第9話

 あれから何日か、私は木蓮たちや小精霊と遊んだり、森を探検したりして過ごした。元の世界からの疲れを全てリフレッシュするつもりで、体いっぱいに自然を感じる日々。おかげで体も心も癒された。


 だけど正直、仕事がしたい。子どもと関わる保育士という仕事に運命を感じていた私には、森での生活は少々物足りないものになってきていた。


 その上、楓香が精霊化してから、あんなに次々としていた精霊化をする小精霊がいなくなっていたのも物足りなさの一因だろう。精霊化しか出来ることが無かったから、本当にすることが無くなってしまったのだ。


 しまいには、精霊になりたいとは思わないのだろうかと、小精霊に直接聞いてしまったりもした。



 「あなたたちは精霊になりたいとは思わないの?」

 《せーれー?》

 《わかんなーい》

 《こわいー?》

 《あそぶー?》

 

 私の問いに、小精霊たちは揃って首を傾げた。

 その反応を見て、精霊になるということがまだよく分からないのだと、見本となる精霊がそれまでいなかったのも原因の一つかもしれない、と思った。



 だから私は、今日もぼんやりと精霊樹の周りを飛んで遊ぶ小精霊や精霊たちをただ見守っている。皆を見ているのは楽しい。癒される。


 木蓮たちが飛んでいたから、最初から精霊は皆飛ぶものだと思っていたが、様子を見ていると、あまり飛ばない子もいることに気がついた。


 今日も少し離れた精霊樹の根元に、小精霊が1人座り込んでいる。


 「皆と遊ばないの?」


 私はそっと近づいて隣に座った。


 《とべないのー》


 その子は涙をこらえるように言った。

 皆と同じように遊びたいのに遊べない。その悔しさが小さな体にぎゅうぎゅうに詰まっているようだった。


 保育園にはいろんな子どもたちがいるから、この子のような思いを抱える子とも接してきた。だけど、その子にしか分からない苦しみがあるのだということを、何度も何度も思い知らされた。そんな私は今、この子に寄り添っている事しかできない。


 私はその子に語り掛けるようにして色々な話をした。

 楓香がこっそり精霊化した話から元の世界での保育園の子の話まで、とにかく色んなことを話した。会話を求めるのではなく、あくまで独り言のように。ただ思い出を振り返る。小精霊は何も言わなかったけど、嫌がったりはしていなかった。むしろ、私の話に耳を傾けているようだった。


 「その子はね、皆と同じようにお外で遊べなかったの。だからいつもお部屋の中で遊んでた。ニコニコしてるんだけど、時々うらやましそうにお外をじっと見てるの。その姿を見るのが辛かったな……。その子を守るためだから仕方ないのは分かってるんだけどね。元気かな……」


 元の世界では保育士としての守秘義務があったから、誰にも言えなかったことも少し。異世界でも情報漏洩になっちゃうのかな、保育士失格かな、私。


 小精霊はその子の話を特に真剣に聞いていた。幼いなりに自分と重ね合わせていたのかもしれない。


 話しながら私の頬に涙のすじができる。それに気づいた小精霊はフラフラと飛び上がって、懸命に私の涙を拭ってくれた。その健気な様子に、私は涙をこらえることが出来なくなった。


 小精霊が涙で溺れてしまう前に両手で包み込む。

 ありがとう、と言いながらその子を撫で、その子も私に身を委ねる。そんな穏やかな時間は、小精霊が輝き始めたことで終わりを告げた。


 「え、もしかして……」


 光がおさまるとそこには、ほのかに黄色く光る男の子の精霊がいた。自分が精霊化したことに驚いているようだ。


 《土の精霊ですじゃ》


 どこからともなく現れたおじじ。なんだかいつもよりニコニコ顔が嬉しそうだ。おじじもこの子のことを気にかけていたのかもしれない。


 《ユカ、ありがとう。ユカのおかげで精霊になりたいって思えた》


 そう言ってはにかむ土の精霊。この子は可愛いというよりもかっこいい。短髪で頼りがいのある雰囲気を漂わせている。先ほどまで、飛べない、と涙ぐんでいた小精霊にはとても見えない。


 《えっと、ユカ、良かったら俺にも名前付けてほしいんだけど……》


 少し照れながら言う土の精霊は、自ら私の膝の上に乗ってきた。


 「うん、そうだね、あなたにぴったりかも。あなたの名前は、蒼仁アオト


 しばらく考えた後、彼の目をしっかり見据えて私は言った。


 《蒼仁……》

 「蒼は、土に根を張って空に向かってまっすぐに伸びる感じ。仁は思いやりとか慈しみっていう意味で、優しいあなたにぴったりかなと思って」


 私の説明を噛みしめるように聞く蒼仁。


 《すごくいい名前。ありがとう、ユカ》


 静かに、だけど嬉しそうに蒼仁は言った。

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