第18話

 さっきのは皆が動いてくれたから私は何もしなくて済んだ。だけど、この実戦は私の精霊魔法の実戦練習も兼ねているはず。ならば今度は私がやらなければ。


 「皆、行くよ!」


 私の声を聞いた皆の視線が交差する。と同時に、離れたところに散らばっていた彼らが、私の周りに集まった。どうやら意図が通じたらしい。


 木々の隙間から森オオカミが5匹、その姿を現す。


 「和泉!」

 《うんっ!》


 ”繋がり”を通して私のイメージを受け取った和泉によって、私たちの周囲が水の膜に覆われる。いわゆるバリアのようなものだ。こちらからの攻撃は通すが、あちらからの攻撃は通さない、というのをイメージした。


 私とて、皆が一生懸命に練習している横で、ただただのんびりしていたわけではない。身を守るために何が出来るか、彼らの力をどう使えば良いのか考えていた。その1つがこれ。和泉の水の力を使ったバリアだ。


 「今度は蒼仁!」

 《あぁ!》


 蒼仁が森オオカミたちの前に穴を作り、足止めした。前に進むかどうか二の足を踏みながらも、こちらを睨みつけ喉を鳴らして威嚇してくる。


 「木蓮!」

 《分かった!》


 そんな森オオカミたちを、背後から忍び寄った木蓮の蔦が穴の方へ押した。前方の私たちに気を取られていた彼らは、なすすべなく揃って穴に落ちていく。蒼仁に穴を作ってもらった時、ちょっと深めの穴にしておいたのだ。これですぐには出てこられない。


 「楓香と燎火!」

 《はーい!》

 《え、でも、森の中で火は使っちゃダメなんじゃ……》

 「大丈夫、とりあえずやってみて!もし木とかが燃えちゃっても和泉が消してくれる!だよね、和泉?」

 《うん!》

 《それなら……分かった、やってみる!》


 燎火がそう言うと、穴の底から森オオカミたちの鳴き声が聞こえた。私たちのいる方からは、穴のふちが少し赤く光っている事しか分からない。やっていることがやっている事なので、一応精霊たちには見えないように配慮した形だ。


 《え?え?何?どうなったの?》


 火が燃え広がってしまうのでは、と恐る恐るだった燎火が、何も起こらない状況に混乱した様子を見せる。


 「もういいかな……楓香、お願い」

 《はーい》


 楓香が返事をすると、穴のふちにちらちらと光って見えていた赤い光が消えた。森オオカミたちの鳴き声はもう聞こえなくなっている。


 「あ、和泉もういいよ、ありがとう」

 《あ、うん》


 水のバリアが解ける。


 「木蓮、引きあげてみてくれる?」

 《うん》


 木蓮の蔦が穴の中に入っていく。少しして出てきた蔦の先には、森オオカミたちがいた。


 だがその姿はつい先ほどまでとは一変している。焼け焦げているのだ。先ほどの姿を見ていなければこれが森オオカミだとは分からないだろう。


 《あーっと……ユカ、ちょっとやりすぎたんじゃない……?》

 「ごめんなさい……」


 木蓮の言う通り。ぐうの音も出ません。


 《これは、えげつないね……》


 和泉が呟く。あんまりこういうのは怖がらないのね?さっきので何か吹っ切れたのかな。いや、ていうか、えげつないって……溺れさせるあなたに言われたくないんだけど?どこで覚えたのそんな言葉……。


 でも確かにやりすぎた自覚はあるので何も言いません。


 《まぁ……無事だったんだし、ね?》


 蒼仁がさりげなく慰めてくれる。その優しさが沁みるよ……。


 《ねぇ、ユカ、どうして燎火の火出てこなかったの?》


 ずっと考えていたが、分からなかったのだろう。私の袖をちょいちょいと引っ張ってそう聞いてきた。


 「ふふ、それはね?楓香、もう一回この辺にあれやってみてくれる?」

 《はーい!》


 私たちの前に、先ほどしたことと同じことをしてもらう。見た目には何も変わっていないため、皆不思議そうな顔をしている。……何で楓香も同じ顔してるの。あなたがやったんだから分かるでしょ……。


 「じゃあ今度は燎火、ここにちっちゃく火出してくれる?」

 《う、うん……》


 私が指さしたあたりに、ちらちらと揺れる小さな炎が現れた。


 「今はまだ火ついてるでしょ?」


 私がそう言うと、皆が一様に頷く。


 「これを、こうすると……」

 《……!》


 ”繋がり”を通じて楓香にイメージを送る。すると、揺れていた炎がふっと消えた。


 《消えた……!どうして?燎火消してないよ!》

 「うん、燎火は消してないよ。私が楓香の力で消したの」


 皆の頭にはてなが浮かんでいるのが手に取るように分かって、思わず笑ってしまう。


 「空気からね、酸素を抜いたんだ」


 皆の頭がどんどん傾いていく。全然伝わってないみたい。確かに元の世界での原理だから精霊たちに分からなくても無理はない。そう思った時、この世界も同じ原理でできているんだと、改めて気がついた。


 「んー何て言えばいいのかな……。えっと、空気、私たちが息するときに吸うやつね。これは分かる?」

 《うん、分かる》

 「この空気って、酸素と窒素と二酸化炭素とかで出来てるの」

 《???》


 一度普通の角度に戻った頭が再び傾いていく。これを5人ぴったり揃ってするのだから可愛くて仕方ない。けど、今は彼らの疑問を解く方が先だ。我慢我慢。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る