第14話 生家

イリーナは、微笑みながら母と妹を見た。


1年にも満たない間にグロッサー男爵家は、没落し荒れ果てていた。


雑草が生い茂る庭に、手入れされていない屋敷。そんな中で、目の前の母ルチア・グロッサーと妹のルアンナ・グロッサーだけが異様な存在だった。食事も満足に食べられていないのか肌が荒れ、青白い二人は、それでも沢山の宝石を身に着けて、豪華なドレスを着ている。

あまりにも、屋敷の現状と彼女たちの姿がそぐわない。



(一度手に入れた贅沢を手放しさえすれば、楽に暮らせるはずなのに。)



イリーナは、連れてきた二人の屈強な護衛と共に、懐かしい屋敷の中へ入って行った。


母のルチアは、顔を顰めイリーナを睨みつけている。妹ルアンナは、かなり痩せたようだった。


イリーナは言った。


「先ほど伝えた通り、私が経営するリム商会がグロッサー貿易会社の株式を買い占めました。今後は、私がグロッサー貿易会社の経営者となります。」


母は言った。


「そんな事はあり得ないわ。貴方はグロッサー男爵家から追放されたのよ。その貴方が経営者になるなんて!」


イリーナは言う。

「まさか、乗っ取りを想定されないまま、あんなに膨大な量の株を売却されたのですか?」


母は言った。

「それは、、、とにかく、返しなさい。グロッサー貿易会社は貴方の物ではないわ。株を買い占めて経営者になると言うのなら、返して頂戴。イリーナ!」


「お母様。そもそもグロッサー貿易会社は父が大きくして私が引き継ぐ予定だったのです。本来の主を迎えるだけですわ。貴方の意見は、もう関係ありません。」


母は言った。


「そうやって、私を、、、私を排除しようとするのね。その銀の髪、暗い瞳、あの人にそっくりだわ。冷たく残酷な所だって!私は愛していたのよ!なのに、私を拒絶したから悪いのよ。貴方が私を受け入れてくれさえいたら!」


イリーナは戸惑う。


母が誰に対して怒っているのかが分からない。


イリーナではない、他の誰かに対して訴えているようだった。


「お母様?あの人って、、、、、」







ドーーーーン








その時、屋敷のドアが開き、数人の黒ずくめの男達が押し入ってきた。


5人程の黒ずくめ男達を二人の護衛が必死に押しとどめようとする。


だが、護衛は切りつけられ倒れてしまった。


「キャアーーー」


入り口付近にいた母や妹は逃げようとした所を後ろから切られ、蹲っている。


数人の男達は、イリーナを指さし言った。


「銀髪の娘だ。あれがターゲットだ。」


(私?どうして私を、、、、)


イリーナは後ずさり部屋の隅へ追い詰められ、恐怖に震えた。


(もうダメだわ。私が、復讐なんて考えていなければ、自分の境遇を受け入れていれば、こんな事にならなかったかもしれない。ああ、オージン、貴方に気持ちを伝えたかった。)


イリーナは、死を覚悟して瞳を閉じた。


「イリーナ!」


その時、オージンの声が聞こえた。




キーン、ドタ、ドタ、バタン。




イリーナがゆっくり目を開けると、そこには倒れた黒ずくめの男達と、オージンがいた。オージンの後ろの数人の兵士は、黒ずくめの襲撃者を捕えているようだった。


「オージンなの?」


イリーナは、声をかける。


「無事でよかった。イリーナ。」


オージンは、微笑んで言った。


イリーナは、興奮した勢いで、オージンへ抱き着き伝えた。


「オージン。貴方の事を愛している。好きなの。私、貴方の事が、、、もうダメかと思ったわ。」


オージンは、イリーナを強く抱きしめ返して言った。


「イリーナ。嬉しいよ。君が無事でよかった。」




捕らえられた黒ずくめの男達は取り調べで『皇妃』に雇われたと口を割った。オージン・マクラビアン公爵子息と自分の娘を婚約させる為だとしたら、行き過ぎた皇妃の行動に気味悪さを感じる。


まさか命が狙われるなんて思っていなかった。


皇妃とは一度も話をした事がない。


理由が分からない。


母のルチア・グロッサーと、妹のルアンナ・グロッサーは、体に刀傷を受けた。特に妹は酷く落ち込んでいる様子だと聞く。現在は王立救護院に入院して手当てを受けているらしい。グロッサー貿易会社はリム商会が買収し、母と妹の生活費は底をついたはずだった。


イリーナは、住み慣れたグロッサー男爵家を眺める。荒れ果てた生家に残った宝飾品を売り、母と妹の治療費と生活費に充てる事にした。嫌がるグロッサー貿易会社の職員へ母と妹の世話を任せて、イリーナはオージンと共に帝国へ再び行く事にした。


確認しなければならない。憔悴する母からイリーナは本当の父親について聞いた。父親は信じられない相手だった。


皇妃に立ち向かわなければ、


もう2度と、不本意に奪われたりしたくない。




私には愛している人がいる。


愛する人との未来を守るのだ。


イリーナは馬車に揺られ、帝国へ向かった。


窓から見える深緑の木々が移ろい流れていく。生きているように風に吹かれ移動する雲。


太陽の光を浴び、煌めく川に沿って馬車は移動していた。


同じ馬車に乗るオージンは、言った。

「怖くないの?イリーナ?相手は皇妃だ。」


イリーナは返事をする。


「ええ、貴方と一緒だから、怖くないわ。愛している。オージン。」


オージンは、イリーナの手を握りしめて言った。


「君の事は絶対に守るよ。たとえ相手が皇帝だったとしてもね。」





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