺は必死の形相をしていただろう。だって本当にまずいもん。その勘違いだけは本当にされちゃいけないやつだもん。


「そ、そっか。じゃあ、言い辛いことって?」


 小首をかしげる日和。

 ああ、般若のごとき妹たちの顔が視界の隅にちらつく分、あなたは女神に見えますよ日和さん。


「そ、そのー……日和のことを、恋愛対象として見れてないんだ……」


「……」


 日和は思わずうつむく。俺からは顔が見えないが随分とショックを受けているはずだ。

 こうも真っ向から否定的発言をされてしまって堪えないはずがない。

 しかも恋愛対象に見られないというのは日和からすれば非常に重い理由なはずだ。


「ちょ、ちょっとおにい! それはなくない!? こんなに一途なひよちゃんのどこがダメなわけ!?」


「そ、そうですよ兄さん! ずーっと兄さんにアタックしてきたひよ姉にそれは……てかなんで今更そんな大事なことを」


 俺の発言にたまらず声を上げる妹たち。そのもっともな意見に俺はうろたえるしかない。


「そ、それは……タイミングを逃したというか。付き合えない理由も聞かれたことなかったし……」


「そんなこと聞かれなくても言わないとダメでしょ!」


 世羅は珍しく怒り心頭といった様子で立ち上がる。

 一触即発、おれと妹たちの言い合いがヒートアップしそうなその時、日和が口を開いた。


「……それだけ?」


「……え?」

 そ、それだけって言った?


「私と付き合えない理由ってそれだけ?」


「それだけって……まあ……そう、かな」


 日和と付き合ってこなかった理由は二つ。家族のことに専念したかったことと日和を恋愛対象として見られなかったこと。

 妹たちが高校生になることを考えれば、現在、付き合えない理由としてはその一点だろう。


「そっか……なんだ、そんなことか」


「え」


「そんなことどうだっていいのに」


「ど、どうだっていいって、結構重要なことだろ?」


「ううん、大したことじゃないよ。だって付き合ってから好きになってくれればいいんだもん」


「……そ、それは……っ」


 俺は思わず戦慄した。ふと顔を上げた日和の目を見て確信してしまった。

 日和は……俺の幼馴染みはどうなったって俺を諦める気がないと。


 美少女の慈愛に満ちたその表情は傍から見れば、愛すべきものすべてを受け入れ許しを与えようとする女神のそれに見えたはずだ。


 しかし、日和を知る俺からすれば、その表情は、一生あなたを想います、という飾りっ気のない偽りのない純情純愛、その証だった。


 ど、どうしてそこまで。

 どうしてそこまで八年前の恋に身を焦がすことができるのか。どうしてそこまで擦れていない純真な想いを寄せてくれるのか。


 俺にはわからなかった。

 ただ、思った。日和からは逃げられない、と。


「ひよちゃんって本当に一途だよねー」


 明るい世羅の声が耳朶を打つ。俺にはこの激情にも似た恋慕れんぼを一途のひと言で済ませていい気はしなかった。

 しかし、妹たちは明るい様子で話す。


「そうだね。兄さん、良かったね」


 良かったね……?




 ああ、そうか。俺は勘違いしていたみたいだ。

 ここに俺の味方はいない。最初から3対1の戦いだったんだ。この恋愛戦争は。


 外堀なんてものはとっくの昔に埋まっていた。

 八年前から俺という大将の首は、綺麗に洗われ日和の傍らにあった。

 いつその首を掲げ、戦争を終わらせるかは日和次第。


 そのことに気づいていないのは俺だけだった。


「……」


「ねえ、しーくん……好きです。私と付き合ってください」


 噓も偽りもない、まごうことなき恋する乙女の表情かおで日和はそういった。


 チェックメイトとばかりに目が胡乱に輝いてみえたのは俺の幻覚だろうか。きっと、そうだ。

 しかし、おれが日和の告白を断る理由はなくなってしまった。


 唯一の理由ーー日和を恋愛対象に見ることができない、この理由を日和は受け入れてしまったのだから。

 そうなってしまえば、俺の答えは決まっている。


「……うん。付き合おうか」


「えへへ、やっとだね」


 屈託のない笑顔。


「よかったね、ひよ姉!」

「おめでと、ひよちゃん!」


 新たなカップルの誕生を祝す妹たち。その姿は女神の横で顔を歪めてほほ笑む天使のようだった。


 三人の祝福にひと段落ついた後。食べ終えた夕飯の片づけを終えた後。

 幼馴染みから彼女へと成った日和がそっと近寄り、耳元で囁く。


「ねえ、しーくん。私たち恋人同士だよね。じゃあ、ハグだってキスだって、その先のことだって。なんだってしてもいいってことだよね」


 白い肌を朱色に染めて、彼女はいたずらっぽく告げた。

 甘い吐息が耳にかかり、頭がじんじんとする。


 日和は本気だ。俺が日和を恋愛対象として見れなかったことなんて本当に気にも留めていないんだろう。

 おれの身も心も手に入れようとしている。


 その熱が俺に伝わってきた。



 ああ、日和は――俺の幼馴染みはどうなったって俺を諦める気がないらしい。


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幼馴染みが俺を諦めてくれない。~8年越しの恋は当然のように結ばれました。結ばれてしまいました~ 曲がり角 @magarimagari

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