第16話
「そういえばあの時、蒼仁飛べてたよね?」
あれからすぐに精霊樹の私の部屋に帰ってきていた。燎火はまだ私の腕の中ですすり泣いている。よほど怖かったのだろう。
《あの時は楓香が風で助けてくれてたんだ》
少し照れたように言う蒼仁。楓香の風に助けられてでも飛べたことが、とても嬉しかったようだ。
「っていうか、皆魔法使えるようになっててびっくりしたよ」
私が素直に驚きを伝えると、照れた顔の木蓮とニコニコ嬉しそうな楓香、そしてまだ戸惑っている様子の和泉。
《あの時は必死だったから……》
とにかく主を止めなければ、と必死で蔦を伸ばしたのだと言う。あの蔦が主の動きを封じていなければ、今燎火が無事にここにいたとは言えないだろう。
《風すごかった!》
すごく他人事みたいに言ってるけど、この子自分が起こした風だっていう自覚は無いんだろうか……。同じことを思ったのか、隣の蒼仁も苦笑している。
《えっと、僕……》
「出来たね、和泉」
《…………うんっ!》
私が言うと、和泉は笑顔になった。それにしてもあの水の壁、ただの水ではなかったようだ。だって主を滝つぼの中へ押し戻したのだから。
とにかく、皆の力が無ければ本当に燎火は今頃どうなっていたか分からない。短時間でこんなにも成長した彼らが、私は本当に誇らしい。と同時に、自分の無力さを痛感した出来事だった。
《ありがと……皆、助けてくれて》
いつの間にか泣き止んでいた燎火が、皆の顔を見ながら言う。その言葉に、4人は満面の笑みで応じた。
* * *
翌日から、すっかり元気になった燎火とともに、今度は精霊魔法の練習が始まった。今回は私のイメージと彼らのイメージのギャップを埋めるのに苦労した。
威力や大きさが、私のイメージと嚙み合わないのだ。例えば、私が「手のひらに乗るような火の玉」とイメージすると、燎火の手のひらサイズの火の玉が現れる。「木に刺さるくらいの水の矢」をイメージすると、水の塊が木をへし折ってしまう。
こんな感じで失敗が続いていたが、そこはさすが、というのだろうか、精霊たちの成長の早さを実感することとなった。彼らはあっという間に私のイメージに順応し始めたのである。どころか慣れて来たようで、まるで私が1人で魔法を使っているかのようにスムーズになったのだ。これにはとても驚いた。
《そろそろ良いでしょうかの》
私たちが練習していると、突然おじじがやってきて言った。
「良いって、何がですか?」
《ついてくるのですじゃ》
そう言うと、精霊樹からどんどん離れていく。
私たちも、顔を見合わせて首を傾げながら後をついて行った。
おじじが止まったのは、しばらく歩いてからのことだった。あれだけ大きかった精霊樹が影も形も見えない。
《皆、一歩前に出るのですじゃ》
言われた通りに皆で一歩前に足を踏み出す。すると、体が何かを通り抜けた感覚がした。ぼわんというような感じ。振り返ると、おじじがいなかった。後ろには前にあるのと同じような森の景色が広がるばかり。和泉がパニックを起こすが、木蓮と蒼仁は冷静だった。
《長老様が言ってた結界ってこれのことね》
《外からじゃ全く見えなくなるんだな》
「え?結界って?2人とも何か知ってるの?」
《あぁ、長老様に教えてもらったんだ》
《そう、精霊のこと教えてもらった日にね。精霊樹の上で話した時、長老様言ってたでしょ?》
《精霊樹の守りが届かなくなると、そこは危険がいっぱいだって。で、俺たち精霊樹の守りっていうのが気になって2人で聞きに行ったんだ》
私よりしっかりしてるよ。私よく、おっちょこちょいやらぼーっとしてるやら言われてきたから、この2人の存在がすごくありがたい。
「その精霊樹の守りがこの結界だったってことね」
《うん》
「こっちから中の様子が見えないんじゃ、もう2度と入れないの?」
《いや、こうすれば……っと、うん入れるよ》
私の問いに、蒼仁が今来た道の方へ手探りに何かをする。すると、シャボン玉の膜のようなものが見えるようになり、その向こうにおじじがいた。
和泉がほっとした顔をする。
「帰れるんなら安心だね。ありがと、蒼仁」
《もうすぐ皆の匂いに気づいた動物や魔物が寄ってくると思われますじゃ。くれぐれも気を付けてくださいの》
え?!ついて来いって、もう実践させるつもりだったの?!やっと姿が見えたと思ったらそんなことを言ってくるおじじ。燎火や和泉は私と同じような反応をしていたけど、おそらく感づいていた木蓮と蒼仁が周囲を警戒し始めたのを見て、同じように周囲に気を配り始めた。それも皆、私を守るように前に並んでいる。
しばらく風に揺れる葉音と、私たちの息遣いだけが静まり返った森の中で聞こえていた。
《何か来たよ!》
突然楓香が叫ぶ。楓香が指す方向へ皆が警戒を強めた時、木の間からオオカミのような大きな動物が姿を現した。
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