第20話

 「う……ふあぁ」


 顔にあたる暖かな日差しで目を覚ます。あれからそのまま眠ってしまったようだ。眠るときには側にいたはずの5人の姿が見えないが、あの5人なら心配することもないだろう。


 《ユカ!ユカ起きてる?!》


 木蓮がバタバタと部屋に入ってきた。


 「おはよう、木蓮。どうしたの?」

 《いいから来てっ!》


 忙しなく私の手を掴んで外に引っ張っていく木蓮。


 ……ん?なんか木蓮……大きくなった?


 「え、ちょっと、どこ行くの?」


 精霊樹を出てから、ずんずんと結界の方へ連れていかれる。私を引っ張る木蓮のちらっと見えた横顔は、怒っているような心配で仕方ないような顔だった。


 《これ見て!》

 「な、なにこれ……」


 ようやく木蓮が立ち止まったのは、結界を抜けてからのことだった。


 木蓮が指さした先、私の目の前に広がっていたのは、動物と動物ではない何かの死骸の海。そして、それらの間にしゃがんで何かを調べている蒼仁と、何かを警戒している燎火、しゅんとした様子の楓香、そして楓香に寄り添う和泉の姿だった。


 「木蓮、どういうこと?」


 訳が分からず、木蓮に説明を求める。木蓮はため息を一つついてから、うなだれている楓香に目をやった。


 《私たちが寝てる間にね、楓香がやったの。楓香の声で目が覚めて、呼んでる方に来てみたら……もうこの状態。で、楓香は結界の向こうから中に入れなくなってた》


 そう言うと、木蓮はもう一つ深いため息をついた。なるほど、結界を出たはいいけど戻れなくなった楓香が、木蓮に声を届けて助けを求めたのか。


 「楓香?ちょっとおいで」


 詳しいことは本人に聞くのが一番だろうと、楓香を呼ぶ。


 「何があったの?」


 私が聞くと、楓香はようやく顔を上げて話し始めた。


 《僕、寝てたら、いっぱい声聞こえてっ、怖い声っ……》


 次第に楓香の声が嗚咽交じりになっていく。


 「楓香、落ち着いて、大丈夫だから」

 《うぅっ、ひっく……。だから僕っ、声がいっぱいするところに、行ってみたのっ……》

 「うん、うん」

 《そしたら、怖いのがいっぱいいたっ……。こっち来ようとしてたっ》


 目の前に広がる死骸の海は、結界の中に入ろうとした「怖いの」なのだろう。彼らがこちらに入ろうとしているところを、楓香は結界の中から見たのだ。


 それはそれは怖かったことだろう。暗闇に無数に光る獣たちの目。その全てが楓香の方を向いていた。


 《僕っ、怖かったっ……。でもっ、皆のこと、守らないとって思ってっ……》


 その時のことを思い出したのか、震えだす楓香。私はそっと楓香の体を抱きしめた。


 《使っちゃダメって言われたけど、使っちゃった……ごめんなさい……》


 死骸に外傷が無いのはそのせいだった。昨日の実戦で私が教えた、酸素を抜いて相手を倒す戦い方。危険だから、と木蓮に使ってはいけないと言われていたあの方法を、彼女は使った。そしてそれを謝っているのだ。約束を破ってしまった、と。


 「楓香が無事で良かった。楓香、怒ってないよ。ほら、木蓮も怒ってない」


 私の腕の中で泣く楓香の背中をさすりながら言っていると、木蓮がすすり泣きながら、楓香に抱きついた。


 《心配したんだからっ……どうして起こしてくれなかったの……》


 木蓮はそのことに怒っていた。どうして自分だけで行ってしまったのか、どうして相談してくれなかったのか。楓香の声がするのに姿は見えない、声に呼ばれた方向は結界の外。姿の見えない楓香を探す木蓮は、不安と恐怖に襲われていたのだろう。


 《昼間に倒した森オオカミの死骸に寄って来たんだろうね》


 調べ物が終わったらしい蒼仁が、死骸の間を縫ってこちらに歩いてくる。


 「あー私が丸焦げにしちゃった奴じゃない方か……そういえば忘れちゃってたんだ」


 ……てことは楓香が怖い思いしたのって私のせいなんじゃ?


 「うわぁ、ごめんね楓香!ちょっと考えれば分かったことなのに私……」

 《いや、俺たち誰も気づかなかったんだし、ユカのせいじゃないよ》


 蒼仁はそう言って慰めてくれるけど、大人なんだから私がしっかりしないと……。


 《ユカ、僕たちも大人だよ?》


 いつの間にか私の後ろにいた和泉が言う。


 「……え?」


 待って待って。和泉私に触ってないよね……?なんで考えてること分かったの……?


 《知りたいって思ったら分かったよ?》


 いやいやいや、おじじの話だとそんな簡単な話じゃなかったじゃない!


 《え、でも、分かるんだもん》


 ぜーんぶ心読んでるじゃん!やっぱり皆の体が大きくなってるのと何か関係あるのかも。


 《あ、和泉、もういいよ。ありがとう》


 蒼仁が和泉に言う。何のことだろう?


 《これ以上動物たちが寄ってこないように結界張ってたんだ》

 「もう心読まなくていいからっ!」

 《えへへ、ごめんねユカ》


 いたずらっぽく笑う和泉。心なしか、昨日までのおどおどした喋り方でもなくなっている気がする。


 《燎火ー!これ全部燃やせられる?》


 蒼仁が遠くにいた燎火に呼びかける。


 《分かったー!和泉、お願いね?》

 《うん、任せて》


 勢いよく飛んできた燎火は、和泉にそう言うと、死骸の海に一気に火をつけた。


 「えっ、ちょっ……」


 あまりの火の勢いの良さに、森までも燃えてしまう、と思ったのもつかの間。和泉がちょうど死骸だけを囲むように水の壁を作り、燃え広がるのを防いだ。


 「な……皆、どうしたの……」


 昨日からの皆の変わりぶりに、驚きと混乱が止まらない。

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