第12話
おじじが気を利かせて、皆を私の部屋に誘導してくれた。
私がこの世界で初めて目を覚ました、あのふかふかの葉っぱのベッドに皆で腰掛ける。
《……ユカ?》
沈黙を破ったのは木蓮だった。
「実はね、そろそろここを出て行かないといけないなって思ってたの」
そう切り出す。私から直接告げられた言葉に、数人が息をのんだ。
《……どうして》
一番離れた場所にいた燎火が、うつむいたまま小さく呟いた。精霊図の部屋での会話から、燎火とは一度も目が合っていない。
「ここで皆と過ごすのは楽しかった。これは本当だよ。でも、どこか物足りなかった……」
私の言葉に皆が押し黙る。別の世界から来た私と違って、彼らはこの森の中しか知らない。だから、森を出るという選択肢が彼らの中には生まれなかったのだろう。
「私ここに来るまでね、保育士として働いてたの」
《ほいくし?》
聞いたことの無い単語に蒼仁が反応した。
「そう。たくさんの子どもたちのお世話をする仕事……かな」
《ここにも子どもはいっぱいいるよ?》
楓香の純粋な言葉。それは私にだって分かっている。だけど、やっぱり違うんだ。ここでは何不自由なく生活できる。それに、小精霊たちはこれまで自分たちだけで生きてきているのだから、私がそこに入っても何も変わらない。だから物足りない。
「うん、そうなんだけどね……」
《森を出てどこに行くの?》
私が言いにくそうにしているのを察したのだろう、蒼仁が話の方向を変えた。
「とりあえず、人間の住んでいるところ、かな。私の仕事は人間を相手にするものだから」
《でも、人間がどこにいるか、分かるの?》
一番近くにいた和泉が私の方を見上げて言う。
そう。それが一番の問題だった。私だってこの世界のことは何も分からない。精霊たちのように、この森しか知らないのだ。どこにどんな危険があるのかも、そもそも人がいるのかも、何も分からない。
《だから長老様は私たちを連れて行くように言ったのかも》
ふと木蓮が言った。
《私たちに何が出来るのか教えたのも、私たちの名前をユカに付けさせたのも、全部そのためだったのかも》
静かにそう言った木蓮は、とても大人びて見えた。つい先日まで幼い子どものようだと思っていたのに、大きな成長を感じる。
《俺たちでユカを守るってこと?》
木蓮の言わんとすることに気がついた蒼仁が、簡潔に言った。
「でも、危ないかもしれないし……!」
皆の思いが私を守る、という方向になりそうなのを感じ、慌てて引き留める言葉を口にする。だけどもう、遅かったようだ。
《私はユカと一緒に行く》
口火を切ったのは木蓮だった。その目には決意の色が見える。
《俺も行くよ、一緒に》
続いて蒼仁。
《僕も!》
《あ、ぼ、僕も……》
楓香と和泉も続いた。
《燎火は?どうする?》
黙ってうつむいたままの燎火に、木蓮が優しく問いかける。
《……く》
小さな声が漏れた。
《無理しなくていい、ここにいれば安全なんだから》
蒼仁が諭すと、燎火がキッと顔を上げた。
《燎火も……燎火も行く!》
少し涙目で、勢いよく言い切った燎火。
「……皆……本当にいいの?」
《もう決めちゃった》
《……ぐすっ》
《僕、ユカと、一緒がいい》
《ユカと一緒!》
《ユカとならどこにでも一緒に行くよ》
それぞれの言葉に、それぞれの意志が詰まっている。その意思を否定してはいけないと、そう思った。
《話はまとまったようですじゃの?》
タイミングよくおじじが現れる。
《皆、ちょっとついてくるのですじゃ》
そう言うと、おじじはこちらに背を向けて飛んでいった。私たちも後を追う。
おじじは精霊樹の中を、上に上に登っていく。どれくらい登っただろうか。どこまでも続く階段に、私の足が悲鳴を上げ始めた頃、おじじはようやく止まった。
「わぁ……」
息を整えた私が顔を上げると、目の前には広大な自然が広がっていた。精霊樹の頂上、視界の開けた場所に私たちはいた。
《すごーい!》
精霊たちも感動と興奮が止まらないらしい。
《ちょうどこの方向を真っ直ぐ行けば、人間が暮らす小さな村がありますじゃ》
ある一方向を指しておじじが言う。
《しかし、危険は多いのですじゃ》
おじじが深刻な顔をする。
《精霊樹の周辺は精霊樹の力によって守られているのじゃが、精霊樹の守りの及ぶ範囲を一歩でも出れば、ここは野生の動物や魔物が襲ってくる危険な森ですじゃ》
普段のニコニコ顔を封印したおじじは、話す内容も相まって少し怖い。和泉は私にしがみついている。楓香も今ばかりは静かだ。
《そこでユカ殿にはこの森を出るまでに、精霊魔法を使えるようになってもらう必要があるのですじゃ》
「精霊、魔法……?」
おじじがこの森には魔物がいると言ったあたりからもしかしたらと思っていたけれど、やっぱりこの世界には魔法が存在するのだ。
《そのために皆に名前を付けてもらったのですじゃ》
木蓮の予想は的中していた。おじじは一体いつから、私が森を出ることを見据えていたのだろう。最後まで何も言わずにいてくれたおじじの優しさに胸がいっぱいになる。
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