第21話

 《ふわぁぁ……》


 部屋に戻るなり、楓香が大きな欠伸をする。だいぶ疲れているようだ。あれからずっと、楓香は木蓮にべったりくっついて離れない。木蓮もまんざらでは無さそうだから何も言わないけどね。


 《戻られましたかの?》


 ベッドに腰かけてしばしのんびりしていると、おじじが入り口からひょっこり顔を出した。


 《ユカ殿、ちょっとよろしいでしょうかの?》

 「あ、はい」

 《私たちはもうひと眠りしてるわね》


 私が部屋を出ようとすると、今にも寝そうな楓香の頭を撫でながら木蓮が言った。うん、確かに寝てる途中で起きたなら眠たいよね。


 「じゃあ、行ってくるね」


 眠たそうな返事を聞きながら私は部屋を後にした。


 おじじに連れられてやってきたのは、あの精霊図の部屋だった。


 《ここを、見てほしいのですじゃ》


 おじじが見せてきたのは、種から出た根が張り巡らされた壁の一部。よく見ると、以前見た時には無かった場所にも根が伸びている。


 「これは?」

 《精霊図が広がったのですじゃ》

 「……どういうことです?」

 《あの子たちが成長したという事ですじゃ》


 あの子たちとはおそらく木蓮たちのことだろう。


 「木蓮たちが成長するのとこれに何の関係があるんですか?」

 《これは精霊図ですじゃ》

 「?……えぇ、分かってますよ?」

 《精霊図が最後に広がったのは数百年前のことですじゃ》

 「……え?」


 今おじじ、さらっとすごいこと言わなかった?数百年前?じゃあ、ただ精霊が成長するだけじゃ精霊図が広がることはないってこと?


 《その通りですじゃ。あの子たちは普通ではない成長をしたのですじゃ》


 確かに体が急に大きくなったなとは思ったけど……。そういえば、和泉はすらすら喋るようになってるし、力だって普通に使えてた……。それも全部成長をしたから……?


 《精霊図とは精霊の歴史、すなわち精霊の進化の歴史とも言えるのですじゃ》

 「進化の……ってことは木蓮たちは進化したと?精霊ではなくなったという事ですか?」


 私の言葉に、おじじが困った顔をする。


 《何か変わったことはありませんでしたかの?》


 おじじも初めての経験なのだろう。ニコニコとしながらも、どこか困惑しているようだった。


 「皆、急に体が大きくなったな、とは思いました。あと、力を使うのにためらいが無くなってるというか、今までより使いこなしてるような……。あ、喋り方も変わってるかも……」


 今朝起きてから感じた違和感を上げていく。おじじはそれを聞きながら、顎に手を当てて何やら考え込んでいる。


 《根は記録でしての、例えば……》


 少しして顔を上げたおじじは、そう言うと根に手を伸ばした。


 《これは最初の精霊ですじゃ》

 「あ、あの水晶玉の……」

 《そうですじゃ。根が精霊を記録するのに対して、水晶は記憶するのですじゃ》


 記録と記憶。水晶で見たのは、映像。つまり、かつての精霊の姿を水晶が記憶した姿だったのだ。


 そして今おじじが見せてくれているのは、根が持つ記録。種から伸びている根には、ところどころ芽が出ている。そこにその精霊の記録があるらしい。


 最初の精霊といって指した芽は、種から一番近いところに芽吹いていた。


 《あの子たちとは見た目も、大きさも違うのですじゃ》


 おじじがそこに手を当てると、芽が伸びて精霊を形作った。


 確かに、木蓮たちより大きい。これが実寸大なのだとしたら、小学生くらいはあるのではないだろうか。芽が形作った精霊の頭には、小さな黄色の花が咲いていた。


 「もしかして、土の精霊……?」

 《その通りですじゃ。母精霊様が最初にお生みになられた精霊は土の精霊だったのですじゃ》


 なんとなく蒼仁が纏っている光と同じ色の花だったから、そうなのかなと思ったけど読みは当たっていた。


 《母精霊様は何も無かった大地に、土の精霊を生み出し、共に自然を増やしていったのですじゃ》


 おじじが芽から手を離すと、精霊の姿は消え、元の小さな芽に戻った。


 《次に生まれたのが木の精霊ですじゃ》


 土の精霊の芽の近くにある芽に触れる。現れた精霊の頭には緑色の花が咲いていた。


 「木の精霊が次なんですか?水とか、風じゃなく?」

 《その頃はまだ、水は雨として降るだけのもので、地面に着くとすぐに吸収されてしまい目には見えなかったのでしょうの。風もそう、木の葉が揺れたりしているのを見て風を感じるのと同じなのですじゃ》


 私たちの五感のなかで、いかに視覚情報が大部分を占めているか、ってことよね。だって精霊でもそうなんだもん。


 木の精霊も土の精霊と同じくらいの大きさだ。


 《こうしてこの大地に緑が増えていったのですじゃ》


 おじじが次の芽に触れる。


 《木の葉が増えたことで、風に揺られるの目にするようになり、そこで初めて風を見出したのですじゃ》


 水色の花を咲かせた精霊が現れる。


 《そして土の中に植物の根が張ったことで、それまで吸収されるばかりだった水が蓄えられて池ができ、そこに流れが生まれて川となったのですじゃ》


 現れたのは、青色の花を咲かせた精霊。


 《最後に、ある日雨とともに雷が落ちたのですじゃ》

 「木が燃えたんですね?」

 《はいですじゃ。そこから火の精霊が生まれたのですじゃ》


 最後に現れた精霊の頭には赤色の花が咲いていた。

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