第11話 リカルド
リカルド・ローハンは侯爵家次男として生を受けた。リカルドが産まれた時から、ローハン侯爵家は兄が継ぐ事が決まっていた。リカルドだって努力をした。兄より優秀であれば、兄より跡継ぎに相応しいと認められたら、両親はリカルドを見てくれのではないか?そう思っていた。
だけど、幾ら努力しても優秀な兄には敵わない。兄は10代になるとローハン侯爵家の家業を手伝うようになっていた。リカルドも手伝いたいと訴えたが、両親は、「貴方は婿養子で他家に入るのだから、手伝わなくていい」と取り合ってくれなかった。
15歳の時、婚約者が決まった。
初めて会うイリーナ・グロッサー男爵令嬢はとても美しい娘だった。長く艶がある銀髪に、吸い込まれそうな紺色の瞳。家格が下がる男爵家に入る事には不満があったが、グロッサー男爵家は貿易事業で栄えかなり資産を持っていると聞く。美しい妻と、優雅な生活を想像してリカルドは、自分の婚約に満足していた。
婚約が決まってから、リカルドは何度もグロッサー男爵家を訪問するようになった。だが、婚約者のイリーナはいつも不在で、妹のルアンナが相手を勤める。ルアンナはピンクブロンドの髪に水色の瞳をした可愛い女性で、距離が近いと感じたが、もうすぐ家族になるからと擦り寄られると悪い気がしなかった。
ある日、ルアンナから相談された。ルアンナは、姉は傲慢で、貪欲、自分勝手な人物だという。ルアンナの物なのに奪い取り、ルアンナや男爵夫人は辛い思いをしてきたと打ち明けられた。リカルドは驚いたが、婚約者のイリーナには手紙や贈り物を送っても返事がない。婚約者のイリーナは自分勝手で傲慢な令嬢。瞳を潤ませ、リカルドに甘えながら話す可愛いルアンナが嘘をついているとは思えなかった。ルアンナに案内されたイリーナの部屋には、沢山の衣装や装飾品、バック党の小物類が置かれていた。
リカルドは、ルアンナへ尋ねた。
「これが、全部イリーナ嬢の物なのか?」
ルアンナは言う。
「ええ、私の物も御姉様が奪い取るのです。母も私も困っています。リカルド様みたいに素敵な方なら、姉よりもっといい相手が選べると思います。」
誘導され、隣室のルアンナの部屋に入った。
ルアンナは、リカルドの手を持ち上げ、自身の胸に当てて微笑み言った。
「私の方が、御姉様よりも、リカルド様の事を愛しています。」
(そうだ。貪欲なイリーナより、可愛いルアンナの方が、俺に相応しい。あの女が悪い。婚約者である俺を、何度も無視して、平然としている冷たいあの女が、、、だから、これは仕方がない。)
リカルドは、ルアンナを抱きしめ、誘われるまま、口づけをした。
両親のローバン侯爵夫妻は、初めイリーナが酷い女である事に半信半疑だった。有能なグロッサー男爵が、嫡女に指名した娘だから信用できるはずだと言っていた。だが、何度会いに行っても会えない事や、ルアンナから聞いた話を両親に伝えると、婚約者の変更に同意してくれた。
グロッサー男爵が亡くなり、遂にイリーナを追い出した。久しぶりに会うイリーナは美しく、心惹かれる気持ちを感じたが、家族を虐め、強奪を繰り返す女と結婚する訳にはいかない。そう、俺は可愛いルアンナと結婚して、豊かに暮らす。イリーナさえ追放したのならうまく行く。そう思っていた。
貴族院を卒業し、ルアンナと婚約した。
婚約者として、イリーナではなく、可愛いルアンナに会いにグロッサー男爵家へ訪れる。グロッサー男爵が亡くなってから、屋敷の様子がどこか可笑しい。整えられていた庭は雑草が生い茂り荒れ果てている。
出されるお茶菓子も、どんどん味が落ち粗末な物に変わってきている。
相変わらずルアンナは可愛く、甘えてくるが、時々使用人達に声を荒げる場面があり、ストレスを感じているようだ。
何かが可笑しい。
リカルドは、グロッサー男爵家の執事を捕まえて、話を聞いた。
「最近のグロッサー男爵家はどうしたのですか?庭は荒れ果て、屋敷の中も掃除が行き届いていない。しっかり管理をしなければ、取引相手を招く事も出来ないのではないですか?」
グロッサー男爵家の執事は、呆れた表情でリカルドを見て言った。
「全て、貴方のせいですよ。リカルド様。あの見た目だけの男爵夫人と、ルアンナお嬢様の言葉を鵜呑みにして、イリーナ様を追い出したからこうなったのです。グロッサー貿易会社の仕事はイリーナ様が受け継がれる予定でした。ロイド様が亡くなってから主が不在となり貿易会社は混乱している。男爵夫人もルアンナお嬢様も貿易会社には全く興味がなく、自分たちの好きな物に散財を繰り返すばかりです。もうそんなお金なんて残っていない事さえ分からない。」
リカルドは、驚き言った。
「そんな、まさか。ルアンナは、イリーナに虐められ奪われ続けてきたはずだ。主の事を悪く言うなど、執事として矜持はどうした!」
執事は言った。
「虐められ、奪われ続けてきたのはイリーナ様です。貴方は何を見ているのですか?イリーナ様が持ち出した物はないはずです。元々ルアンナ様が縫いぐるみ、ドレス、装飾品、部屋まで奪っていたのですから。それに、私は今月末でここを出て行きます。最近は給金の支払いも滞ってきています。もうグロッサー男爵家は終わりです。」
リカルドは、呆然と執事の言葉を聞いた。
暫くして、ルアンナの部屋へ戻る。
ルアンナは、自室の隣にあるイリーナの部屋へ行っているようだった。ドアに近づくと声が聞こえてくる。
「ふふふ、それにしても上手く行ったわね。お母様。」
「そうね。あの不気味な子を追い出せたわ。やっと全て貴方が手に入れられる。」
「嫌だわ。お母様。元々全て私の物だったのよ。ふふふふ。」
そうだ。ルアンナは、泣きながら訴えつつも、いつも美しいドレスを着て高価な装飾具を身に着けていた。イリーナの部屋に置かれている装飾品を、、、。
ふと執事の言葉を思い出す。
(グロッサー男爵家は終わりです。)
それは困る。リカルドには、生家に居場所がない。来年、兄が結婚するから、それまでにグロッサー男爵家へ行くように両親に言われている。もし、ルアンナと婚約破棄したとしても、今から有力な婿入り先なんて見つかるはずが無い。
イリーナさえ帰ってきたのなら、グロッサー男爵家は何とかなるはずだ。
イリーナさえ、、、、、
イリーナの居場所はすぐに分かった。帝国へ留学し、学位の取得と商会の運営をしているらしい。イリーナが招かれたらしい帝国の舞踏会の招待状を両親から譲ってもらった。両親は、息子が急に帝国に行きたいと言い出したので、訝しそうにしていたが、結婚前に旅行もしたいだろうと快く送り出してくれた。
帝国の舞踏会は、壮大で光り輝いていた。
無数の人達が踊り、話し合っている。
なかなかイリーナを見つける事ができない。
イリーナは一人寂しく佇んでいるはずだ。
家族に追い出された可哀想なイリーナ。
リカルドの手を、イリーナは待っている筈だ。
最後に合った日、リカルドを縋る様に見てきたイリーナの紺色の瞳を思い出していた。
その時、舞踏会場の奥に輝く光を見つけた。
紺色の美しいドレスに星のように無数の光る宝石が付けられている。銀髪の美しい髪は結い上げられ、まるで夜の女王のような美しい女性がそこにいた。
ああ、イリーナだ。会いたかった。
リカルドは、イリーナに近づいて行った。
イリーナは、見知らぬ男性と寄り添い笑いあっている。
イリーナは俺の婚約者だ。
絶対に連れて帰らないといけない。
なぜイリーナが、俺以外の男性と!
リカルドは声を荒げ、呼びかけた。
「イリーナ!」
イリーナは、驚いたようにリカルドを見た。
リカルドは、イリーナへ話しかける。
「イリーナ。悪かった。俺が間違っていた。グロッサー男爵家が大変な事になっている。一緒に帰ろう。君の事が必要だ。」
イリーナは、冷たい表情で俺を見て、言った。
「私には、貴方は必要ないの。そもそも私はグロッサー男爵家を除籍されたのよ。帰って使用人として働けとでもいうのかしら。」
リカルドは言った。
「違う。俺と結婚してくれ。一緒にグロッサー男爵家を守っていこう。両親やルアンナは俺が説得するから。」
イリーナの隣に立つ男性が、イリーナの腰に手を回し引き寄せながら言う。
「イリーナは帰さないよ。君はイリーナを裏切ったのだろう。」
リカルドは、跪いて叫んだ。
「お願いだ。俺にはイリーナが必要だ。
やっと気が付いた。あんな女達と一緒に暮らすなんて耐えられない。
アンタには、もっといい女がいるだろう。
イリーナを俺に、
返してください。」
イリーナは言った。
「私は、いつでも交換できる物じゃないの。私にだって意志がある。私を裏切り、妹を選ぶような人と、一緒に過ごせるはずがないでしょう。グロッサー男爵家に入りたくないのなら、働く事ね。貴方みたいにケチで怠惰な人にもできる仕事があればいいのだけど、、、」
そう言い、イリーナは、隣の男性と寄り添いながら去って行った。
周囲からクスクスと笑う声が聞こえる。
恥ずかしさに震えながら、リカルドは立ち上がった。
グロッサー男爵家と共倒れはごめんだ。まだ結婚していない。婚約だけならすぐに破棄できる。
そう、イリーナの言う通りだ。ルアンナの言葉をよく調べずに信じてしまった。グロッサー貿易会社の業務を知ろうとしなかった。財産を失いたくない為に、イリーナの排除に協力した。ケチで怠惰。
変わらないといけない。両親に頭を下げよう。女に振り回される人生はもう懲り懲りだ。貧しくても、自分で働いて自分の家を持とう。
リカルドは、遠く離れて行ったイリーナを見た。
彼女は、色とりどりのドレスの中で、一際、美しく輝いているようだった。
元々は、俺と結婚するはずだったイリーナ。
過去の選択が悔やまれる。
イリーナの隣には、茶髪の男が寄り添い、宝物のようにイリーナをエスコートしている。
追い出された惨めなイリーナはどこにもいなかった。
リカルドは、イリーナへ向かった小声で話しかけた。
「さようなら。イリーナ。」
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