第15話

 喜ぶ燎火の隣で嬉しそうにしながらも、落ち込んだ表情が隠しきれない和泉。


 「和泉、水ってどんなのだっけ?」

 《え……えっと……》

 《燎火知ってるよ!水はね、川にあるんだよ!》


 先ほど燎火にしたように、水がそもそもどんなものだったかをイメージするための質問。だったのだが、突然の質問に戸惑う和泉の代わりに答えた燎火が、良いことを言ってくれた。


 「この近くに川があるの?」

 《うん、あるよ!こっち!》


 ただその場に無いものをイメージするより、実物を見た方が確実にイメージしやすいだろう。予定を変更して、川に行ってみることにする。


 《ほら、ここだよ!》


 燎火が先頭に立って案内してくれる。しばらく行くと、水が流れる音が聞こえ始めた。音の方へ、幾重にも重なりあう木々を潜り抜けた先には、静かな流れの小川と、小さな池があった。


 「わぁ、綺麗なとこだね」

 《僕、ここ好き!》


 和泉が嬉しそうな声を出す。どうやらお気に入りのスポットだったようだ。水の精霊らしい好みだな、と思った。


 「うわっ、思ったより冷たい……でも、気持ちいいね和泉」

 《うん!》


 少し離れたところで飛び回る燎火の楽しそうな声を聞きながら、足だけ水に入ってのんびりする私と和泉。


 《ねぇねぇ、2人とも!燎火すごいの見つけた!》


 水の冷たさを感じていると、燎火が私たちを呼ぶ声が木々の向こうから聞こえた。


 「何見つけたのー燎火?」

 《いいから来て!すごーいよ!》


 全くしょうがないなぁ、なんて思いながら声のする方へゆっくり歩きだそうとした時。


 《もしかして……!》


 和泉が焦ったような顔でそう言うと、すごい速さで燎火のもとへと飛んで行った。


 「え、ちょっと、どうしたの和泉」

 《燎火、行っちゃダメ!》

 「え?どういうこと?そっちに何があるの?」


 私もようやく危機感を感じ、急いで和泉の後を追う。


 《ほら!すごいでしょ?》


 木々の隙間から私たちの姿が見えると、燎火が一層大きな声を上げる。両手を広げる燎火の後ろには、荘厳な滝が自然の力を見せつけるように存在していた。確かにすごい。圧巻の眺めだ。


 《ダメ、戻ってきて、燎火!》

 《え?なーに?聞こえないよ和泉ー!》

 《そっち行っちゃダメなの!》

 《何ー?》


 焦る和泉の声は、滝の音にかき消されて燎火まで届かない。


 「何、どうしたの和泉」

 《燎火、ユカ、燎火が……!》

 「大丈夫、落ち着いて。燎火がどうしたの?」

 《主が、起きちゃう……!》

 「主……?」

 《ここの、主!いつもは寝てるけど、大きな音出したら、起きちゃう!》


 涙目でそう訴える和泉。滝つぼに住んでいる主が起きてしまうと言う。普段のんびりしている和泉がこれだけ焦っているのを見ると、危険な状況だということが嫌でも分かる。


 「燎火!戻っておいで!」

 《えー何ー?2人ともおいでよー!》

 

 だめだ、全く聞こえていない。ここからでは滝つぼは見えないが、燎火の下を覗き込む仕草から、相当に深いのだということが伝わってくる。


 「ね、和泉、主が起きるとどうなるの?!」

 《水の底、連れていかれる……ぐすっ》


 とうとう泣き始めてしまった。水の中に連れていかれるとは、確かに危険だ。その上、燎火は火の精霊。水の中では火が使えない。


 「どうしよう、どうしたら……」


 必死で手を振ってこっちに来るように訴えるが、燎火は勘違いして笑顔で手を振り返してくる。


 その時、地面が揺らいだ。


 ごごごご、という音がお腹の底から響いてくる。


 燎火が驚いた顔で下を向くと、すぐに恐怖に怯えた表情でこちらへと飛んでくる。


 だが、気付くのが少し遅かった。


 こちらに飛んでくる燎火の背後に、山のような大きな影が現れたのだ。


 「燎火危ないっ!」

 《ユカっ、和泉っ……!》


 燎火がこちらへ手を伸ばしながら声にならない声で叫ぶ。


 〔-----!〕


 主が吠えた。


 空気がびりびりとするほどの音に、燎火が立ちすくむ。


 震えながら、ただ迫りくる主を見ていることしか出来ない燎火。


 《い、和泉っ……助けて……!》

 《っ!》


 微かに届いた燎火の声に、私の横で震えていた和泉が息をのむのが分かった。


 主が燎火を水の中へ引きずり込まんと迫る。


 燎火が頭を抱えて縮こまる。


 私も最悪の結末を覚悟した。



 しかし主の魔の手が燎火に及ぶことはなかった。


 《……え?》


 燎火がおそるおそる顔を上げた先、そこには水の壁に阻まれた主の姿があった。


 それだけではない。


 私の背後から楓香と蒼仁が飛び出してきて、恐怖にすくんだ燎火の両脇を抱えると、その場をあっという間に離れる。


 さらによく見ると主の体には滝つぼの向こう側から伸びた何本もの蔦が絡みつき、動きを封じていた。


 燎火と主の間に現れた水の壁は、そのまま主の体を滝つぼへと押し込んでいく。


 「燎火っ!」


 楓香と蒼仁に連れられた燎火は、勢いそのままに私の胸に飛び込んできた。


 《ユカっ……う、うぁぁぁぁん!》

 「良かった……。燎火、大丈夫、もう大丈夫だからね」

 《大丈夫だった?!》

 《うぅ……ぐすっ》

 《怖かったぁ……》

 《良かった……間に合った……》


 私にしがみついて泣きじゃくる燎火。滝つぼの向こう側にいた木蓮も合流した。


 「皆、よく分かったね、燎火が危ないって……」

 《声が聞こえたんだよ!燎火が助けてって言ってた!》


 そう言ったのは楓香。そうか、風の精霊は遠くの声を聞くことが出来るんだった。だから燎火の声を聞いて助けに来てくれたんだ……。


 良かった、間に合って本当に良かった……。燎火が無事で良かった……。

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