第2話

 長老様の顔からは先ほどまでのニコニコ顔が消え、代わりに驚きと感動が入り混じったような顔をしている。光は今や、目が眩むような、しかしどこか暖かいような眩しさを放っていた。


 しばらくすると、光が落ち着き、中の様子がうかがえるようになった。

 だがそこにいるはずの精霊はおらず、代わりに二回りほど大きく、長老様より少し大きいくらいの、かすかに緑色に光っている精霊らしき姿があった。


 「……えっと……?」

 《やはり……》


 困惑する私をよそに、長老様は何かを確信したかのように呟いた。

 そして私の方を仰ぎ見て言った。


 《ユカ殿、木の精霊ですじゃ》

 「……はい?」


 長老様が木の精霊と呼んだ精霊は、変わりきった自分の体をしげしげと眺めている。その様子を見た長老様は元のニコニコ顔に戻っていた。


 《少し話しましょうかの?》

 「あ、はい……」


 柔らかくそう言われ、前を飛ぶ長老様の後をついていく。周りを飛んでいた精霊たちもその後に続いた。私の横には、いつの間にか先ほどの木の精霊が寄り添うように飛んでいた。


 しばらく歩いて、連れてこられたのは何もない部屋だった。いや、部屋の真ん中に手のひらほどの大きさの水晶玉がある。さらによく見ると、壁に根のようなものが何本も張り付いているのが分かった。


 長老様はその根に向かって飛んでいく。私と木の精霊も黙って後をついて行った。後ろにいた精霊たちはこの部屋にまでは入ってこず、部屋の入り口でこちらの様子をうかがっている。


 《ユカ殿、これを》

 「これは?」

 《精霊図と呼ばれておるものですじゃ》


 長老様の示す先には壁の根がある。それはある一点から始まり、枝分かれを繰り返して今の状態になっているらしい。そのある一点、根の始まりに拳の半分ほどの大きさの種が埋まっていた。


 《精霊図は我ら精霊の歴史なのですじゃ》


 長老様は自分の頭ほどのその種を撫でながら言った。


 《精霊たちは皆この種から力をもらって成長するのですじゃ。しかし近頃この種が力を失い始めておりましての……》


 悲しそうに肩を落とす長老様に、木の精霊が寄り添う。


 「この種が力を失ったらどうなるんです?」

 《この世界から精霊がいなくなりますじゃ》


 深刻な事態だということが私にもようやく分かった。


 「で、でも精霊はこんなにいるじゃ……」

 《この子たちは精霊になる前の段階の小精霊……精霊の子どもといえばよろしいでしょうかの。この木の精霊のような姿になって初めて精霊となるのですじゃ》


 確かに小さな精霊たちと木の精霊とでは大きさも外見も何もかもが違う。大人になることが出来ないというのは大変なことだ。


 「じゃあどうしてこの子は大人に?」

 《それなのですじゃ。ユカ殿、少々手をこちらに》


 手を差し出すと、長老様はぺたぺたと触ったり、匂いを嗅いでみたりと、何やら真剣な様子で私の手を調べている。


 《これは……しかし、なぜ……》


 ぶつぶつと呟く長老様。


 《ユカ殿、この種に触れてみてくれませぬかの》


 不意に顔をあげた長老様に従って、私は種に手を触れた。

 はじめは何ともなかったただの種が、だんだんと熱を帯びていく。


 「あったかい……」

 

 気づくと、見た目にも分かるほど種は姿を変えていた。何というか、みずみずしく若々しくなっているようだった。


 《1人連れてきてくれるかの?》

 

 それを見た長老様が木の精霊に言った。木の精霊は小さく頷くと、部屋の入り口に集まっている小精霊たちの方へ飛んでいき、その中から1人の手を引いて戻ってきた。


 《なーにー?》


 連れてこられた小精霊は少し戸惑っているように見える。


 《種に触れてみるのじゃ》


 長老様に言われて、小精霊は恐る恐る種へと手を伸ばす。その手が種に触れた途端、暖かな光が小精霊の体を包んだ。


 しばらくすると光は収まり、ほんのり赤く光る精霊の姿が現れた。

 驚いた様子で、くるっと回ったり自分の体と木の精霊を見比べたりしている。


 《すごい!私大人になれたよ!》

 《火の精霊じゃな》


 嬉しそうに飛び回る火の精霊。木の精霊も嬉しそうだ。


 「ごめんなさい、説明してくれます?」


 喜び合う彼らと同じ喜びを共有できないもどかしさに耐えかねて、私は言った。


 《ユカ殿の手にはこの種と同じ力があるのでしょうの。ユカ殿は種に触れることで種に力を分け与え、自身の手でも種と同じことが出来るのですじゃ。我ら精霊を生み出し、この種に力を与えた母精霊様のようにの》


 そこまで言うと、長老様は嬉しそうにほっほっと笑った。

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