第6話 役に立たぬ人などいない

「ところで新音と彩雨は?」


 俺は尋ねた。


「分からないわ……。もしかしたら転移パワーが充分じゃなくて、おかしな世界にいってしまったのかも……。心配よね」


「おかしな世界?」


「そう。デコピンを本気でやらなかったら自分の思う世界とは違う変な場所に飛ばされてしまうの」


 深刻な顔をして虹華が説明する。どんなふざけた設定なんだよ……。


「どこまで行っても竿竹製造工場だったり、自分の周りを一万匹のブタが取り囲んでたりするの」


 まるで悪夢やホラーだな。


「ううっ……。やっと戻ってこられました……」


 雨に濡れてボロボロになった彩雨がボックス席に横たわるように転移してきた。おでこも真っ赤に腫れている。数回デコピンしてようやく戻ってきたのだろうか。


「大丈夫かっ!?」


 俺は駆け寄る。


「はい……。ありがとうございます、佐登留さん。私、もう思い残すことは……」


 消え入りそうな声で必死に話す。庇護欲くすぐりまくりで思いっきり抱きしめたくなる。


「ダメだっ! 思い残すこといっぱいだろっ!? 大体彩雨ちゃんっていくつなの?」


「14歳です……」


「まだまだこれからじゃないか、さあ早く身体を拭いて……!」


 俺は必死でなにかバスタオルの代わりになりそうなものを探した。虹華と優海も温かい飲み物を準備したり着替えを持ってきたりしているようだ。



 ようやく彩雨のくしゃみが止まり、落ち着いた様子だ。ソファでうとうとしている。泥だらけだったマスクもようやく外せて、言い方は悪いが幸薄そうな、儚げで守ってあげたくなるような素顔を見せていた。


「結構面倒見がいいんだね、佐登留くんって」


 にこにこしながら優海が声をかけてきた。


「うんまあ、妹いるから……」


 そう答えてすぐに俺は元の世界のことを思い出してしまった。別に未練なんか何もなかったはずなのに切なくて苦しくてどうしようもない。雲の上ではこんなこと全く感じなかったのに……。自然と涙がこぼれ落ちる。


「佐登留くん!? 大丈夫っ!?」


 優海が頬に指を寄せて涙を拭きとってくれた。


 そして正面から俺の目を真っすぐに見すえる。


「心配しないで? こっちの世界で何があってもあたしが守るから……。だから元の世界のことは……、ううん、こんなこと言っても意味ない……、どうしたらいいんだろ……?」


 子供を諭すように優しく言った後、首を左右に振った。


「私もいつだって佐登留くんの味方でいることを誓うわ。頼ってくれていいのよ? 泣きたいときは泣けばいい……。それだけは忘れないで」


 虹華は耳元で囁くように言い、頭を撫でてくれた。


 しっかりしないと。ああ、こんな時に新音がいればなあ……。無茶苦茶なことばっかり言う彼女がいれば泣いてる暇なんてなくなるだろうに。


 いや、本当に新音はどうしたんだろう。優海も虹華もまるで彼女のことを気にかけている様子がない。


「あの……、話は変わるんだけど、新音は?」


「えっ? ああ、いいのよ店長は。いつものことだから」


「虹華さんっ……!」


「あっ! う、ううん、何でもないのよ。大丈夫、すぐに戻ってくるわ」


 店長……? 何のことだろう。たまに見られるよそよそしい態度といい、やっぱりみんな俺に何か隠してる気がする。

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