第5話

 「そういえば木蓮、精霊ってご飯何食べるの?」


 色々とごたごたしていて衣食住の食を忘れていたことにようやく気がついた。一度気がついたら、途端にお腹が空いてくるのが不思議なところ。


 《ご飯?うーん食べなくても大丈夫だけど、時々木の実とか果物とか食べるかな》

 「……え、そもそも食べない……?」


 ご飯食べないと元気なんて出ないって言われて育った私にとって、木蓮の言葉は衝撃的だった。いや、精霊たちは食べなくてもいいのかもしれないけど、私は人間。手に母精霊様の力が宿ってるとか言われたけど、まだ人間……なはず。


 《あっ、精霊樹の実ならあるよ?お腹空いたの?ユカ》

 「えっとね?木蓮、人間はご飯食べないと死んじゃうの」


 私の言葉に、今度は木蓮が衝撃を受けたようだった。この森から出たことないまま育ったんなら知らないのも当然か。もしかしたら、自然を傷つける人間のことなんか知らなくたっていいっていう考えもあったのかもしれない。それはなんか、少し悲しいな。


 「待って、精霊樹って何?」


 精霊のご飯事情に驚いてる場合じゃなかった。また新ワードが出てきてる。


 《精霊樹はこれだよ?》

 「???」


 私の目の前で両手を目いっぱいに広げて、これだよ、という木蓮。2人して首を傾げる謎の時間が流れた。


 《もう、こっち!》


 突然燎火が現れて、私の手を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。燎火の意図に気がついたらしい木蓮も、反対側の手を引っ張り始めた。


 「え、ちょ、ちょっと、どこ行くの?」

 《ほら、これ!》

 《これが精霊樹だよ、ユカ》


 部屋の外、家の外まで引っ張り出された私。2人が指さす先には今出てきた家……いや、木だ。木なんて生易しいものじゃない。樹だ。大樹。大人が30人手を繋いでも足りないくらい太くて、見上げると首が痛くなるくらい背の高い樹。葉は優しく光り、周囲には暖かな空気が満ち、小精霊たちが楽しそうに遊んでいる。そしてところどころに、手のひら大の実が輝いているのが見える。


 目を覚ました時、木の中にいるみたいだと思ったのは間違いではなかったらしい。精霊樹の中がくりぬかれ、精霊たちは文字通り樹の中に住んでいた。


 「うわぁ……」

 《驚いた?驚いた?》


 私の反応が期待以上だったのか、燎火が嬉しそうに聞いてくる。


 「うん、すごく驚いた……」

 《はい、これが精霊樹の実だよ》


 私が驚いている間に、木蓮が1つ採ってきてくれた。


 《食べてみて?》

 「ありがとう木蓮、いただきます」


 木蓮に促されるままに一口かぶりついた。途端、甘い果汁が口いっぱいに広がり、後には爽やかな旨味が残る。


 「え、美味しいっ!」


 食べるのが止まらない私をニコニコと見守る木蓮。すると自分も食べたくなったのか、燎火がもう1つ採ってきた。そして半分に割ると、片方を木蓮に渡す。その当たり前のような仕草に、燎火のとても良いところを見た気がして嬉しかった。


 《ふぅ~お腹いっぱい》

 「ほんとだ、1つしか食べてないのにすごくお腹いっぱいになってる」


 木蓮が幸せそうに言ったことで、そのことに気がついた。手のひらサイズとはいえ、お腹を空かせた大の大人がたった1つ食べただけで、こんなにも満たされるものだろうか。


 《精霊樹の実はすごいんだよ!お腹もいっぱいになるし、怪我とかしてても治るの!》

 

 燎火が自慢げに言う。確かにこの見た目の樹ならば、すごい力がありそうだ。


 《お部屋に戻ろ、ユカ?眠たくなっちゃった》


 木蓮が私の袖を引っ張ってあくびをする。この子もだいぶ喋るようになったな。初めはあんなに喋らなかったのに。名前つけてからだっけ。やっぱり名付けって大きいことなんだろうな……2人が気に入ってくれたから良かったけど。


 眠たげな木蓮とともに部屋の中に戻る。燎火は遊びに行くかと思いきや、私たちの後をついてきた。



 私サイズに作られたふかふかの葉っぱのベッドに腰かける。あっという間に、木蓮は隣ですやすやと寝息を立てて寝てしまった。私は、部屋の入口まで来たのに中に入らずにもじもじしている燎火を、膝の上に呼び寄せた。


 「燎火、こっちおいで。ほらここ」


 少し時間はかかったが、燎火はじりじりと近づいてきて私の膝におさまった。先ほどはやはり興奮していたのだろう、心を開いてくれたかに見えたが、興奮が冷めた今、恥ずかしさがぶり返してきたようだ。


 でもそんな燎火だが、ちゃんと膝の上に座っただけでなく、私の方を向いて座ったのだ。愛らしくて撫でまわしたくなるのをじっと抑え、燎火に話しかける。

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