第15話 皇妃

メルア公爵令嬢は、皇帝と政略結婚した。

銀髪で整った顔立ちの皇帝は、女性達から人気だったが、女性と遊ぶ素振りを見せず、メルアは唯一の皇妃として、帝国で最も身分の高い女性となった。


しかし、二人目の子供を妊娠中に、あの忌々しい出来事が起こった。皇帝が女に騙され、相手を妊娠させたらしい。皇帝の子供を身ごもった女はすぐに国外追放となったらしい。その女はルチア伯爵令嬢だった。ルチアは、ピンクブロンドの髪の可愛い女性だった。舞踏会で会う度に、メルアを見てクスクスと笑い、周囲へ皇妃の悪口を言っていた。皇妃は品がない。皇帝に愛されていない。相応しくない。ただの伯爵令嬢の言葉だ。気にする必要なんてない。

冷静に対応しなければならない。皇妃として、正しい対応を。


まさか、あの忌々しい女と、夫が関係を持つなんて信じられなかった。想像するだけで吐き気が込み上げてくる。夫は、騙されたと言う割には、ルチア令嬢とその腹の子供は見逃したらしい。懇意にしている外国貴族へ預けたと聞き、メルアは怒りに震えた。


マックバーン皇家は代々銀髪が遺伝されてきた。皇帝に選ばれるのは、ほとんどが銀髪の皇子や皇女だった。メルアの産んだ長男は優秀だが銀髪ではない。二人目の子供はメルアにそっくりな赤髪の皇女だった。帝国貴族の中には、銀髪の跡継ぎを産む事ができないメルア皇妃に対する不満を口にする者がいる事は知っている。


ルチア元伯爵令嬢が、皇帝の子供を産んだ事について知っている者はごく僅かだった。だけど、もしその子供が銀髪なら、私や子供達の地位を脅かす存在かもしれない。


メルアは怒りと不安に苛まれて、どうしても夫を許す事が出来そうになかった。

夫とは元々政略結婚で、メルアが夫を何度か批判すると、夫はメルアと公務以外で、接触しなくなった。


メルアは不満だけを溜めて行った。


皇帝はメルア皇妃を避けている。子供達は優秀な乳母や家庭教師が大事に育てている。メルアの側には誰もいない。些細な事で癇癪を起すようになった皇妃に近づく者はいなかった。


そんな時、実家のジェフリー公爵家に帰った。思い悩むメルアに、父の公爵は気分が良くなる薬だと白い錠剤を渡してきた。心が落ち着かず夜もよく眠れなくなっていたメルアは、物は試しだと勧められるままにその薬を飲んでみた。


薬を飲むと夢うつつになり、とても気分が良くなる。


父は、そんなメルアを見て満足そうに笑っていた。


メルアは、定期的に実家に一人で帰るようになった。

薬を貰い、実家で遊ぶ。薬を飲んだ日だけはメルアは、怒りや不安を忘れる事ができた。

父のジェフリー公爵からは、薬を輸入する為のお金がいる。メルアの為に必要な経費だと、かなりの金額を強請られた。メルアは言われるがままに、父へお金を渡していった。


支給されていた礼節維持費を使い切り、ついにメルアは国税に手をつけてしまった。父のジェフリー公爵は、メルアに積極的に協力し、もっと多くの金額を引き出せとメルアに指示してくる。メルアは従うしかなかった。


そうして、どんどん着服する金額が増えて行き、遂に夫に知られてしまった。


久しぶりにプライベートな場で会う皇帝はメルアに詰め寄ってきた。


「どういう事だ!国民の手本になるべき皇妃が、税金を使い込むなど、君には失望したよ。すぐに、国庫へ血税を返してくれ。今年中に返せないのなら、君とは離婚する。」


メルアは、夫の言葉を俯いたまま聞き、頷いた。


(貴方のせいなのに、私がこうなったのは貴方が、あの女と関係を持ったからなのに、私は悪くない。貴方さえ、私を見てくれたなら。貴方が私だけを愛してくれていたのなら、こんな事にならなかったのに)


そう、私は悪くない。


私は、、、


メルアは父のジェフリー公爵へ相談した。皇帝に知られ返金しなければ離婚をすると告げられたと伝えた。


父のジェフリー公爵は言った。


「こうなったら仕方がない。後の事は私に任せてくれ。皇帝には帝位から退いてもらう。」


息子の皇太子は優秀な人物だ。皇太子には、母の事をとても大事にしてくれる優しい所がある。だから、皇太子は私や父のしてきた事を見逃してくれるはず。



そう、悪いのは、貴方だ。私を顧みない貴方なんていらない。



帝位から降りた貴方は、私を見てくれるのだろうか?



また、私と共に過ごしてくれるのだろうか?







だけど、その前に、あの元凶達をなんとかしなければいけない。


あの銀髪の娘を、、、、




娘イマージュ皇女の結婚相手として考えていたオージン・マクラビアン公爵令息が、舞踏会へ連れてきたのは美しい銀髪の娘だった。メルアの隣に座る皇帝が、その娘を見て驚き息を飲む音が聞こえた。夫は、月日と共に白髪が増え、若い貴族達は気づいていない。だが、長老貴族達は、銀髪がマックバーン皇帝直系子孫の証だとよく知っている。舞踏会場の端々で、銀髪の娘と皇帝陛下を見比べる視線を感じる。


イリーナと名乗った娘は、どことなくあの忌々しい伯爵令嬢と似た顔の作りをしている。夫はすでに確信を得ているのか、めずらしく銀髪の娘に話しかけている。


忌々しい。


私が欲しかった陛下の関心をこの娘は奪っていった。


私が欲しかった皇族の証である銀髪をこの娘は奪って行った。


銀髪の娘は、生きていてはいけない。


何年も、何度も探してきたが、ずっと見つからなかった子供が自分から私の目の前にやってきた。


銀髪の娘が経営するというリム商会を調べたらすぐに、娘の出身が分かった。近々生家に帰るらしい。


生まれた場所で、母親と共に仲良く眠りにつくがいい。


永遠の眠りに、、、、






ジェフリー公爵家で、メルアは薬を飲み、遊びに耽る。


もうすぐ長年、苛まれてきた元凶がこの世から姿を消す。


薬に頼らなくてもよくなるかもしれない。


もしかしたら、、、あの人も私の事を、、、、


でも、どうしてかしら。


父の公爵は兵士を集めている。


公爵家は物々しい雰囲気に包まれている。


「ふふふふふふ。ふふふふ。」


笑い声をあげる私を見て、父はなにか難しい言葉を話している。


「お前のお陰だよ。メルア。遂に私がこの国の頂点に立つ時が来た。愚かな娘だが、よく役にたった。お前が用意した金で、沢山の兵士や武器を集められた。いくらでも薬をやろう。なにもかも忘れていつまでも夢に浸ればいい。ついに帝国は、私の物のなる。」





メルアは父に褒められ、嬉しくなり笑った。


「ふふふふふ。ふふふふ。」








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